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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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48「盾と刀」

 

 不破の絶叫を聞き付けた京月と翠蓮は、何か起きたのかと急いで声がした本部入口の方へと走っていく。


 京月と翠蓮が目にしたのは、大量の魔物……のもう既に死骸となったそれをボコボコと魔法も使わずに物理で殴り続けるあまねの姿。そしてそれを半泣きで止める不破の姿。


「総隊長!!もう死んでますからそれ!!ねぇ〜〜〜!!総隊長〜〜〜っ!!!」


 不破が止めようとも、止まらずにあまねは魔物を殴り飛ばす為に腕を振りかぶる。その騒ぎを聞きつけて他にも隊士達が集まってきては、何事かとその総隊長の様子に目を見開いて固まっていた。いつも穏やかな総隊長とは違ったその様子に、隊士達は驚いていたようだが、総隊長をよく知る隊長たちはその様子を見慣れていたのか少し驚きはしていたがそこまで驚きはしていなかった。


「……深月は僕が止まると思う?」


 不破に対して向けられた言葉はいつものより少し低いとはいえ穏やかだ。しかしその中にはふつふつと燃えたぎる怒りが宿っていた。不破はこの大量の魔物が死骸となった原因を知っている。だから、その問いには首を振った。それでも、だ。怖いものは怖い。


「でも止まってくださいよぉ〜〜〜〜っ!!!ヤダ〜〜!!血塗れの総隊長とか怖すぎますって〜〜〜!!!一般隊士たちが怖がりますってか俺が怖いんでもう勘弁してくださいよぉ〜〜〜〜っ!!」


 不破がそう叫ぶも、抵抗する魔物に対してあまねの拳は止まらない。ここまであまねが怒る理由はなんなのか。不破はつい先程の出来事を思い返していた。


✻✻✻


 神の力により、国家守護十隊本部内につくられた異空間に連れてこられていた翠蓮と不破。その直前に神の力により斬撃を与えられた京月の本体はジェイドの幻覚魔法の領域に引きずり込まれて助かったが、神の目を欺くために幻術で見事に作り上げられた京月の体を、そんなこととは露知らず不破と翠蓮の二人は治癒魔法を施しつつ寝かせていた。


 そうして朝霧など、翠蓮に危害を加えた重罪人である二人の死体を操り動かす神の力の襲撃を受け、エセルヴァイトやあまね達と共に戦い、ようやく先程異空間からの脱出に成功したのだ。今回のこの襲撃も、ただの子供のイタズラのようなものに過ぎず、本腰を入れて魔天が動き出すことはまだ当分無いだろうとエセルヴァイトは言っていた。


 いざ現実の世界に戻ってみると、隊は普段通りに動いており誰もあまねや不破、翠蓮がいないことに気付いてはいなかった。エセルヴァイトはまた魔天やこの世界の深淵について探るためにすぐに本部を離れていき、翠蓮は眠ったままの京月の傍につくことに。そうして不破はあまねと共にいたのだが、今度はそんなあまねの元に大量の魔物が姿を見せた。


 その場に残った力の残穢が形となり魔物と化したのか、それは京月の名前を口にした。


「我が京月亜良也を斬った」

「国家守護十隊ももう終わり」

「次こそ必ず京月を殺す」

「必ずいつの日かここも魔天に沈む」


 次々と零される魔物の言葉。その中でも、京月を斬った、殺すと言った魔物は一瞬にして命を失った。


「ふふ、ははは。そう、そんなに死にたいなら全部一気にかかって来なよ、一匹残らず今ここで僕が息の根止めてやる」


 魔物の気配で、本部にいた隊士や隊長が外に出てきてみれば魔法すら使わず慈悲の欠片もなく魔物を殴り付けて殺そうとするあまねの姿に空気が凍りつく。不破はそんなあまねを止めながら絶対に総隊長を怒らせないようにしなければと改めて心に誓っていた。


✻✻✻


「僕の大事な亜良也に手を出そうとしたんだ、殺してもなんの足しにもならないけど、こいつらは何も生まず、悪意だけをばら蒔いていく。魔法なんて使わずとも僕が全てこの手で終わらせてやる」


 流石に一般隊士達の前でこれ以上あまねのイメージが崩れるのは避けたいと、その場にいた二番隊隊長の四龍院と四番隊隊長の宇佐があまねを止める為に動き出すが、何かに気付いてその動きを止めた。


 言葉を話す魔物。

 まずそれだけでその場にいた隊士達は怖くて動くことができない者がほとんどだ。それが限りなく小さな神の力の残穢から作られたものだとしてもやはり神の力で作られたことで魔物としての格は高かった。基本言葉を話す魔物は格が高く、ほとんどが禁出の任務に分類される。

