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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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60 「うさぎの被り物」

 

 魔王クラスとの戦いで全員重傷だが、帰還後の楪による治療のおかげで無事命を取り留めることができた。

 任務中にその報告を受けた京月は、まず生きて戻ったことに安堵し静かに、しかし強くしっかりと血管が浮きでるほど拳を握り締めた。魔王クラスの出現報告を受けてから消えることのなかった翠蓮や不破を失ってしまう恐怖や焦りからゆっくり解放され、全身に温度が戻っていく中で、握り締めた拳はまだ震えていた。

 治療を終えたが気を抜くことは出来ず、安心は出来ない状態であり、まだ目を覚ましていない隊士たちがどうかきっと、目を覚ましてくれるようにと強く願う。


 それと同時に、翠蓮と不破の二人を守るために『酒呑童子』を呼び起こしてまで戦った宇佐が右目を失い、あと少し遅ければ右腕まで失っていたのだと伝令蝶から伝えられ、宇佐が目を覚ました時にはまず礼を伝えなければと、全員が帰還できたことに心の底から安堵の息を漏らした。


「ヒャヒャヒャヒャ!後ろがガラ空きだぜ!一番隊隊長の首、貰ったァ!」

「死ねェェェエ!」


 伝令蝶の報告を聞いていた京月の背を目掛けて後方から飛び掛ってくる上級の魔物二体。

 そんな魔物の気配に京月が気付いていなかった訳もなく。


「すぐに戻られますか?」


 伝令蝶からの言葉を聞きながら京月は一瞬の隙さえ見せずに魔物を二体まとめて斬り捨てた。


「あぁ。すぐに戻ろう」


 そうして京月は自分に割り当てられた禁出の任務を簡単に片付けると、翠蓮や不破が帰還した本部へと向かって行った。


 ✻✻✻


 翠蓮たちが本部に戻ってから一週間。

 まだ絶対安静であり、体調も不安定な期間だからと刺激を避けるために三人がいる五番隊の病室は面会を受け付けておらず、京月は心配ながらも楪からの経過報告を聞くだけに留まっていた。

 そして三日前に宇佐、二日前には不破が目を覚ました。

 面会はまだ不可能だが、楪から不破が目を覚ましたことを聞いた京月は楪も驚く程に優しい笑みを浮かべたのだそう。


 そして、今日。


 翠蓮がようやく目を覚ました。


 何やら宇佐と不破が話をしている声が聞こえて、翠蓮の意識が浮上する。


(……………あれ?わたし……………)


 視界に真っ白な天井が映り、耳には宇佐と不破の話し声が聞こえて自分が生きていることを知る。

 記憶の最後、自分の体の中で暴れ出しそうになっていた力も今は何も感じず落ち着いていて、一体あれから何があったのかと考えていれば我慢できず慌てて体を起こしていた。


「いっ、、いたぁぁぁぁぁい!」


 しかし治療されたとは言えまだ完全に完治した訳では無いのだ。この世の終わりかと思う程の激痛が全身に走り翠蓮はすぐにベッドに沈むように逆戻り。


 突然の出来事に驚いていたが、少し遅れて不破と宇佐が嬉しそうにその名前を呼んだ。


「氷上ちゃん!」

「お!起きたか氷上!」


 痛みに震えて耐えながら不破と宇佐のベッドの方へと顔を向けると、すっかり元気を取り戻した二人がそこにいた。翠蓮の記憶の中にいる二人は生きているのか死んでいるのかも定かではないほど大きな傷を負い血に濡れていたのだ。まだ所々包帯が見えるが、元気な二人の姿に翠蓮は嬉しさから涙を流しそうになるが、宇佐がまたうさぎの被り物をしているのを見てふと声を漏らした。


