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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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62 「脅しに丁度良い顔」

 

 あれから翠蓮たちはこっそり鍛錬をしたり、各々自由を求めて協力して病室を抜け出そうとすること計五回。


 遂には五番隊隊士では無く隊長である楪から雷が落とされた。

 雷、というには程遠いにっこり笑顔なのだが圧がすごい。並の魔物なら退散するレベルだ。


「そこに直りなさいあなたたち」


 また隊士のいなくなる時間を見計らって病室の扉を開けようとする宇佐の後ろに続く不破と翠蓮。宇佐が扉を開けた瞬間「ア"ッ」と声を漏らしたものだから傷口が開きでもしたのかと思ったがそうでは無いらしく、彼が指さした報告に視線を向けた二人は悟った。


 視線の先には恐怖を感じるほど美しい笑顔を浮かべた楪の姿。

 そんなものを見たら出せる声など傷口が開いた時の激痛に呻くような声に限られる。


 言われた通りに、宇佐、不破、翠蓮の三人が横一列に正座すると、楪からのお説教が始まった。


 傷が開いたらどうするのか、と心配からくるお説教にぐうの音も出ない翠蓮たち。宇佐に関してはこっそりタバコを取りに行こうとしていただけなのが筒抜けで、回復して復帰したとしても楪が許可するまでは禁煙の期間が引き延ばされることになり血の涙を流していた。

 そして部屋の隅に置かれたうさぎの被り物に染み付いたタバコの匂いを吸って禁断症状から逃れようとする宇佐のことは放置で、翠蓮と不破へと楪は向き直る。


 不破と翠蓮があまりにもしょんぼりしているのを見た楪は、小さく苦笑して二人に話しかけた。


「本当はあと二日ほど様子を見るべきなんだけど、傷の具合も体調も落ち着いてるから、和泉莉翠(いずみのりすい)へ出て巡回くらいならしても良いことにしようかしら」


 楪のその言葉で、下を向いていた二人が勢い良く顔を上げてその瞳を輝かせた。まるで珍しい宝石を目にしたかのようだ。


「「いいんですか!?」」


 重なる翠蓮と不破、二人の声にくすくす笑う楪。

 どうやら伝令蝶たちから元気が無くて嫌だと訴えられたようだ。


「総隊長、建国祭の準備とかで忙しくしててあなたたちが目を覚ましてからはここに来れてなかったけど目を覚ますまではよく様子を聞きにきてたのよ。ようやく落ち着いて今は屋敷に戻ってるみたいだから、町へ出るならその前に総隊長に会いに行ってあげてね」


 楪の言葉に大きく頷いた二人は、未だにうさぎの被り物を吸い続ける宇佐を放置してすぐに病室を出ていった。そして開放感から浮き足立ったまま総隊長がいる屋敷へ向かう。

 屋敷につくと、どうやら政府の人間があまねの元を訪れているらしく、仲居さんに総隊長のいる部屋では無く違う部屋に案内されそこで待っているように言われるが、部屋の前に行った所で政府の人間とあまねが二人で奥の部屋から出てきた。


 二人に気付いたあまねはまず目を瞬くが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべる。そして何か言おうとあまねが口を開きかけたところで、それを遮るようにして政府の人間が二人に話しかけた。


「これはこれは、魔王クラスとの戦闘から無事()()()()ことが出来てなによりです。魔王クラスがこうも世界にのさばったままとは、隊もこの先が思いやられますな」


 発せられた言葉の節々に含められた隠す気の無い悪意に、翠蓮は気付いていなかったが一瞬にして不破とあまねの表情が冷える。


「大して強くもない女子供まで調子に乗らせているからですよ。それに今回、隊長である宇佐幽元がいたにもかかわらずなんの戦果も得られないとは。所詮厄付き、いずれ災いになるもとだ」


 翠蓮のことを見てそう話す政府の男に、あまねと不破がその怒りを口に出そうとした時、任務の報告で後からやってきた四番隊副隊長である司業(つかさかるま)がその発言を辿った。


「今、お前宇佐隊長のことをなんて言った?」


「なんだね君は……。あぁ、四番隊の副隊長か。隊長が隊長なら副隊長もハズレだな。言葉遣いがなっとらん。所詮厄付き、言うならば奴自体が悪霊の類いだと言ってやったのだ」


 いつものあまねなら、その時点で男が政府の人間だとしても力いっぱい殴っていたことだろう。だが、その場に近付く別の気配に気付いていたから何も言わずにいた。


「この、クソジジイ……!あの人がどれだけ凄いか知りもしねぇで勝手なこと言ってんじゃねぇ」


「なんだと、貴様ガキの分際でこの私に偉そうな口を……!」


 司に向かって男は拳を振り上げたが、副隊長である司にそんな拳が避けれないはずがない。

 そのまま男に殴りかかろうとする司を後ろから誰かが肩に手を回して止めた。


「はーーい。業ストーップ、な。落ち着け」


 宇佐の声だ。

 魔王との戦いから瀕死で戻ってきて、治療を受けて目を覚ましたと聞いてはいたがずっと面会禁止で会うことすら出来ず心配していた宇佐の声を聞いて司は安堵で固まった。


「あーー、楪には後で礼を伝えなきゃな。こういう時はこっち()でいる方が脅しがいがある」


 目の前にいる男は脅しという言葉より、いつもは見ることの出来なかった宇佐の素顔に圧を感じて表情を強ばらせた。

 しかも今は眼帯をつけることで更に怖く感じてしまう。そんな宇佐から逃げようとしたのか後ずさる男だが、あまねに背をぶつけてそれ以上下がれない。


 あまねにどうにかしろと言おうとして振り返った男はあまねの冷淡な冷えきった瞳に心臓を震え上がらせて固まる。そんな男を逃がすはずもなく、宇佐の手が肩に乗せられた。


 宇佐の身長は百八十ある京月より高く、百九十に近い。それさえも彼を怖がるだけの圧に足されてしまう。


「で、ウチの副隊長がハズレだって?はは、随分お前はお高くいるもんだな。それ以上口開いてみろ、分かってるよな?お前を『厄付き』にしてやるからな」


 そう脅しともとれる言葉を、悪霊の力をさらけ出しながら言えば男はそれだけで完全に怯えて屋敷から逃げ出すように走り出した。


「……止まってくれないかな」


 だが今度はあまねの声でその動きを止めた。

 止まらなければならないと、男は分かっていた。


 それ程までに男とあまねの間には地位の差があった。


「幽元が怖がらせてしまったからね。さっきの隊士たちへの発言は見逃してあげるよ。でも、『言葉遣いがなっていない』だったかな。君が、僕の隊士に向けられる言葉じゃ無いと思うんだ。僕と君の立場の違い、履き違えないでくれるかな」


 あまねの言葉に一層顔色を悪くした男はブルブルと体を震わせながら「申し訳ございませんでした」と震える声を漏らしてそのまま屋敷を飛び出した。


 翠蓮や不破、司はあまねの家柄を良く知らず、一体なにが起きたのかわからないでいたが、その中で唯一あまねの全てを知る宇佐だけがあまねの言葉を聞いて最高の脅しだと笑っていた。


「幽元も、業も丁度良かった。おいで、皆で話そうか」


 ぱっ、とその表情からは圧が消えてにっこりと笑みを浮かべたあまねの声で、皆はあまねの部屋へと入っていった。

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