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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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44「力の理由」

 

 飛び出した翠蓮の手を掴んで止める京月。


「待て、氷上!」


 いつもの翠蓮ならそこで落ち着けたのだろうが、自分の事も、あまね達から聞いた話も、京月に突き放された言葉も、その全てが翠蓮を動揺させていた。


 翠蓮は知りたくなかった。

 幻覚魔道士ジェイドと対峙した後から消えない記憶の蟠り。ずっと自分自身に違和感を抱いていた。


 だけど翠蓮は自分自身を知るのが怖かった。何にも知らないでいたのに、突然全く別の自分が姿を現しそうな嫌な気持ち。自分が別の世界の者で、この世界に連れてこられたのだと聞いて翠蓮は自分に恐怖していた。

 確かに両親がいて、村の記憶もあったはずなのに、思い出そうとすればする程分からなくなっていく。


 わたしは、一体誰で、どこにいたの?

 それを知るのが怖い。この世界で生きた私は誰?

 この世界で、今を生きるわたしは誰にも必要とされない?


 様々な思考が絡まりあって、京月の手を振り払う。


「わたしのこと何も知らないくせに……ッ!!!この世界で今生きてるわたしのことを、どうして見てくれないんですか……?………この世界は私の居場所じゃない?ここ以外私は知らないのに!!………わたしにはッ、ここしか居場所がないのに!!」

「氷上!俺は………ッ」


 涙を流す翠蓮に京月が声を掛けようとした時、空間が割れるように軋んだ。

 重く、暗い感覚がして、翠蓮は自分の前で京月の体が大きく揺れて傾いていくのを見て目を見開いた。


 翠蓮は目の前を染めるそれが真っ赤な炎の色では無く、京月の体から溢れた鮮血だと気付いて呆然とその名を呟く。


「ぁ、……なんで、え……?京月隊長…………?」


 一体、どうして。どこから。誰が。なんて考えてもわからない。


「ッ京月隊長!!!」


 不破がすぐさま京月の体を受け止めるが、敵の姿も気配も無い状況で京月が斬られたということに焦りを隠せないでいた。

 翠蓮もようやく状況の理解が追いつくが、どうしても目の前の状況を認めたくなくてその声には不安や焦り、恐怖が宿っていた。


「京月隊長……っ!!っ隊長!!!」


 翠蓮が声を掛けても、京月が返事をすることは無い。一体何が起こっているのかと、翠蓮達が辺りを見渡したと同時に本部を含めたその周囲になんだか異変を感じて、二人は本部内であるというのにこの騒ぎに誰も気付かず、ましてや京月の魔力が揺らぎ消えかけているにもかかわらず誰の姿も無いということに、ここがもう何者かの術中であることに気が付いた。


「誰の気配も無い……、総隊長の結界が破られたのか……?」


 不破がそう言いながら京月を一旦隊舎内に運び治癒魔法で応急処置を済ませる。

 その間もまだ敵が姿を見せない今の状況で翠蓮を一人にすることは危険だと判断した不破は二人で本部内の様子を見ることに。そこで二人はある事実に気付く。


 本部内のどの隊舎にも人がいないのだ。一体何が起こっているのか。

 ただ、何の気配も無く京月が斬られたという事実に不破は嫌な予感を感じていた。


 魔天と関係しているという神の力。もし京月を斬ったのが神の力だとするならば、この状況はかなり危険なはず。そう考え始めた時、その空間内に突如として出現した不気味な黒い影が二人を狙う。

 ウロボロス戦後に感じた、"神の力"と似たものを感じた不破はその力を前に自分の力では敵わないと一瞬にして理解する。


 京月があの場で紅蓮羅刹を使おうとしたほど、その力には確かな死が感じられた。


 ただ翠蓮を護るために不破の体は無意識に前に飛び出していた。


「不破副隊長っ!!」


 翠蓮がそう叫んだ時、大きく空間が揺れて、その場にあまねを抱えたエセルヴァイトが現れる。

 翠蓮と不破が二人の名前を呼ぶより早く、エセルヴァイトの力がその場に降りかかった。


「止まれ、動くな!!」


 エセルヴァイトのその言葉で影は動きを止めてその力の圧で消滅する。

 そしてすぐにあまねを結界の構築に向かわせると、エセルヴァイトは翠蓮と不破の二人を連れて京月のいる一番隊隊舎に。


「ここは本部ではあるが神力により遮断された別世界と考えた方が良い。他の隊長や隊士達は眠らされているようなもの。神の力を受けた魔道士が動き出した」


 エセルヴァイトはそう言って、まだ意識の無い京月の様子を見る。そんなエセルヴァイトに不破が声を掛ける。


「京月隊長は、一体誰にやられたんですか」

「傷口から神力を感じる。この世界の神の一柱で間違い無い。……以前とは状況が変わった。翠蓮を狙うのでは無く翠蓮の周りから消し、そうして最後に翠蓮の力を狙うつもりだ。ここまで来てしまってはそれを知らせない方が翠蓮を危険に晒す」


 そう話すエセルヴァイト。

 翠蓮は自分のせいで京月がこうなったのだとその手を震わせる。


「……わたしが、近くにいたから…………」

「氷上ちゃん……っ、それは違う!」


 不破が否定しようとするが、エセルヴァイトがそれを遮り口を開く。


「そうだな、敵は君の力を狙う中でこうして京月に手を出した。君の力が無ければこの様な事態にはならなかったかもしれない」


 その言葉に翠蓮はぐっと涙を堪える。


「ッエセルヴァイト隊長!!」


 不破がエセルヴァイトを止めようとするが、エセルヴァイトは言葉を続けた。


「君の中にある力は強大だ。それを使うか、使わないかは君の判断で決めればいい。ただこれは君にとって残酷な言葉かもしれないが、力が無ければ何も守れない。実際君が狙われて周りが傷つく中で対抗できるのはその力だ」


 そしてエセルヴァイトはそれと同時に翠蓮に神の力について話をした。神の力を持ち生まれる者は最高神でも世界でも無く無の領域がそれを決めるのだという。翠蓮はそれにより力を与えられた。

 ただ、神では無く人間として生を受けた。どうして人間として生を受けたのかは分からないが、何かが神の力を引き寄せたのだと。


 そうしてその力はこの国家守護十隊の世界に引き込まれて今の翠蓮がいると。


「世界で起きる物事にはどれも理由がある。君が神の力を持ち生まれたこと。人間として生まれたこと。この世界に飛ばされたこと。……この世界にいることにも理由があるはずなんだ」

「この世界にいる理由…………?」

「そうだ。表では原初神の力を欲したこちらの世界の神に引き寄せられた。ただ、この世界で翠蓮は国家守護十隊に入った。今、翠蓮は世界を崩壊させようとする神の意志に対して真逆にいる。それにも理由がある。この世界で自分が一番にやりたいと思うこと、それを叶えることが、翠蓮の力の意味なんじゃないか?」


 エセルヴァイトの言葉に翠蓮は自分がこの世界にいる理由について考える。元の世界の記憶がある訳じゃないが、エセルヴァイトの言葉はすんなりとその中に入ってきた。


「わたしは……、この世界で皆で幸せになりたい」



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