50「翠蓮と宇佐」
翠蓮が宇佐との任務の為に本部を離れた頃のこと。
「本当に宇佐隊長と一緒で大丈夫なんですか?」
不安げな不破の声。あまねと京月の三人で、魔天があまり動きを見せない中これからこちらはどう動くのか話をしていたところで、我慢しきれず漏れ出た言葉。
京月と四龍院のように設立時からのメンバーではなく設立後に総隊長により腕を買われて隊長として入隊したのが宇佐幽元だ。入隊順としては京月、四龍院に続きエセルヴァイト、宇佐のような形になる。不破より早くから隊に所属していた宇佐だが、今まで不破と接点はあまり無く、不破は宇佐がどのような人物なのかをよく知らない。よく知らないからこそ、宇佐のイメージはただのギャンブル依存者なのだ。
そんな不破の不安に気付いたのか、あまねがくすりと笑った。
「そうだね、宇佐がどんな力を使うのか知らなければ不安にもなるよねぇ」
そんなあまねの言葉に首を傾げる不破を見て、京月が口を開く。
「宇佐はそもそも魔法がなくともギャンブル依存者だが、あいつが遊戯場に入り浸っているのは何も遊びだけが理由じゃない。あいつの魔法の強化にギャンブルが必要なんだ」
「な、なんですかそのヤバそうな魔法……。宇佐隊長って何の魔法使うんですか?ギャンブルで勝ちやすくなる魔法〜とかじゃないですよね〜?」
不破の言葉にあまねが肩を震わせて笑う。
「あははははは!そんな魔法があるなら負けっぱなしの幽元が泣いて喜ぶだろうね」
「泣いて喜ぶどころか一切仕事しなくなるの間違いでしょう」
あまねと京月の言葉に不破はますます宇佐のギャンブラー気質なイメージが高まっていく。しかし遊戯場で強化される魔法とは一体どんな魔法だというのか。ますます謎が深まり頭を悩ませる不破に、あまねが再び言葉を向けた。
「深月は、霊や悪霊、妖怪を信じているかな?」
「へっ、霊??悪霊??それに妖怪って……何ですかこんな突然……」
「宇佐はね、そういった類のものを引き寄せる霊媒体質なんだよ」
不破は突然あまねの口から飛び出た霊や悪霊という言葉に耳を疑った。だが今となっては、身近に最高神なのだというエセルヴァイトや神の力が存在しており、それならそういった類のものがいてもおかしくないのではと思うように。そうしてそのまま不破はあまねと京月の二人から、霊媒体質なのだという宇佐のもつ力と、それがギャンブルとどのように関係しているのかなど、これから任務に行かなければいけないというのに気になってしまい詳しく話を聞き始めた。
✻✻✻
翠蓮は持っていた指令書の内容を宇佐と確認し、任務の場所へ向かうために列車の隊専用車両に乗り込んで、総隊長から宇佐に渡すように頼まれていた手紙を手渡した。
「ん?なんだこれ、総隊長から俺に?」
「はい!伝令蝶からだと多分気付かないか聞き流すだろうからって、預かってきました!」
そう真っ直ぐ純粋な眼差しで翠蓮にそう言われた宇佐はなんだか言葉に詰まっている様子。自分のイメージがもう既に最悪なのでは?と思っているのだろう。
(まずい金借りすぎたか?……いやそれくらいで総隊長は怒らねぇか。だとしたら仕事中にギャンブルしてること?あとはなんだ、業からの連絡基本無視してることか?……あれ?俺これでよく隊長でいられるよな。……ハッ、もしやクビか!?やべぇタバコ吸いてぇ)
タバコが吸いたすぎてガタガタと体を震わせる宇佐を見て心配そうに声を掛ける翠蓮。
「あの、体調悪いんですか?大丈夫ですか?ごめんなさい、いまなにも薬とか持ってないし、治癒魔法とかも使えないので……」
そうオロオロする翠蓮の様子に、宇佐は体の震えを止める。
「……良い子すぎん???大丈夫か?京月に扱かれて泣かされたりしてないか?良いように使われたりしてないか?」
「えっ、大丈夫ですよ!?京月隊長も、不破副隊長も私なんかに良くしてくださってて、すごく居心地いいですよ!」
慌てて否定する翠蓮の素直な姿を見て、宇佐は珍しいものを見るように被り物の内で表情を緩めた。
「そうか、一番隊といえば入隊希望は多いが鍛錬はキツいし、本部にいる時は朝のあの山登りで音を上げて逃げ出す奴がほとんどだからな。よく頑張ってんだな」
「私なんてまだまだですよ」
そう言って自分の力をまだまだだと話す翠蓮に、宇佐はおかしなものを見るような態度で答える。
「ははッ、騙されたとは言え新入隊で禁出二件で生存、しかも一般人の救出とまでいってまだまだとはな。あんまり自分を卑下するもんじゃないぞ」
「し、知ってたんですか」
「そりゃあ、氷上翠蓮といえば有名人だからな。まぁでも、あんまり自分を卑下してると悪い感情が生まれやすい。自分を一番大切にできるのは自分なんだから、もっと自分に自信持った方が良いと思うぜ、俺は」
宇佐の言葉に、翠蓮は心を突かれる。
以前、不破から言われた自分のことを誇りにおもうべき、という言葉と宇佐の言葉が重なった。話を聞いただけでは、宇佐に対してろくな大人では無いというイメージがあったが、翠蓮は宇佐が隊長である理由を知れたような気がした。
きっと、悪い人では無いのだと。
翠蓮がそうして宇佐へのイメージを改めていくなか、宇佐は総隊長からの手紙に目を通していた。手紙に目を通している宇佐に何か声をかけるのは邪魔になるかと気を使ったことで、静かな時間が流れる。そうして宇佐が手紙を読み終えた頃に、丁度列車は目的の駅に到着した。
「よし、行くか」
立ち上がった宇佐に続くようにして列車を降りる翠蓮。京月ほどではなかったが、それでも流石は国家守護十隊の隊長。宇佐の姿に気付くやいなや列車の中から一般人が歓声を上げる。それを気にすることなく歩いていく宇佐に、置いていかれないように着いて行っていると、その先にある村の方から小さな女の子が泣きながら駆け寄ってきた。
泣きながら駆け寄る女の子の前で、宇佐は目線を合わせるように屈むと一体何があったのかと尋ねる。
宇佐と翠蓮の任務内容は村の近辺に出没情報があった魔物の討伐と村の保護。
その女の子は魔物に村の人間が何人も攫われてしまったのだと話し、大きな声で泣き始めた。
「そうか、怖かったな。怖かったのに話してくれてありがとうな。これやるからお前は駅の方に逃げてろ」
宇佐はそう言って隊服のポケットからうさぎの形の棒付きキャンディを女の子に。すると、泣き止んだ女の子は宇佐の被っているうさぎの被り物をよしよしと優しく撫でた。
「うさぎさん、ありがとう!負けないでね」
そう言って、女の子が駅の方に走っていくのを見届けると、宇佐は翠蓮と共に魔物が現れたとされる村へと足を進めた。