「うさぎ、嫌いなのに…………?」


 そんな翠蓮の言葉にすかさず宇佐が呆れたように答える。


「目覚ましてすぐの言葉がそれかよ」


 しかし不破も翠蓮に続くようにして声をあげた。


「え!?いやいや、やっぱり気になりますよ!氷上ちゃんも気になるよね!?さっきからずっと聞いてるのに全然理由話してくれないんだよ!」


 意識を取り戻しそうになっている時に聞こえてきたのはそれだったのか、と理解しながら翠蓮はじっと宇佐の被り物を見つめる。じっと見つめられ、視線が擽ったく感じ始めた宇佐はスッと顔を逸らすが二人からの熱烈な視線は途切れることを知らない。


 まるでライオンがうさぎを追い詰めているかのような圧まで感じ始めた所で、病室の扉が開かれた。


「あら!翠蓮ちゃんも目を覚ましたのね。良かった」


 そう言って入ってきた楪に、宇佐が助けを求めるように身を乗り出す。


「た、助けてくれ楪!こいつら俺の顔を剥ごうとしてくる!鬼だ鬼ぃ!」


 このままでは不破と翠蓮に被り物を取られてしまう!としくしく嘘泣きをしながら楪を盾にしようとしたところで、宇佐の頭からうさぎの被り物が楪の手によって外されてしまう。


「もう、あなたは顔を怪我してるんだから被り物は禁止って言ったはずですよ」


「そ、そこをなんとかさぁ……」


 そこで不破と翠蓮は魔王との戦闘時には余裕が無くしっかり見れていなかった宇佐の素顔を見た。今は右目部分に包帯が巻かれているがその顔立ちは綺麗でありながらどこか威圧感を感じる。切れ長で、吸い込まれそうな黒い瞳。そんな濃い顔立ちでいて、肩にかかる少々荒い髪質の銀髪に、耳にはいくつものピアスが付けられていることで余計に圧を感じるのだろうか。


「「わあ」」


「おい。人の顔みて何だその、わあって反応はよ」


 翠蓮と不破の反応が気に食わなかったのかジト目で見ながらそう言う宇佐の頬を楪が摘む。


「聞いてますか?宇佐隊長。わたし、言いましたよね?被り物はしばらく禁止だって」


「いだだだだ!……はい。すみません……」


 にっこり笑顔を浮かべているが、翠蓮まで凍えてしまう程の冷気を纏う楪の姿に宇佐は反論さえできずに縮こまる。その顔の怖さからは想像もできない弱々しさだ。楪が被り物を部屋の隅に置くのを見て、不破は再び口を開いた。


「でも、ホントになんでうさぎ嫌いなのにうさぎの被り物をしてるんですか?」


 不破と翠蓮が宇佐の被り物の理由を知りたくて瞳を輝かせている姿に宇佐は「うぐ……」と言葉を詰まらせながら顔を逸らすがそんな宇佐の包帯の上から痛み止めの魔法を当てながら楪がくすくす笑いながら彼の代わりに答えた。


「宇佐隊長はね、一番最初に総隊長と一緒に行った任務で助けた小さな女の子に、顔が怖いからって泣かれたのよ。それから子供に泣かれないためにうさぎの被り物を被ってるのよ。子供は多分うさぎが好きだろ?ってね」


「楪さん?あのね、全部話しちゃってる。俺秘密にしてたのに」


「あら、良いじゃないですか。ほら、二人とも感動してますよ」


 楪に言われて宇佐が不破と翠蓮の方を見れば、二人は拳を握りしめて宇佐の優しさに体を震わせていた。


「すごいです宇佐隊長!そんな理由で被り物してたなんて!いや〜京月隊長も怒った時馬の被り物とかしてくれたらいいのに」

「宇佐隊長……っ、私宇佐隊長のこと見直しました!素敵です!」


「見直してくれたのは嬉しいけど、恥ずかしいからやめてくんないかな!?」


 そのあと宇佐は恥ずかしさから一時間ほど布団に潜り込んで出てこなかったそう。




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