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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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51「もう大丈夫」

 

 宇佐と翠蓮が村に到着した時には既に、村には人一人としていなかった。魔物に荒らされた形跡と、人々が逃げ惑った足跡が地面に濃く残されていただけだった。


 指令書に書かれた村の情報では、この村は人口三十人程の小さな村で、その中では農業に勤しむ者が多いのだそう。綺麗に立派に育てられていた果物の木も、耕されていた田畑もぐちゃぐちゃに荒らされて、そこで生活していた人々がいたと言われても信じられない程だった。三十人程の小さな村ではあったが、皆必死に逃げ惑っていたのだろうということが地面に残された無数の足跡から分かった。


「魔物に襲われながらも、子供を逃がしたのか。立派なもんだな」


 宇佐はそう言いながら村の内部を見て回るが、もう魔物の姿は既に無く、どうやら近辺の森に逃げ込んだようだった。


「どうしよう……!はやく追わなきゃ……!」


 そう慌てる翠蓮が森へと急ごうとするのを宇佐が止める。


「気負いすぎ、もっと肩の力抜いて。そんなんじゃすぐ体力持ってかれるぞ」

「で、でも…………このままじゃ村の人が!」


 ドクドクと気が焦り、全身に力が入る翠蓮。そんな翠蓮の額にトン、と軽く宇佐の指が触れた。

 触れた指から感じたヒンヤリとしたまるで雪の様な冷たさに翠蓮は一瞬にして気を削がれる。


「いーからいーから。大丈夫、俺が来たんだからこの村も、村の人間も、もう誰も傷つかねぇよ。魔物も大丈夫、すぐに捕まえる」


 その余裕さえ感じさせる宇佐の言葉に、翠蓮は息を呑む。気付けば、あれほど焦っていたのが嘘のように宇佐の存在だけで落ち着きを見せていた。

 そんな翠蓮の様子を見た宇佐はうんうんと頷いて、村の中心に立つ。すると、その足元になんだか不気味な模様が浮かび、先程翠蓮が宇佐に額を触られた時に感じたものより更に強い冷気が吹き付ける。


 氷の魔法を使い、寒さに耐性のある翠蓮でさえ、寒さを感じるほどの冷気。


「俺の声に答えろ、雪女」


 そう宇佐が紡ぐ。


「雪女…………?」


 戸惑う翠蓮の目の前で、更に冷気が吹き荒れる。次第に吹雪となったその場所に、真っ白な死装束を見に纏った美しい女が姿を見せた。


「久しぶりやねぇ、幽元。今日こそウチと一緒に死んでくれるんやろか?」


 雪女と呼ばれたその女は凍える程の冷気を身に纏ったまま宇佐の体に飛び付こうとするが、バチバチと音を立てて結界のような力に弾かれる。そうして弾かれたことに苛立った様子を見せる雪女は、今度は翠蓮に襲いかかろうとするが、宇佐に視線を向けられただけで動きを止めた。


「殺すぞ」


 そうたった一言。そのたった一言で、雪女は全身を震え上がらせる。翠蓮も、突然変わった宇佐の雰囲気に少し恐怖を感じていた。びくびく震える雪女。そんな雪女に、宇佐はゆっくりと言葉を向けた。


「言ったはずだぞ、俺に従ううちは殺さない。ただ逆らえば殺す。……忘れたか?」


 宇佐の言葉に反抗しようとする雪女だが、どういう訳か宇佐に歯向かうことは出来ずに何らかの力で押さえつけられる。それが霊媒体質である宇佐が同時に得た魔法。


 宇佐の魔法は霊や悪霊の類を従わせる魔法。


 その魔法を使い、宇佐は自身の体質により分け隔てなく寄ってくる人ならざる者たちを自分の下に従えるのだ。そんな魔法とギャンブルに、一体なんの関係があるのか。


 今宇佐に呼び出された雪女もそうだ。霊媒体質である彼を気に入り体を乗っ取ろうとしたが彼の持ち得た魔法と凄まじい精神力に適わず、逆に雪女自身が彼の手中に囚われてしまった。雪女以外にも数多の悪霊たちが宇佐の手中に囚われている。そんな中で雪女を呼び出したのは彼女の力が今この状況で最も使えるからだ。


