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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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38「居たはずの世界で」

 

 それから小さな二人がきちんと食べ終わるのを見守り、店主のおじいさんがまだまだ大量の縁談を勧めてくるのを聞き流しながら、京月は二人を連れて喫茶店を出る。


「「おいしかったぁ〜」」


 息ぴったりにそう言う二人を京月がまた抱き上げようとすると、二人はそれに首をぶんぶん降って自分達の足で走り出す。


「「はやくはやくーっ!」」


 突然のことに驚いたが、二人の楽しそうな様子に京月は小さく笑みを浮かべてその後を追いかけていく。その途中で路地を横に入ったところに綺麗な花畑を見つけた二人は京月の手を引いてその花畑へと足を踏み入れる。


「基地の近くにこんな所があったのか、知らなかったな」


 そう呟く京月に翠蓮が摘んだお花を持って声を掛ける。


「いっしょにかんむりつくって!」

「冠?……俺が……??」


 固まる京月だが、そんな京月の様子は気にもとめずに翠蓮は黙々と花冠を作り始めている。


「おにーちゃんもはやく!」

「あ、あぁ、わかった」


 不破はひとりで虫を捕まえようと走り回っており、その様子を見ながら翠蓮の傍に座った京月は促されるがままに、翠蓮と一緒に花冠を作り始めた。

 しかし刀以外ろくに触れてこなかった京月が花冠など作れるはずも無く、まだ作り途中だとは言え小さな翠蓮がびっくりする程にはボロボロな出来栄えのそれに京月本人でさえ顔を引きつらせていた。


「亜良也おにいちゃん下手だね」


 そう笑う翠蓮。

 京月は初めての呼び方に違和感はありながらもそんな小さな翠蓮の可愛さに自然と頬が緩む。


「はは、そうだろ?下手くそだから作り方教えてくれないか?」


 京月がそう言うと、翠蓮は嬉しそうに頷く。


「うん!一緒につくろ!」


 そうして二人は一緒に花冠を作り始め、そこに虫取りに飽きた不破も加わり三人で仲良く花冠を作る、そんな時間。

 京月は幼児化しているとはいえ、二人が楽しそうに笑っている姿に目を細める。

 京月はそんな自分の感情に気付いて眉を寄せる。


 ずっと、世界を護るという朱雀あまねの元で忠誠を誓って戦場の中を生きてきた。それ以外、その手に何も無かった。

 それが今となっては、その手だけでは守り切れそうも無いほどの大切なもので溢れている。


 今までの辛い戦いの中でたくさんの血に染まり暗く閉ざされていた心を、大事な隊士によりこじ開けられていくような感覚。そうして知ってしまった翠蓮や不破がくれる優しさや幸せだと思える時間。知ってしまったからこそ、京月はその幸せを願い、望んでしまう。


 それが、自分の刀を揺らがすことに気が付いた。

 魔天との戦いを前に京月は、二人の幸せを願うからこそ戦場に連れていく選択しかできない自分を恨んだ。


「亜良也おにーちゃん??」「おにーちゃん?」


 そんな翠蓮と不破の声にハッとして顔を上げれば、翠蓮と不破の二人で作っていた花冠が出来たようで、二人から綺麗な花冠が手渡される。


 その花冠を受け取り、京月は柔らかな笑みを浮かべる。俺がもっと、強くならなければ。


 なんて考えながら、京月は二人からもらった花冠をとても大事そうに見ていた。


「ありがとう、二人とも」


 そうしてしばらく花畑で遊んだあと、すっかり眠くなってしまった二人を抱えて京月は基地へと戻って自分の部屋に寝かせると、すっかり夢の世界に入ったのを見て一人鍛錬場に足を踏み入れていた。ボロボロの木刀を手に取り、鍛錬場の魔法効果で生み出される魔法標的を相手に迷うことなく打ち込み一撃で倒していく。

 刀を握っている間は、何も考えなくていい。ただ、敵だけを見ていればいい。国家守護十隊に入るまではそうだった。


 隊長として動きだして初めて仲間の大切さを知った。そして、自分の弱さで仲間である楪を()()()()()()()


 そんな過去の記憶が蘇るたび、京月はどうしようもない恐怖に襲われていた。これ以上『大切』を増やしたくなかった。だけど、氷上翠蓮を知ってしまった。


 追い出そうと冷たく当たり、他の隊士がすぐに逃げた山登りの修行を女の子であるにもかかわらず指示を出した。そうすれば、自分の内側に入ってこないと思っていたから。なのに翠蓮は、全て受け止めて全力で返してきた。

 自分のことを顧みず全力で突き進む翠蓮の存在はいつの間にか、京月の内側に入り込んでいた。


 自分とは正反対の明るい存在。自分には無いその明るさは、かつて一番隊にいた頃の楪を思い出させて京月の心を酷く揺さぶった。

 最初は、楪と重なって見えているだけだと片付けていた。だが、今ではそれ以上に翠蓮自身の明るさを京月は必要としていた。


 翠蓮なら、一番隊の未来を必ずいいものに導いてくれると思っていた。それだけでなく、京月は気が付かないうちにその明るさに惹かれていた。


 ただ、翠蓮が本当はこんな絶望的な世界ではなく、違う世界で生きていたことを知ったあの日から、京月はどうするべきか分からないでいた。

 それが今日、隊のことなど何も知らずに小さな姿で幸せそうに笑う翠蓮を見て京月は全てを決めた。


『俺がもっと強くなればいい。翠蓮がこの世界の幸せを願う分まで、俺が刀を振るうから、翠蓮には幸せな世界で生きて欲しい』


 本当なら刀など持つはずの無かった翠蓮。翠蓮の幸せを願うからこそ、京月は隊長として決めたのだ。


 魔天との戦いが終わり、翠蓮が何にも狙われることの無いただの女の子に戻った時、翠蓮を元の世界に返そうと。



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