53「十番目の魔王」
翠蓮はただ宇佐が呼び出した雪女の守護下で守られることしかできない自分の弱さを思い知る。しかし、目の前で繰り広げられる宇佐と魔王の戦いに割って入った先には死しか見えず、自分が動いたところで宇佐の足でまといにしかならないと分かっていたからこそ動けないでいた。
そして、そんな翠蓮の目の前で魔王はその力の限りの残虐な戦いぶりを見せていた。無数に転がる隊士たちの死体を踏みつけて、自分の体を隊士たちの肉片や血で赤く色付けては愉しそうに笑う。宇佐の攻撃すら片手を動かさずともかき消してしまう。
当たったとしても、次の瞬間には何事も無かったかのように傷口は消え、失った部位も再生する。
(京月達が言ってた魔王レオナの再生速度、、有り得ねぇと思ってたことが目の前で起きてるなんてな)
宇佐はその再生速度と魔王の強さを前にどう戦うべきかと頭を悩ませていた。同時に、こんな魔物相手にどうこうできる方法などあるのかとも思っていた。隊長として、隊を率いる立場でこれまで数多の魔物と戦ってきたが、そんな宇佐でも勝ち目が一切見つけられない。だがそれでも宇佐は諦めることをしなかった。隊長として、その力を限界を超えても振るうのだ。
「あはッ!楽し〜!ねぇ、君ン中どれだけ悪霊いるの!?」
「チッ、」
数多の悪霊を使役しようにも簡単に破られてしまうことに宇佐は舌打ちをして新たな悪霊を呼び出す。次々に繰り出される魔王の攻撃を前に宇佐自身が焦りを感じているのだ。翠蓮はもっとその状況に焦りを感じていた。
なにか自分にできることはないのかと。
もっと、自分に力があれば、と。
「俺に勝てるなんて思わない方がいいよ」
そう言った魔王は、宇佐と翠蓮に更なる絶望を知らせる。
「言っておくけど、君たちの言う魔王クラスは全部で十体。俺は順位争いとか興味無いから十番目。あ、ちなみにレオナは九番目だよ」
空気が凍ったように、何も考えられない空白の間が空く。京月や四龍院たちでも適わなかった魔王レオナが九番目であるということは、その上をいく魔王級があと八体いるということだ。救いようのない現実を前に、翠蓮は京月と不破をあそこまで苦しめた魔王級との過去の話を思い返して胸を苦しめる。そんな翠蓮の前でも、宇佐は諦めずに真っ直ぐ立ち向かっていく。
「諦めろってつもりか?悪いが俺は強欲なんでね。お前を殺るまでは死んでも死にきれねぇ。ほら、さっさとかかってこいよ」
そう言って宇佐は諦めることなく魔法を発動させてノアへと飛び込んでいく。
そんな宇佐の背中を見て、翠蓮は宇佐が自分のことを気にしつつ戦っていることで全力を出し切れていない様子に、何か出来ることは無いのかと考えていた。そうして考えている間にも、圧倒的な魔力の差を前に宇佐はどんどん傷を負っていく。
宇佐も全力で受け止め、右肩の傷以外はまだ浅い方なのだが、このままの調子が続いていけばいずれ限界がくる。なにか、少しでも。少しでも力にならなければ。そう考えた翠蓮の頭の中で、以前言われたエセルヴァイトの言葉を思い出した。
"翠蓮の中にある力はきっとこの先役に立つはずだ。今はまだ使えずとも、きっと、その想いに答えてくれる"
翠蓮は自分の中にあるのだというその"神の力"に願う。今使えず、どこで使うのかと。
「私の力なんでしょ……?だったら…………!今使わせてよ!!」
そう大きな意思が溢れた時、雪女の守護結界が揺らぐ。
「!!?氷上!!!」
宇佐の声が響く。宇佐を吹き飛ばしたノアが雪女の守護空間へと干渉したのだ。
「う"ぁあ"あ"あ"ッ!!!」
魔王ノアの魔力にその霊体そのものを斬られた雪女はその姿が消えていく。それと共に守護空間も破壊され、ノアが翠蓮へと向かう。
それを追って宇佐が飛び出すが、そんな宇佐の背後からもノアの魔法が向けられてそれを躱していれば間に合わない。しかし、その時の翠蓮はいつもとは違っていた。感じる自身の力に導かれる通りに飛び出した。
『氷神一閃』
ノアを一閃したそれは、胴体を真っ二つに斬り離す。翠蓮自身、自分の中にそんな力があるなど半信半疑だった。しかし今、こうして現実で発揮した力を前に、自分の中の力が持つ可能性に気付かされた。ただ、慣れない力は翠蓮の体に大きな負担をかけてしまった。
「……ッう"、」
ダラッと翠蓮の口からは血が吐き出されて、翠蓮の体は大きく傾いていく。
すぐに体を再生したノアが凄まじい勢いで翠蓮に攻撃を繰り出すがそこに宇佐が割りこんでその動きを止める。その間も翠蓮は急激な体の痛みに蹲っているが、どうやら雪女の姿は消されてもその力は残っているようで、翠蓮の体を雪女の力が守りつづけていた。
「ハハ、神の力ね……!氷上が切り開いた先を、俺が止める訳にはいかねぇな」
「俺に本気で勝つつもり?」
「あぁ。俺は国家守護十隊の隊長なんでね……!」
魔王ノアを前に、宇佐はどう戦うのか。