 新入隊でまだまだ経験の浅い翠蓮や桜が実際に話す魔物と対峙したことがあるということの方が異常なのだ。


 そんな魔物をあまねは眉ひとつ動かさずに相手にする。総隊長として本部を守り、全隊士を動かす者。あまねが本部外に出ることはあまり無くこうして戦う姿を見る事は中々無い。


「貴様も殺してやろう!!朱雀あまね!!!」


 あまねの背後から襲いかかろうとする魔物に隊士達が目を見開くが、その魔物の攻撃は炎に呑まれて塵となって消える。


「今更ながら可笑しいな、刀なくとも総隊長なら戦場など余裕でしょう」


 そう言ってあまねの傍に立つ京月。

 そんな京月の姿を見て、あまねは先程までとは違って柔らかな笑みを浮かべた。


「それでも盾には刀が必要なんだよ。あまり一人にされすぎると僕一人で戦場に飛び出すよ」

「血塗れの戦場に立つ総隊長も興味深いが、総隊長にはやはりその盾となる頭脳で本部を護って貰わないと」


 そう軽口を叩き合いながらも、あまねは京月が無事目を覚ましたことに安堵を見せた。不破は不破で、京月が目を覚ましたこともそうだが、京月が目を覚ましたことであまねの怒りが収束したことに安堵していた。


「たく、総隊長がご乱心だー!!なんて(かるま)から急に転移魔法で本部に呼び戻されて何事かと焦った俺のか弱い心、一体どうしてくれるんだよ」


 そうあまねに肩を寄せてため息ながらに言葉を漏らす宇佐。うさぎの被り物を被っているため顔は分からないがやれやれといったような声音をしていた。そんな彼の横にいるのは彼が隊長を務める四番隊の副隊長、司業(つかさかるま)


「なーにがか弱い心ですか。ギャンブル行きたいから給料上げたうえで金貸してくれなんて総隊長に直談判しに行ったアンタが何言ってんだ」


 心底冷ややかな眼差しを自身の副隊長から向けられて、ギクリと肩を鳴らす宇佐。


「ぅおぉい!!京月と四龍院の前でだけは言わない約束だったろ!?あの二人無駄に忠誠心たけーんだから金借りたことがバレてみろ……!」

「「もうバレてんだよ」」


 京月と四龍院が冷ややかな笑みを浮かべているどことなく危険な雰囲気に、周りにいた隊士たちはそそくさとその場を離れていく。その場に残っているのはあまねと一番隊の三人と四龍院、桜、そして四番隊の二人だ。


「くそー!!お前ら夢がねぇな!!ギャンブルは男の浪漫よ!?いや最早人生と言っても過言では無い……!ただのカモだと思ったら大間違いだからな?あれは皆の想いの結晶!!あそこには宝しかねぇ!!」

「で?幽元おまえ、一体いくら賭けたんだよ」


 そんな四龍院の問いかけに、宇佐はへらりと答える。


「ん?さて何の話だったかな」


 あまりにも露骨に話を逸らした宇佐にその場の誰もが大損だったと気付くが、まだギャンブルなど知らない翠蓮と桜はなんの話かわからずに首を傾げていた。


「なんだ、僕の予想通りに賭けなかったんだね」

「総隊長の予想通りに賭ければ絶対当たるからな、珍しく総隊長が予想を外す、なんてのに賭けた方が楽しい」


 そんなやり取りをするあまねと宇佐に、四龍院と京月は頭を抱える。


「総隊長はこれ以上こいつをギャンブラーに育ててどうするつもりですか」


 京月の言葉に、あまねではなく宇佐が口を開いた。


「おいおい、人をギャンブル依存症みたいに言うなよ。ギャンブルやってる時が一番ノッてんの、だからいいだろ〜?」

「……それを依存症って言うんだろ」


 京月がそう呟くが宇佐はどこ吹く風で鼻歌を歌いながらその場を後にしていく。翠蓮と桜もそれがダメな大人の典型例だと薄々京月と四龍院の言葉から気付いたのか、宇佐を不安げな様子で見ていた。ただそんな翠蓮に気付いたのか、京月が声を掛けた。


「不安にもなるだろうが、実力はあるし悪い奴ではないんだ」


 京月が認める程の実力者。

 ただ総隊長に借金をするようなポンコツ具合。


 一体どんな男なのかと、翠蓮の中では宇佐に対して疑問が深まるばかりだった。

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