表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/148

57 「掴んだ反撃の機会」

 

 ノアの胸には風穴が空いていた。

 向こう側の景色が見えるそこからは血が溢れる。


「…………最後の切り札ってわけ?」


 そう言うノアの胸の穴は、やはりすぐに元通りに。しかしながら先程まで攻撃がほとんど掠りもしなかったノアに深い傷を負わせたことはその場の雰囲気を変えた。その一帯の雰囲気だけでなく、宇佐自身が纏う雰囲気もどことなく暗く変わったように感じる。


 ノアの言葉に、答えたのは宇佐自身では無かった。


「俺の眠りを邪魔したのは、お前だな?」


 その声は宇佐の口から発せられたものなのだが、宇佐の声とは違い、地の底から響くような低い声をしていた。その声で、翠蓮と不破の二人もそこにいる宇佐が、宇佐では無いと気付く。

 だが二人が何か言葉を紡ごうとするより早く、宇佐の中にいる何者かは元通りになったばかりのノアへ再び攻撃を向け、一瞬でノアの首は捩じ切れて破裂する。弾けるような音と共に血液が飛散し、そんな光景に不破は言葉を失い、翠蓮は先程までとは全然違う宇佐の圧に恐怖を覚えた。


 首を失ったままの状態で、ノアは危険を感じたのか宇佐から距離を取り首を再生させるが、宇佐から向けられる攻撃は目にも止まらぬ早さでノアに直撃して、その体を激しく損傷させていく。

 損傷した部分は再生していくのだが、ノアの再生には限度があるのか一定以上の損傷時にはその再生力が落ち始めたように見えた不破は、このまま宇佐の攻撃がノアを押していけば、この状況で有利に立てるかもしれないと考えたが、宇佐の体がこちらを向いた時にその考えは手放した。


「……幽元の仲間か。俺に縋ってまで助けようとした者が俺に殺されていたらアイツはどう思うかな」


 そう言って、それは宇佐の体で彼が守ろうとした仲間へ攻撃の手を向けた。


 その攻撃から翠蓮を守るために強力な結界を張る不破。結界を展開する速さに、攻撃を向けた宇佐の瞳に少しばかり驚きの色が宿る。

 そんな結界の外では一面の地面が割れて大きな溝が出来ていた。不破が張った結界のおかげでもあるだろうが、宇佐の中にまだ残る本人の強い意思がそれを抑え込もうとしているのもあるだろう。それがなければ二人の体諸共抉られていた。


 二人に対してまた攻撃が向けられようとしたが、何かに抑え込まれるようにして宇佐の体が軋む。宇佐本人の魔法と、強い意思がそうしているのか、それに対して嫌悪感を顕にしたそれは自分で宇佐の右腕を切り落とした。

 激痛が走ったのか宇佐の魔力は大きく揺らいで、抑え込もうとしていた圧も弱まっていく。


 ゾッとした寒気が二人を襲う。

 そんな何かに呑まれた宇佐の背後から再生を追いつかせたノアが飛びかかるが今度は振り払われた勢いだけでゴッソリとその体を肩から腰にかけて切断されてしまう。


「……ッほんっ、と……!なんなの……お前、その力はさァ……!」


 またしても再生が追いつかずにいるノアの体を粉々にするかのように新たな攻撃が放たれ見るも無惨なまでに砕け散る。その異様な力にノアが怒りから咆哮のような叫びを轟かせてあたり一帯に禍々しい魔力が満ち溢れる。


「何なんだよ、お前はァァ!!!」


 だが、そんな叫びでさえも顔を握りつぶされてしまえばそれからは声さえ発せない。

 顔を失ったノアは声を出せずに、ただ胴体だけで後ろへと下がっていく。


「…………、宇佐隊長…………」


 不破の漏らしたその名前に、宇佐の顔をしたそれは振り返る。


「幽元じゃねぇ。俺は『酒呑童子(しゅてんどうじ)』様だ」


 そうして酒呑童子は、先程とは違い本気の殺気を不破と翠蓮に向けるが、同時に視界が歪む。宇佐の魔力により抑え込まれていくのだ。

 抗おうにも宇佐の魔力と体内でぶつかり合っていれば傷付くのは酒呑童子自身もだ。今はまだ全力を出すことが出来ないことで、酒呑童子は不愉快そうに息を吐いてその手に込められていた攻撃の力を消滅させた。


「チッ、不愉快な魔法だ」


 フッと嫌な雰囲気が消えて空気が軽くなったように感じたところで、宇佐の体は後ろに傾き倒れていく。切断されたままの右腕はなんとか魔力で止血されているがはやく処置が必要だ。


