47「振るう刃の理由」
目を覚ましてすぐに、京月は苛立たしげに体を起こす。傷は塞がっているのか、痛みは無く、ただ先程までのジェイドとの会話を思い返して眉を寄せて重いため息を吐いていた。幼少期の記憶の中にいる優しい兄と、ウロボロスの決戦場で会った時の兄は全くといっていいほど別人だった。
京月の刀を一切寄せ付けず、拒絶するかのように冷たく振り払う総司の剣術は、とても守るための剣には見えなかった。
だが、ジェイドが嘘をついているようには見えなかったのだ。京月は国家守護十隊隊長として、設立時から今までの間に多数の反逆指定魔道士と戦い、人の汚れた部分を何度も見てきたからこそ、ジェイドの言葉に嘘が無いと、その目が理解した。
ただ、自分の知らない兄の姿に、混乱していた。
ジェイドの言っていた話を纏めるなら、総司は魔天で何かしらの反逆を企て、自らの命を犠牲にしようとしている。そして、その芯には弟を守るという意思があると。
そうして今、魔天により向けられた神の力で命の危機に晒された京月が無事なのも、総司がジェイドを向かわせていたからであり、ジェイドの幻覚魔法で京月の本体が幻覚内にいなければ状況は悪化していただろう。
今自分の置かれている状況と、得た情報があまりにも複雑すぎることに頭を抱えながらも京月は立ち上がり、一旦水を飲むために部屋を出ようと襖を開ける。その瞬間、軽い衝撃がしてふと下に目線をやれば、ぶつかった額を抑えて目を見開いている翠蓮の姿がそこにはあった。
「氷上?」
「きょ、京……月、隊長…………?」
間を開けて、ぼろぼろと翠蓮の瞳から涙が溢れ落ちる。京月が答えるより早く、翠蓮は勢い良く京月の胸に飛び込んでいく。
「うお、っ」
咄嗟に抱きとめた京月の腕の中で、翠蓮は年相応の子供のように泣きじゃくる。
「うわぁぁあぁあぁああぁん隊長〜〜〜っっ!!」
泣きじゃくる翠蓮にオロオロと慌てるが、翠蓮を落ち着かせようとその背を撫でる京月だが、翠蓮の涙が止まる気配は無い。随分心配をかけてしまったなと、京月は翠蓮にゆっくり声を掛けた。
「もう泣くな、俺は大丈夫だから」
「うわあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん」
更に泣く翠蓮。
そんな翠蓮を受け止めていた京月の手に力が入る。
あの時、翠蓮を泣かせてしまった自分の言葉。
後悔してもしきれない程、翠蓮を傷つけたことだろう。翠蓮が大事だからこそ、幸せに生きてくれることを願っていた。京月はジェイドの言葉の通り、あれが神の力だったからとは言えどほんの僅かな気配すら感じ取れず、危うく致命傷になりかねなかった攻撃を受けてしまうほど、自分の中を大きく占めて焦らせた翠蓮の言葉を思い出す。
『わたしのこと何も知らないくせに……ッ!!!この世界で今生きてるわたしのことを、どうして見てくれないんですか……ッ?………この世界は私の居場所じゃない?ここ以外私は知らないのに!!………わたしにはッ、ここしか居場所がないのに!!』
京月はその翠蓮の言葉を聞いた時、強く頭を殴られたかのような衝撃を受けた。翠蓮に対してしようとしていたことが、かつて父が自分にした過去と内容は違えど重なって見えてしまったのだ。
ただ守りたいと思うがまま、それが翠蓮を守れているのだと思い込んで彼女の言葉を聞くことなく行動し、翠蓮を悲しい孤独に襲わせた。それは、自分の意思とは別に刀以外の道を絶たれ、母を殺されて孤独となった自分が感じた悲しみや絶望を、同じように与えてしまったのではと。
京月はそんなことを考え、翠蓮を傷つけてしまったことに深く傷つきながら、そんな自分を救ってくれた朱雀あまねの言葉を思い出した。あの時くれたあまねの言葉は、確かにあの時の自分が一番求めていたものだった。
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『ずっと、こうして独りで生きてきたの?』
そう当時十歳であった京月に声を掛けたのは、人類改造計画に対抗する為の組織を立ち上げるべく齢十五という若さで立ち上がりそれから五年の間それに見合う人材を探して世界中を飛び回っていた朱雀あまね。
漸く人類改造計画が公になり、政府も組織の存在を否定することは出来なくなった頃のこと。対抗組織設立の認可は得て、後は優秀な人物を探していた。
