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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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58 「結界術の申し子」

 

 ノアの激怒具合がその咆哮から全身に伝わり痺れるような感覚に襲われる。

 はやく何かもっと、限界を超えた力を使わなければこのままでは完全回復への隙を作ってしまうだけだ。そうなれば必死の思いで反撃や逃げることのできる隙を作った宇佐の頑張りを無かったことにしてしまう。


 だが自分になにが出来るのかと考えた時、ノアのいる位置に集まりすぎた魔力の層を感じ取った不破は、自分の結界術のその先を見た。


 隊の内外で結界術の申し子として知られる程の不破の実力。不破はここにきて、新たな結界術を生み出した。

 久しく感じていなかった気の昂りを感じ取り、まだまだ自分の中には成長のきっかけがたくさん隠されていると、戦地で笑みを浮かべる。


 魔力が溢れて止まらない。

 まだ。きっと、もっと。俺は京月隊長の後を追い続けられる。そう自分の中で心が叫ぶ。


 高難易度の結界術の新たな術式を自分の中で作り出し、頭の中でスラスラと組み立てて、それを展開させるにあたって必要になる掌印を術式に含まれた数字や言葉から解読し掌印を結ぶ。


 そんな不破の体を満たしていく魔力から、ノアは今まさに展開されようとする術式の異様さに気付きその場の魔力を全て放出し不破たちを含めた一帯ごと消滅させようとするが、不破がその術式を展開する方が早かった。


「俺が負ける訳がない。俺が、この俺が……!玩具に負けるわけが無い!!」


 暴風が吹き荒れて、吹き荒れた暴風は魔力層をも飛ばして細かな斬撃となり翠蓮の前に立つ不破に傷を負わせていく。だが、不破は新たな術式を前にそんな些細な傷など気にもかけなかった。


(カイ)


 ノアの魔力の源である核……魔物の心臓であるそこ一点を見極め集中し、掌印を結んで翳して狙いを定める。不破の新たな結界術である『解』は魔物自体の保有する魔力が体内、体外に解放され循環している状態を解いて心臓一点に集中させる。人間も魔物も、魔力を持つ者は常に魔力が循環しているのだが、それは一点に集まりすぎるとそれは爆弾に等しく危険だからだ。


 ノア自身の体内外の魔力と、ノアが今までこの場でさらけ出して密集しすぎた大きな魔力の全てを不破の結界術が心臓一点に抑え込んだ。そんな爆弾と化した魔力は大爆発を引き起こした。不破の結界が爆発の外への衝撃を中に閉じ込めたことで全てがノアを襲う。


 弾けた魔力で体内から破壊されたノアを前に、不破は極度の緊張からの解放と、魔力の減少でその場に崩れ落ちるように倒れ込む。そんな不破を翠蓮が支えるが、思ったよりも不破の状態は最悪だ。


「不破副隊長ッ!!」

「は……ッ、は……、ゲホッ……!」


 魔力が急激に減少したことより、今展開させた結界術式はかなりその体に負荷をかけたようで結界術自体には慣れている不破でさえ耐え切れずに口から血を吐き出した。


「……汚れちゃう、から……大丈夫だよ……ゲホッ」

「そんなの良いんです!そんなことより不破副隊長の方が………っ!!うわっ!!!」


 不破を支えていた翠蓮が吹き飛ばされる。

 脳が焼き切れたのかと思うほど頭が回らず朦朧としながらも咄嗟に顔を上げた不破の前には、体を失った状態からまだ再生しきれてはいないがもう半分程体が再生しているノアの姿があった。


「……あのうさぎ野郎は後にする。今すぐお前を殺してやる!!」


 そうしてノアの魔力を纏った拳が不破の頭を潰すために振り下ろされた時、凄まじい勢いでノアの体が殴り飛ばされて横へと吹き飛んでいく。


「…………う、宇佐隊長…………」

「悪い、こんなにボロボロにさせて。不破も氷上も、すげぇなお前たちは。よくここまで繋げてくれた、後は勝つだけだ」


 自分は右腕を失い、大量に出血しているというのに立ち上がり、そうして安心というこの場で感じることは無かったはずの感情まで感じさせてくれた宇佐の姿に、不破は隊長のすごさを改めて知らされる。


「まだ立てるの、お前」


 なんとか不破と翠蓮が立ち上がったところで、ノアが宇佐にそう言葉を向けた。


「ちょっと寝たら回復したんだよ。ほら、かかって来いよ」

「はぁ、今俺うさぎ野郎じゃなくてそっちの男殺りたいんだよね」


 ノアが不破に対して凍えるほどの殺気を飛ばしたところで宇佐の低い声がした。


「おい。俺を……うさぎ野郎って呼ぶんじゃねぇ!俺はうさぎが大っ嫌いなんだよ!!!」


 そんな宇佐の発言にノアだけでなく不破と翠蓮まで目を丸くした。ならなんでうさぎの被り物をしていたのかと。


「いや、うさぎの被り物してるじゃん……」

「うるせぇ!!嫌いったら嫌いなんだよ!!」


 そう言いながら宇佐は負傷していることさえ感じさせない速さでノアの元に飛び込んで、悪霊の力を収束させた禍々しい力の渦を至近距離から直撃させると、反撃の機会を与えることなく力の渦でノアを呑み込んでいく。


