41 「あらぬ疑惑」
翠蓮が十番隊舎に入った時には既にほとんど人が集まっており、所々見た事のある人がいる程度で後はほぼ初対面だった。
桜と花は席が離れてはいるものの、既に隊士達に囲まれて楽しそうに話をしていた。
翠蓮にもすぐに声が掛かり、大きな部屋に入ってすぐに置かれたテーブルの空きがあるところに座るように促されて、席についた。
「氷上ちゃん、はじめましてだよね?俺は竹田、氷上ちゃんの一個前に入った隊士だよ。よろしくね」
なんて、似たような挨拶を繰り返して、次々に運ばれてくる料理に翠蓮は目を輝かせる。
「今日は立場とか無しの無礼講だから、気軽にね!ほらほら、いっぱい食べなー!」
世話焼きな隊士が多く、翠蓮の前にはどんどん皿に盛られた料理が置かれていき、周りを見れば桜や花も先輩達に世話を焼かれていた。
「氷上ちゃんはさ、どうして隊に入ったの?」
同じ女性隊士である七番隊所属の先輩隊士がそう翠蓮の横に座って声を掛ける。
「私は、自分みたいに親や身近な人を殺された人達がこれ以上増えないように、全部を守れるようになりたくて入ったんです」
そう話せば、先輩たちが優しく翠蓮の頭を撫でる。
「一番隊、厳しいだろうけど頑張ってね!」
そう言って応援してくれる先輩たちの優しさに翠蓮は笑みを浮かべた。それからも隊士同士で盛り上がり、時間は過ぎていく。
酔ってそのまま横になり寝てしまったり、外の空気を吸いに行ったりとどんどん隊士も減っていき、花は同じ三番隊所属の隊士が戻るのと一緒に出て、桜は任務があるからと行ってしまい、そこで起きているのは翠蓮と隊士三名ほど。
粗方片付けをして翠蓮も戻ろうとするが、そこにまだ話したことの無い隊士が声を掛けてきた。
「氷上ってさー、京月隊長と付き合ってんの?」
その言葉に翠蓮は驚き、顔を真っ赤に染めあげて慌てて否定する。
「わ、わたしが京月隊長と!?!?無いです無いです!」
そう否定するも、翠蓮を囲むように座る三人は笑いながら続ける。
「だってそれしかなくない?いきなり一番隊入隊ってさ。しかも神崎や一条とは違ってお前は禁出で実績ときた。……これは裏になんかあるなァ?ってことでさァ」
翠蓮はその隊士の言葉から悪意を感じ取り口を開く。
「なにが言いたいんですか?」
「京月隊長を落としたんだろ?その体で。……女が上に行くにはそれしかねぇからな。どうやってあの京月隊長を落としたんだ?俺らに教えてくれよ。」
「いやいや、こんな女があの京月隊長に愛されるとか無いだろ。京月隊長は俺ら男の憧れじゃん?どうせコネかなんかだろ」
そう言って翠蓮の肩や手、腰に触れ始める隊士を前に、翠蓮は怒りのままに目の前にあったお酒を手に取り一気に飲み干す。
「バッ……バカ!!やめとけ!それ度数バカ高いやつだぞ!」
そんな翠蓮の様子に隊士達は顔を青くして止めようとするも、間に合わず翠蓮はほとんど開けたばかりだった日本酒の瓶を飲み干したかと思えばドンッと瓶を床に投げてフラフラしながらもビシッと隊士達を指差して言い放つ。
「京月隊長がねぇ〜!ひっく、わたしなんか〜、えらぶわけないでしょ〜〜?ひっく、ばぁぁか!隊長はかっこよくて〜、つよくて〜、すごい人なんですからね〜〜」
酔っ払い、ふにゃふにゃになりながらもそう話す翠蓮。固まっている隊士達の前で翠蓮はフラフラしながらもまだ言葉を向ける。
「わたしの京月隊長をぉぉ〜〜、バカにするひとは、ゆるしませんからねえ〜〜〜!」
そうして遂にぱたりと倒れて、酒の熱で頬を紅潮させたまま眠りに落ちる翠蓮。このままではマズイと慌てて翠蓮を起こそうとした時、部屋の襖が勢い良く開かれる。
「何してんだお前ら」
隊士達はその声でビクッと反応し、その声でガタガタと身体を震わせながらも振り返った。
「「京月隊長……ッッ!!!」」
京月は床に転がる割れた瓶を見て眉を寄せる。
「お前らが呑ませたんじゃねぇだろうな」
その言葉に隊士達は首がもげそうになるほど勢い良く首を振って否定する。
「お前らが何言って氷上がこうなったか知らないが、次は無いからな」
そう言って京月が氷上を抱き上げるために近付こうとした時、ぱちりと翠蓮が目を覚ます。
「ん……」
「氷上、起きたか?」
隊士達はまずそこで、京月の声に優しさが宿ったことに驚く。
(あれ……?京月隊長ってもしかして…………)
目を覚ました翠蓮がふらつきながらも体を起こしてきょろきょろと辺りを見渡す。そして、目の前の京月の存在に気が付く。
「氷上?」
その声に、翠蓮はぱぁっと顔を輝かせると一直線に京月に抱き着く。
「へへ〜、亜良也だぁ〜〜っ!」
「氷上……?おい、起きろ……」
「へへ、亜良也〜〜」
(もしかして、マジで二人って付き合ってる……?)
「……ッ、おい、何見てんだお前ら」
そんな二人の様子に釘付けになっていた隊士達を鋭い視線で睨みつけて追い払うと、酔っ払ってふらふらの翠蓮を抱き上げて京月も一番隊隊舎へと戻っていく。途中ですっかり寝てしまった翠蓮。京月はそんな翠蓮を抱き上げて隊舎に戻りながらも、先程の酔っ払った翠蓮が何度も何度も自分の名前を呼ぶ姿を思い出して、無性に腹が立って仕方がなかった。
(他の隊士に見せやがって)
なんて自分の心から怒りの声がして、京月は戸惑った。
「………………は?」
ただ、隊士に名前を呼ばれただけ。ただそれだけのこと。それだけのことなのに、何度も京月の名前を呼ぶ翠蓮の、お酒が回って赤く紅潮した表情を思い出す度に腹が立つ。
ただ、自分だけが良かった。
「なんだ、それ…………」
京月は自分の気持ちに薄々気付きかけながらも『好き』という感情がどんなものか分からず結局自分の気持ちを完全には理解できないでいた。
だがそれで良いと、気付きかけた気持ちに蓋をする。翠蓮は、魔天との戦いが終わればきっと、この世界からいなくなるのだから。