「魔物なら、食い殺してもいいんやね?」

「あぁ、思う存分食っていいぜ」


 宇佐の言葉と同時に雪女の領域が広がり、彼女の悪霊としての力が発動する。


 翠蓮は宇佐の使う力の大きさに目を瞬くしか出来ないでいた。


 宇佐が呼び出した雪女の力。

 村と周辺その一帯を吹雪が吹き付けて、全体に雪女を不気味な笑い声が響く。


「おいでなさいな」


 不気味に呟かれたその言葉と同時に禍々しい力が降り掛かり一帯から魔物の呻き声が響き渡る。


 雪女の呼びかけに答えなかった者は一縷の望みを抱くことさえ許されず深い雪の中に閉じ込められて死を迎える。そして、彼女の吹雪は敵にのみ悪意を持ち、その場から動くことも出来ない程に吹雪いて動きを封じる。そんな状態で雪女の元に行ける訳もなく、そうして全て吹雪の中で死んでいく。


 一瞬にして村を襲い、村人を連れ去った魔物たちは死した。


 連れ去られた村人たちも、生きている人の気と悪霊の気の違いを良く知る宇佐の手にかかればすぐに見つかる。そうして一瞬で全てが片付けられた。


「もう大丈夫だぞ」


 魔物に攫われ森の奥に連れてこられていた人々はそんな宇佐の言葉で一斉に泣き崩れて彼に感謝を述べる。翠蓮は何もしていない自分の弱さが身に染みるが、それだけでなく宇佐の強さに目を奪われていた。


「す、すごい……」


 宇佐に対してそう言葉を漏らす翠蓮。


「俺なんかより、京月の方がよっぽどすげぇよ」


 そう言いながら村人の安全を確保する為、国家警備隊に村人たちが着いていくのを見守った後で宇佐と翠蓮も本部への帰路につく。列車に揺られながら、翠蓮は何もできなかったことに表情を陰らせていた。


「…………」


 そうしょんぼりする翠蓮の様子に気付いた宇佐はどうしたものかと、何かを考える素振りを見せた後に口を開いた。


「なあなあ、俺の魔法どうだった?」

「えっ、宇佐隊長の魔法ですか?」


 突然の言葉に翠蓮は戸惑うが、あの場で見た彼の力で呼び出された雪女と、素早く全てを助け出す冷静な判断力。宇佐の全てを凄いと感じた翠蓮はそれを包み隠さず素直に伝える。


「あの場で必要なのはまず冷静になること。そして判断。総隊長もまず新人に冷静さやそんな判断力があるなんて思ってない。だから今回は俺と一緒の任務になった、そもそもこの任務は俺がいるだけで問題無い。そこに氷上が入れられたのはそれを見て理解する為。もうそれが分かったんならきっとお前はこれから強くなる」


 そう自分に向けられた言葉に、翠蓮は目を丸くした。責められると思っていたところにそんな言葉を向けられることになるなど思っていなかったのだ。だが確かに宇佐の言う通りで、冷静になることの大切さと素早い判断は翠蓮にとって成長の第一歩となったことは確かだ。総隊長はそれを知って欲しかったのかと、翠蓮は自分に与えられた任務の意味に気付く。


「まぁ、これからも頑張んなよ。お前たち隊士の後ろには隊長(俺ら)がいるんだからさ」


 宇佐のその言葉に翠蓮がこれからの未来を信じて頷いた時、宇佐の伝令蝶である四槓子(スーカンツ)とでんでん丸が一斉に騒ぎ始めた。


「幽元!!緊急応援要請が来たよ!!」

「翠蓮!九番隊から緊急応援要請だぞ!!」


 九番隊からの緊急応援要請。

 場所はこの近くなのだというが、伝令蝶との通信が途切れて状況が分からないのだという。


「どうやら一仕事増えたみたいだな、まだ行けるか?」

「もちろんです!!」


 そう力いっぱい答える翠蓮。

 向かう地では一体何があったのか。


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