そんなあまねが目にしたのは、六年前に起きた京月家当主の錯乱事件の際に同時に消息不明となっていた京月家の次男・京月亜良也が人の寄り付かない魔物だらけの森で迷い込んだ犯罪集団や、血の匂いで寄ってくる魔物を殺している姿だった。まだ十歳の少年が犯罪集団や魔物を相手にして勝利の末奪った食料などでここまでの孤独の中で生きていたのだ。
そうするしかなかったとはいえ、あまりにも残酷な世界。
「俺には、………刀しかないから。なにも、ないから。…………俺には居場所がないから。」
京月は、刀と、孤独以外のなにも持っていなかった。自分の居場所も、自分のことを見てくれる人も、決していないと思っていた。
そんな京月に、全てを与えたのがあまねだ。
優秀な人材を探すためのもの。たとえ、京月に刀の才能が無くとも、戦いの才能がなくとも、朱雀あまねは京月を求めただろう。
それ程までに、あまねが京月に向けた優しさは温かかったのだ。
『刀と盾はどちらも欠けてはならない。僕には君の刀が必要だ。君が、僕を必要としてくれるなら、僕は喜んで君の盾になろう。僕が君の居場所になるのは駄目だろうか』
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泣きじゃくる翠蓮を撫でながら、京月はゆっくり口を開く。
「氷上、このままで良いから聞いててくれないか」
京月がそう言えば、涙こそ止まらないもののぐりぐりと頭を擦り付けて頷く翠蓮。
そんな翠蓮の反応を見て京月は続ける。今度は、ちゃんと自分の伝えたいことがきちんと伝えられるように慎重に言葉を選んでいく。もう二度と翠蓮を傷付けないよう、幼かった自分が求めていた言葉を。
「俺は、思ったことを言葉にするのが苦手だ」
まず、そう零された言葉。その言葉に、翠蓮はわかってますよと京月の目を見て頷こうとするが、今は顔を見られたくないのだろうか……、京月が翠蓮を抱き寄せたことで頭が上げられないままで話は続いていく。
「前、と言ってもすごく小さな頃は違ったと思う。俺の兄は突然いなくなった。そしてそれで荒れた父親が四歳だった俺に兄の代わりをさせようとして刀を持たせた。……嫌がった俺が父親に殺されそうになったところを庇って母さんは死んだ。……その後六年独りで居場所もないまま生き続けた俺には刀しか無かった」
ゆっくりと紡がれていく言葉で、初めて知った京月の過去。翠蓮は京月の顔が見えずとも暗くなっていることを感じ取り、拳をぎゅっと握った。
「刀しか無くて、その手の中に何も無かった。守りたいものも無ければ、希望なんてものもな。……俺には居場所がなかった。それを見つけて救ってくれたのが、総隊長だった」
もう何年も一緒にいるのだという京月と総隊長の話は翠蓮も知っていた。ただ、京月を救いあげたのが総隊長だったのかと、京月が救われたことに翠蓮は安堵の息を漏らす。
そしてまだ続く京月の言葉に耳を傾ける。
「俺は、いつも誰かに貰ってばかりだ。総隊長に居場所をもらった。そして、刀に理由など無かった俺の前に不破や氷上が現れて、俺に刀を持つ理由をくれた。どんどんこの手の内に守りたいものが増えてきた」
「京月隊長…………」
翠蓮がそうぽつりと零す。
そんな翠蓮の頭を撫でて、京月は最後に一番伝えたかったことを伝えるために口を開いた。
「氷上、お前を傷付けて悪かった。俺はお前が大切だから、ああするしかないと思っていた。だが本当は俺は、他の誰よりも氷上や不破に一番隊にいてほしい。俺の理由であって欲しい。俺が、一番隊が、お前の居場所であって欲しい」
そろりと京月の腕から抜け出して、今一番欲しかった言葉よりも更に大きな温もりのある言葉を真っ直ぐ向けてくれた京月の顔を見上げると、どこか不安を感じているのか、京月の青い瞳は少し伏せられていた。翠蓮も、そんな京月の言葉に答えるためにまず謝罪の言葉を口にした。
「隊長、大嫌いって言ってごめんなさい」
その言葉は少々と言わんばかりに突き刺さっていたのか京月は言葉に詰まる。その様子を見て、翠蓮は次に自分も本心を伝えた。
「私、一番隊が大好きです。ずっと、ここにいたい」
二人の様子を見守っていたでんでん丸と京月の伝令蝶は嬉しそうに羽をばたつかせている。
そんな時、不破があまねを呼ぶ悲鳴のような絶叫が本部入口の方から聞こえてきた。
「ふ、不破さん??」
「何かあったのか……?」
総隊長のことを呼ぶ不破のその声に何かがあったのだと理解して、すぐに京月と翠蓮は隊舎を走り出した。




