42「こぼれた本心」
京月は抱きついて離れない翠蓮にその場にあった水を渡して飲ませると、ふらふらな翠蓮を一度離し、その背に乗せて立ち上がる。
「ちゃんと捕まってろよ」
「はぁーい!」
そう楽しそうに京月の首に手を回すと、翠蓮は酔って熱くなった体をその背に預ける。
「ねーねー、亜良也〜」
そういつもより砕けてふにゃふにゃな喋り方で翠蓮が名前を呼ぶ。年相応の女の子のようなこの姿が翠蓮の素なのだろう。
いつもは決して呼ぶことの無い名前を何度も何度も呼んでは楽しそうに笑っている。
まだほとんどの隊舎で夜会が続いているのか、外には人がいない。そんな静かな空間で、京月は翠蓮が自分を呼びかける声に答える。
「どうした?」
「んふふ、わたしね、一番隊だーいすき!亜良也だーいすき!ふふ、もっともっと強くなって、みんなで……幸せになるんだぁ」
「……そうか」
京月はそう一言返事をすると、一番隊隊舎への道を歩いていく。その途中でも、何度か翠蓮に名前を呼ばれては返事をして、翠蓮はぽつりぽつりと自分の望む未来の話を零していた。
「ぜんぶ、ぜんぶ、わたしが守るんだ〜」
一番隊隊士として、未来の幸せを願うその言葉。京月はその言葉にただ一言、そうかとだけ呟いていた。
京月が一番隊隊舎に戻った時にはすっかり翠蓮は夢の世界に入っており、声を掛けても中々目を覚ます気配が無かった。
仕方無く翠蓮を以前の様に自分の部屋に運んで寝かせると、良い夢を見ているのか頬を緩めて擦り寄る翠蓮に小さく笑みを零す。
「氷上、俺はお前が幸せに生きててくれるならそれでいいよ」
翠蓮の力は今は魔天によりマーキングされている状態なのだとエセルヴァイトは言っていた。
魔天を潰せば翠蓮のマーキングも消え、この世界から翠蓮の力を辿り彼女を見つけることは出来なくなる。そうすれば、本来ならばこんな血に塗れた隊になど入らず幸せに生きるはずだった世界に翠蓮は戻ることが出来る。
翠蓮が、この国家守護十隊が存在するような激戦の時代で未来の為に戦う必要なんて無かった。
翠蓮には、幸せに生きて欲しい。
隊長として、ただの京月亜良也として、氷上翠蓮自身の幸せを願うからこそ、京月は自分の気持ちを隠すのだ。ただ、酔った勢いで出たその言葉が本心でなくとも、翠蓮が言った"大好き"の言葉が京月と翠蓮を繋ぐ。
「大丈夫。お前が護ると言った分も俺がこの世界を護るから。本当にいるべき世界で、幸せになれ。氷上の居場所はこんなクソみたいな世界じゃない」
そう呟かれた京月の思いは、夢の中にいる翠蓮には届かなかった。
✻✻✻
翠蓮はそのまますっかり熟睡し、朝まで目覚めなかった。翠蓮は目を覚ましてすぐに、また自分が京月の部屋で寝ていることに気付いて顔を青くする。
お酒を一気に飲んだところから記憶が無く、一体どうやって戻ってきたんだと考えるも、京月の部屋にいることから京月が連れ帰ってくれたのだろうと理解して更に小さく縮こまる。
ふと机の上に何か書き置きがあることに気づいて翠蓮はそれに目を通す。
『任務で出る。起きたら水飲め、酒はもう絶対飲むな』
書かれている内容を見て翠蓮は絶対に何かをやらかしたのだろうと理解するが何をしたのか覚えておらずに全身を震わせる。
「わたしは一体なにを………!?」
かけられていた布団をぎゅっと抱きしめて声を押し殺しながらその恥ずかしさに発狂していると、京月の匂いがして一気に布団を離すも、昨日もこの匂いに包まれていたような気がして戸惑う。
ぐるぐると渦を巻く記憶を思い出そうとして、京月の背から感じたぬくもりを思い出す。
何度も何度も京月の名前を呼び、その度に面倒臭がらずに返事をしてくれていた京月の優しさ。
自分がそれ以外に何を言ったのかは思い出せなかったが、恥ずかしすぎる記憶に翠蓮はもはや泣きそうな程だった。
ただ隊長として向けてくれる優しさに甘えすぎていると自分の頬をばちんと叩いて、翠蓮は急いで京月の部屋を出る。でんでん丸は夜会の間、伝令蝶同士で集まって遊んでいたらしく戻った後は翠蓮の部屋で休んでいたようで翠蓮が部屋に戻るとその姿を見せた。
翠蓮が話を聞いてもらおうとでんでん丸に飛びつこうとした時、でんでん丸が翠蓮に言葉を向けた。
「なぁ、翠蓮……。おまえ俺様の前からいなくなっちゃうのか……?」
「えっ……??」
翠蓮は今まで感じていた恥ずかしさなどの感情がでんでん丸の言葉により消えていく。だが、でんでん丸の言葉の意味がわからず翠蓮は戸惑う。
そんな翠蓮に対してでんでん丸は言葉を続けた。
「昨日京月が言ってたの聞いちまったんだ。お前が本当にいるはずだった世界に帰すって!」
その言葉に、翠蓮はそれ以上口を開けないでいた。




