表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/148

54「見えない希望」


 魔王ノアはその圧倒的な魔力で防ぎきれない程の攻撃を嬉々として放つ。対するは国家守護十隊四番隊隊長を務める宇佐幽元。


 魔王クラスともなれば、隊長である宇佐でも一筋縄ではいかない相手だ。それ故に一帯には絶えることのない緊迫した空気が流れている。宇佐は恐らく本部にもこの事態の連絡は届いただろうと考える。だが、宇佐の知っている範囲では京月も四龍院も、今は任務で本部より遠い地域にいる。転移魔法も使い勝手が悪く、ここへの到着は期待できない。


 ならせめて少しでも戦える副隊長の到着を願うが、そんな可能性に頼ることは今この状況で最も愚策だ。翠蓮もまだ戦えるまでに回復してはいない。今、この場を守れるのは宇佐だけなのだ。


 隊長として、隊士の前に立ち、導く。


「腹括らねぇとな」


 悪霊に染められた黒い魔力が宇佐の体を包み込んでいく。


「次はどんな魔法を使ってくれるのかな」


 ノアがそう言って飛び出そうとするが、上空の異変と一帯の魔力層の変化に気付いて動きを止める。どうやら動きを止めたのは不本意のようだが。


「動けない……?ねぇ、なにしたのお前」


 目の前にいる宇佐に対して、そう冷えた声を向けるノア。宇佐はその冷たさから感じる恐怖に怯むことなく息を吐く。呼吸を整え、淀みの無い悪の力を解放する。


『呑め』


 上空のみならず、ありとあらゆる空間から悪霊が現れ、その力の圧が絡まり肥大していく。死を求めて死を誘う。そんな力を向けられたノアは悪霊の渦に呑まれるが、悪霊そのものを喰らい死をも自分の意志の元に配置する。


「あははははははは!」


 ただの遊びだ。子供がおもちゃを貰って喜ぶ。それと変わらない感情で、その感情の昂りに気を大きく揺らがせて笑う。


 そしてノアがそのまま昂る感情に任せて放った攻撃は宇佐の腹部を掠めて吹き飛ばす。


「ぐ………ッ、!」


 咄嗟に再び呼び出した雪女が吹雪を起こしたことで更なる連撃による追い討ちは防げたがすぐに雪女もノアの手で喰らわれる。宇佐の手持ちの悪霊はどれほど傷つけられ消滅しようとも宇佐の体内に戻り再び召喚することが可能となる。だが、宇佐の中に今、先程喰らわれた悪霊の大群と雪女の力は無い。


 ノアは悪霊そのものを宇佐の魔法からも引き離し完全に消滅させたのだ。自身の魔法がどんどん使用不能となっていく宇佐は、自分でもドクドクと鼓動が大きくなっていることに気が付いた。漠然とした恐怖に本能が震えているのだ。


 宇佐はそんな自分に苛立ちギリッと音を立てて歯を食いしばった。だがそれと同時に宇佐の被り物の下から赤い鮮血が溢れて首を濡らしていく。


「ッゲホ……ッ、ぐ……ぅえッ、ゲホッ」


 体内から悪霊が急激に減少し、魔力も不安定。そんな状態の宇佐に、ノアの魔力が含有する毒に耐える程の力は無かった。ノアの攻撃が翠蓮に向けられることの無いように常に翠蓮の魔力を自身の魔力で隠すように覆い、その攻撃を一手に引き受けていたのも少なからず理由の一つだろう。


 その場に崩れ落ちる宇佐の体に向けて、ノアの更なる追撃が放たれる。


「宇佐隊長ッッ!!!」


 翠蓮がその窮地に気付いて叫んだ時、大きな雷鳴が轟いた。


『雷震!!!!!!』


 弾けるような稲妻が走り、光の速さで凄まじい雷がノアの体に直撃する。


「…………は?」


 突然自身の体に直撃した雷にノアは怪訝な声を漏らす。邪魔をされたと怒りを滲ませるが、そうして振り返った時には頸を斬り落とされていた。しかし一瞬にして元通りになるその体で、斬られたところでノアが気にする事はない。自分の獲物を邪魔されるのではと勘違いしていた苛立ちは消えて、新たな獲物が手に入ったと笑みを浮かべる。


「ふ、不破副隊長…………!」


 翠蓮は激痛が走る体を起こしながら、その場にやってきた不破の名を呼ぶ。


「氷上ちゃん、」


 返ってきた不破の声に、いつもの明るさは無い。

 張りつめた空気の中で、重い声が響く。


「戦えないなら下がってて。今、ここにいられても足でまといになるだけだから」

「……………!!」


 向けられたのはいつもの不破の言葉ではなく、一番隊として責務を背負う副隊長としての言葉。


「今の氷上ちゃんに出来ることは無いよ」


 今までのような戦いとは違い、明確な死が目の前に迫るこの場では、翠蓮は足でまといにしかなれないのだ。現に、宇佐も翠蓮を庇いながらの戦いで深手を負ってしまった。


 そんな中でも、動こうとしてしまう翠蓮の芯の強さを知っていたからこそ、不破は今こうして翠蓮を突き放した。かつて魔王レオナと対峙した時の自分のように、自分を守って戦うことで京月や四龍院、楪に大きな傷を負わせてしまったことを酷く悔やんでいる不破だからこそ、同じようなことにならないように、翠蓮を守るためにそう言葉を向けたのだ。


「でも………っ、わたしも…………」

「下がれって言ってんの!!!」


 翠蓮がその大きな不破の声にビクリと体を跳ねさせると同時に、ノアが不破へと攻撃を仕掛ける。


 なんとか立ち上がった宇佐と不破が二人でノアの攻撃を躱しながら魔法を放つ。そんな中で、不破の言葉が翠蓮の心に突き刺さっていた。


 何も出来ない。今の自分では、自分の中にあるのだという力も使いこなせない。まだまだ弱く、足でまといにしかなれないのだということは分かっていた。不破の言葉は、翠蓮を大切に思っているからこそだということも、分かっていた。だからこそ何もできないのが悔しくて堪らないのだ。以前、レオナと戦った日のことを話していた不破の言葉の通り、翠蓮は深い苦しみの中にいる。


 目の前で、希望の見えない戦いに身を投じて傷付いていく宇佐と不破の姿を見て、翠蓮はこれ以上ないほど荒れる感情に心を苦しめ、震わせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