「宇佐隊長!引いてください!!」


 その不破の声で宇佐がノアから距離を取ったと同時に不破が回復させた体力と魔力を限界以上に行使してもう一度『解』の結界術式を発動させる。


 ノアの体は再生したところからまた崩壊し、内も外も大きな負荷がかかりその影響からかノアの全身から出血が止まらなくなっていた。ノアの魔力に含まれていたはずの毒も、もうほとんど効果を持っておらずただただその体は終わりを感じ始めていた。


「流石は一番隊副隊長だな……!」


 宇佐がこの場で成長をみせた不破にそう言葉を漏らす。


 もうこの場の皆、限界を超えていた。

 それでも前を向き続けるために戦うのだ。


 翠蓮もそれは同じだ。京月でさえ勝つことのできなかった魔王クラス相手に自分ができることなど無い。だがそれでも、諦めることなどできない。

 自分の中にある力を信じて、自分にできるもの全てをここで使う。そこで翠蓮はもう一度、自分の中にあるのだという神の力を呼び起こす。


「私に、力を貸して」


 ノアの咆哮で不破と宇佐が吹き飛ばされたところで、翠蓮の氷の剣撃が一閃する。


『氷神一閃』


 その突きの威力は確かに先程初めて放ったものよりも力が安定し、強くなっていた。

 だが、ノアは自分の終わりを近くに感じたことで凄まじく荒れ狂い、先程よりも強固な魔力の層を纏っていたことで、翠蓮の刀はノアの体に触れた瞬間砕け散る。


「ッ氷上ちゃん!!!!!」

「氷上!!!!」


 不破と宇佐の声が響く中、翠蓮はまだ諦めることなくその力を発揮する。そうすれば、砕け散ったはずの刀身が氷の刀身となった。


 まだ、戦える。私は、まだやれる。


天破氷華閃(てんはひょうかせん)


 ノアの体を氷の刀身が切断したかと思えば切断面から氷の花が咲いてその体の魔力を吸収していく。


「お前……ッ、!!!」


 まだ慣れない体で一度に強い力を使いすぎたせいかノアから吹き荒れた圧で、翠蓮は地面に叩きつけられて口から血を吐き出す。更に攻撃の手が向けられたが宇佐の持つ悪霊の力がノアを呑み込んで離さない。


「いい加減……くたばりやがれ……!!」


 宇佐は自分の全魔力を使用して今呼び出せる悪霊の力を一纏めにしたものを出現させると、全身全霊の力を振り絞ってノアへと直撃させた。


 そこでノアの体は完全に消滅した。

 はずだった。


「はは、な〜んだ、迎えにきてくれたの?『レオナ』」


 ノアの体は上空に現れた魔王レオナの傍に引き寄せられ、そこで何も無い状態から再生を始めていた。

 ここにきて、魔王レオナの出現。それは三人を絶望の海に叩き落とした。


「お前が戻らないから連れ戻せと命じられたんだ。手間をかけさせやがって。次は起こさねぇからな」

「いや〜、助かったよ〜。ヘマするとこだった〜」


 そんな会話をしながら、ふとレオナの視線が三人へと向けられる。その瞳には狂気が潜む。

 品定めをするようにジロリと見られているだけで、三人の体は震えが止まらないでいた。


「……死にかけなんじゃ相手にならないな。ついでに遊んでいくかとも考えたが、今日の所は見逃してやるとしよう」


 そう笑って、レオナはボロボロのノアを連れて消えていこうとする。だがその途中でレオナは不破へと視線を向け、何か考えるような素振りを見せて、レオナは口を開いた。


「あぁ、どこかで見た覚えがあると思ったら。あの時のガキか。確か……京月亜良也の隊にいるんだったか。あの後はどうだったんだ?京月はあのままあの女を殺したか?俺からお前たちを守るためだったとはいえ、可哀想だったな。まぁ、悪いとは思っていないがな」


 レオナが零したその言葉。

 それは不破の中にある怒りを鷲掴みにした。


「お前……ッ、お前のせいで……!京月隊長は……ッ!!!」

「不破!危ねぇ!!!」


 刀を握りしめて不破が立ち上がったところで、何も見えず、何も感じなかったというのに不破の体に斬撃が一閃した。ギリギリで何かを感じ取って不破を庇おうとした宇佐も、それに巻き込まれて顔に斬撃を受けてしまった。溢れる赤い血に呑まれるようにして、不破と宇佐が倒れていく。


「不破……副隊長…………、宇佐隊長…………」


 倒れた不破と宇佐の血がそこに海を作っていく光景に、翠蓮の力が吹き荒れた。

 絶対に許してなるものかと、大きな怒りが翠蓮の力を呼び起こす。


 そんな中、僅かに空に亀裂が入ったことにその場の誰も気付いてはいなかった。


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