 倒れた宇佐のもとに体を再生させながらノアが飛びかかる。

 しかし少しの間だったとはいえ宇佐が自分の体を器にして呼び出した酒呑童子に追い詰められていたことでノアの体には負荷がかかっていた。再生速度の低下、攻撃力の低下。


 今、この時しかノアを殺せる機会は無いかもしれない。そう思った時、不破はその刀に強大な雷を纏わせて大地を穿った。瞬間弾ける雷光。

 既にひび割れて沈みかけていた地面が割れてせり上がった地に一閃するように雷が降り注ぐ。


 先程までは掠りもしなかった雷だが、いまではノアの体に直撃するまでになっている。不破はこの限られたチャンスを逃してなるものかと、そして自分の身を顧みずに戦った宇佐をここで死なせる訳にはいかないと、全力を刀に込める。


 力が足りないなら、今ここで。

『限界を超える』


 不破は短く息を吐いて、いつだって先にいる京月のことを思い出す。強くて、かっこよくて、何にでも向かっていけるような京月の炎のことを。

 不破は自分は持つ刀に、もう一度自身の雷を纏わせる。そして、京月の炎を意識して、揺らめく紅蓮の炎を意識する。

 そうして、不破の刀には雷炎が宿った。


「雷と炎……?あは、そんなんで俺が殺せるとか思ってる!?さっきの酒呑童子の攻撃も……お前の攻撃も、全部俺を殺すには至らなかった。お前らに俺は殺せない!!」


 ノアにそう言葉を向けられるが、不破は一歩も引かずにその雷炎を纏わせた刀と共にノアへと飛び込んだ。


雷炎雷轟(らいえんらいごう)!!』


 雷と炎を纏った刃は雷鳴を轟かせ、炎の波を起こしながら凄まじい轟音と共に稲光を放ちノアの体を切断する。振り切った刀をすぐさま握り直して切断したノアの体に再び雷炎を落とすと、突き立てた刃先から煉獄のような赤い魔力を放った。


 そうしてそこで魔王ノアの咆哮が炸裂した。


「ァ"ア"ア"ア"ア"ァァ"ァア"ア"!!!」


 ノアの咆哮は、その凄まじさで不破を木っ端微塵にして吹き飛ばすはずだった。

 しかしそれは結界が張られたことで防がれる。

 自分以外に結界を張れる可能性のある者は一人しかいないと、不破は小さく笑って翠蓮を見た。


「はぁ……、はぁ……。はは、やっぱりすごいね、氷上ちゃん」


 何とか立ち上がり、この場にいるだけで重い圧に呑まれて気を失ってもおかしくないというのに、翠蓮はその場でまだ不安定だった守護の結界を完璧な状態で張って見せた。


「わたしは…………一番隊だから!」


 そう言って冷や汗を流しながらも真っ直ぐノアを見据える翠蓮に、不破は改めて翠蓮の強さを知る。


「そうだね、やっぱり……氷上ちゃんは逃げないよね。だから俺は、そんな氷上ちゃんを支えるんだ。俺は、一番隊の……京月隊長の、副隊長なんだからね……ッ!!!」


 再び雷炎を纏った刀で雷と火力を上げてノアの体を振り払い、煉獄はノアの体を飲み込み焼き尽くす。


 爆発するように吹き荒れたノアの魔力が四散して地面を抉りとるが翠蓮も不破も、ノアを倒すことだけに意識を向ける。そんな時、その場に魔力が溜まりすぎたのか衝撃波が生じ、翠蓮の結界ではまだ防ぎきれずに吹き飛ばされた二人。

 ノアは生じた魔力の海の中でボコボコと音を立てながら体を再生させていくがやはり再生速度が追いつかずその表情は怒りに満ちている。


「殺す、絶対殺す」


 そう言って強い殺意を隠すことなく曝け出すノアは先程の酒呑童子よりも暗く禍々しい力に溢れており、鬼神のようだ。そんなノアを見た不破は、あまりの圧に体が強ばって動かなくなっていた。

 しかし自分の後ろで同じ様に体を強ばらせて強すぎる恐怖から震えている翠蓮のことは、何があっても守らなければと、拳を握りしめた。


 不破は、翠蓮が一番隊に入隊してから、京月の冷え切って固く閉ざされていた心がぬくもりと柔らかさを持ちゆっくり開かれようとしていることに気が付いていた。楪を失ってからまるで氷にでもなったのかと言うほどその内は冷えていた。

 このままではいつか突然死んでしまうのではないかというほどに京月の存在が危うく見えていたのだ。


 最初は楪の存在が翠蓮に重なってそうさせているのかとも考えたが、それは不破自身が翠蓮を知っていくにつれて考えは変わっていった。そしてこう思ったのだ。翠蓮ならば、京月の心を包みこんでくれると。

 だから、これ以上京月隊長から何も奪わせてなるものかと不破は立ち上がった。


 大切なものを守り抜く為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