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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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61 「建国祭に向けて」

 国家守護十隊本部、二番隊の隊舎に明るく元気な声が響いた。


「ただいま任務から戻りました〜!」


 三番隊の一条花(いちじょうはな)と同じく、翠蓮の同期であり仲の良い友人でもある神崎桜(かんざきさくら)の声だ。無事任務を終えて隊舎に戻った彼女は隊士たちに聞こえるようにそう声を掛けた。


 二番隊の隊士達がそんな桜の声を聞いて、口々に労りの言葉を掛けてくれている所で、奥の執務室から副隊長である礼凛(れいりん)が顔を見せる。


「お〜!おかえり〜。任務どうだった?」


「ばっちりです!街に出る前になんとか被害なく倒せました!」


「そっか、頑張ったな。お疲れ様!桜、最近また力つけたんじゃない?」


 礼凛にそう言われて、桜は嬉しさから明るい表情を見せる。元々魔力コントロールが苦手な桜は以前魔力を暴走させてしまい、それを四龍院に庇われて以来、魔力コントロールが得意な彼の元で隊の入隊前ではありながらも修行をつけてもらっていたのだ。そして入隊してからの今までの間も、時間が合えば四龍院に修行をつけてもらい、桜はどんどん強くなっていた。今では魔力コントロールのみならず、彼が得意とするありとあらゆる武術全般も教えて貰っており、翠蓮に負けない成長速度を見せていた。


 礼凛の言葉で、教えて貰ったことがきちんと身に付いているのだと桜は笑みを浮かべながらキョロキョロと辺りを見回して、まだ姿を見せない四龍院の姿を探していた。


「何か探してんの?」首を傾げてそう聞く礼凛。


「四龍院隊長いたら魔法のことで聞きたいことがあって」


「四龍院隊長?あー、隊長なら今はもう実家だぞ」


「じ、実家?」


 隊長である四龍院伊助(しりゅういんいすけ)の実家と言えば大貴族であり、軍部の実権を握る武闘派一家の四龍院家だ。理由を詳しく聞いたことはないが、普段から隊長が実家の話をすることは無く、かなり実家のことを嫌っているのはよく知られている。

 そんな彼が実家に帰っていると聞いた桜は少し驚きながらも、せっかく隊長に会えるとおもったのにと頬を膨らませて拗ねていた。

 そんな桜を見て礼凛が口にしたのは『建国祭』のこと。


「建国祭?」


「うん。もう少しで建国祭がある。まぁ、ただの貴族の集まりの場みたいなもんだけど、うちにも招待が来てるから隊長、副隊長はほとんど参加するんじゃないかな。四龍院家はほぼ軍部のワンマン貴族だから、建国祭の護衛の役割があってそれで隊長は先に実家に戻ってるんだよ」


「そうだったんだ、隊長そんな話一切してなかったから帰るなんて知らなかったです」


 桜がそう言えば、礼凛は少し困ったように笑う。


「隊長は本当に四龍院家が嫌いだからなぁ。建国祭の件で帰るように手紙が来た時すげぇ盛大に舌打ちかまして苛立ってて俺ですら近寄りたくなかったもん」


「なんでそこまで実家が嫌いなんだろう……」


「あー、詳しいことは俺もよく知らないんだ。隊長誰にも実家のこと話さないし。多分、頑なに顔を見せないのも家のことが原因なんだろうけど、言いたくないことを無理に聞く必要も無いし、隊長が話してくれるまでは待とうって決めたんだ」


 そう話す礼凛は、少し困ったように眉を下げて笑みを浮かべていた。

 礼凛自身、四龍院隊長が一体なにを抱えているのか今すぐにでも知りたいはずだ。彼の副隊長として、出来ることなら何でも支えてあげられるようになりたいのだ。しかし踏み込めずにいるのはそれが間違った選択肢であった場合のことを考えてしまうから、もしそのせいで彼が抱えるものを更に大きくしてしまったらと考えて動けずにいる。


 話の方向が暗くなり始めたことに気付いたのか、桜はわざと明るく声をあげた。


「そうですね!いいな〜、てことは四龍院隊長の軍服が見れるってことですよね!?礼副隊長だけ見るなんてズルいよ〜!」


「軍服も隊服もそんな変わらないだろ」


「え〜!?変わりますよ!隊長ならスーツとかも良いですけどね!」


「あー、スーツなら総隊長が着るんじゃない?あの人すごい家柄だから目立つだろうな」


 その言葉で、桜はふと総隊長のことを思い浮かべる。定期的に翠蓮とは文通をしたり伝令蝶を通じて話をしたりと、友達として仲良く楽しい時間を過ごしているのだが、その際に一番隊で海に行くことになった話の中で総隊長が日頃からの頑張りのご褒美として一番隊に海を買ってプレゼントされたのだという話を聞いたのを思い出した。


 軽くプライベートビーチをプレゼントするなど、一体どれほどの家柄なのかと桜の思考は総隊長で埋め尽くされていく。なにか怪しい組織が裏に!?と考えかけたがあの優しい総隊長に限ってそんなことは無いか、と桜は次に魔王クラスの魔物との戦いからギリギリながらも生還した翠蓮がはやく回復するようにと心の中で願った。


 ✻✻✻


「ッはァーーーやってらんねー!タバコ吸いてーーー」


 そうしゃがれた声で吐き出すのは楪から療養中は禁煙だと言われて、目を覚ましてから一週間ずっとタバコを吸えずにいる宇佐だ。

 その体は禁断症状で震えている。


 不破と翠蓮の二人は体力は回復しているもののまだ楪からの許可がおりず復帰には至っていない。もう少し傷口の痛みが和らいだら薬を減らして面会も可能になると楪に言われたが、一日中なにもできずただ横になっているだけなのは正直つまらない。


 不破と翠蓮も宇佐ほどではないが魂が抜けたようにボーッと天井を見つめてはため息を吐いていた。


 あまりにも辛気臭いからと、二日前にはそれぞれの伝令蝶まで病室から逃げ出してしまった。


「こんな時、無性にあの仏頂面を拝んでなんかドッキリしたくなるんだよな」


「ドッキリ……はよく分からないですけど、京月隊長に会いたくなりました……」


 不破と翠蓮の言葉を聞いていた宇佐が、ふと天井を見上げて呟いた。


「……司の奴、この際だからって俺の隠しタバコ処分したりしてないよな……心配になってきた」


「さすがに心配してるんじゃないですか?任務に行って魔王クラスと激突した情報が入ったと思えば重体で帰還したっきり面会もできてないんですから。京月隊長ならまだしも、司くんは心配してると思いますけどね」


 そう話す不破に、どこか遠い目をした宇佐がボソッと呟いた。


「書類整理放ったらかしにしてギャンブルするし隊舎でタバコ吸うし年中金欠で総隊長に金せびるし伝令蝶からの連絡基本無視するし基本的に仕事は業に押し付けてるのに?」


「あんたそれでよく隊長できてますね……」


 乾いた笑いを零す不破には届かなかったが、宇佐は続けて小さな呟きを落としていた。


「まぁ、あの任務に行ったのが業じゃなくて俺で良かった」


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