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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
魔天月蝕編 序

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37「幸せを享受」


 京月の目の前には今、翠蓮と不破がいる。

 ただそれだけなのだが、京月は二人の姿に眉を寄せていた。

 なぜ京月がそんな顔をしているのかと言うと、目の前にいる二人が幼児の姿になっていたからである。


「と、いうことで後は任せたぞ亜良也」


 そう言って抱いていた小さな二人を降ろしてそそくさと一番隊本隊基地を去ろうとする四龍院の肩を京月が掴んで離さない。


「待て、俺にどうしろと」

「さっき話しただろ、二人が帝都よりも京寄りの任務で魔物の自爆と同時に掛けられた魔法で小さくなったって。魔物自体は既に消滅したから二人は幼児化しただけで外傷無し。すぐ戻るだろうからお前だけでも大丈夫だよ」


 そう言って、任務帰りに見つけた二人をわざわざ帝都まで連れてきてくれた四龍院は、再び任務が入っていたようでそのまま基地を出ていこうとするが、その直前で何かを思い出す。


「あ、言い忘れていたが、二人共自分の名前とか記憶はあるみたいだが隊のことまでは覚えてない。俺やお前のことは教えたが、年齢は見た目と同じくらいまでになっているからあまり怖がらせたりするなよ」


 そうして四龍院は基地を出ていき、一番隊本隊基地には京月と小さな姿でぽてぽて歩いて寄ってくる翠蓮と不破の三人だけに。それを見て子供をあやしたりなどしたことの無い京月は二人との接し方が分からず一体どうすればと深いため息をつくと、翠蓮がびくっと肩を揺らして突然泣き出してしまう。


「うわぁぁぁあん!ごめんなさいぃい」


 そんな翠蓮に京月はどうしたら良いのか分からないでいたが、普段から不破に顔が怖いと言われていたのを気にして、笑顔を浮かべようとするが普段あまり活躍しない表情筋ではろくに口角すら上げられない。とりあえず泣き止ませようとして恐る恐るその頭を撫でると、小さくなった翠蓮に合わせてしゃがんだ京月は安心させるように口を開く。


「悪い、怖がらせたか?怒ってるんじゃないからな。ただどうすればいいか分からなかっただけなんだ」


 そう言うも、なかなか泣き止まない翠蓮にどうしたものかと京月が頭を悩ませていると、不破が京月の手を引く。


「……ん?どうした?」

「ぼくおなかすいたぁ」


 そこで京月は先程四龍院が、記憶はあるようだが年齢は見た目と同じ三歳程度になっていると言っていたことを思い出す。まるで子供のような甘えを見せる不破に驚きはしたものの、京月は小さく笑って二人に声を掛けた。


「二人とも何か食べたいものはあるか?」


 そう声を掛ければ、泣いていた翠蓮も顔を上げて、不破と一緒にうんうん悩みながら考え始める。


「おむらいす!」「ころっけ!」


 ぱぁっと顔を輝かせながらそう言う二人を抱き上げると、京月は基地近くにある喫茶店へと向かっていく。


「よし、食べに行くか」


 そうして連れられていく二人は京月に抱き上げられてきゃっきゃと楽しそうに笑っている。


「わーい!たかいたかーい!」「たかーい!」


 そう楽しそうにはしゃぐ翠蓮と不破。


「暴れると落ちるぞ」


 そう言いながら、あまり人気の無い路地を通って喫茶店に到着する。

 夫婦経営でおじいさんとおばあさんの二人だけのこぢんまりとしたその喫茶店には、帝都の基地にいる際は不破とよく行っており、入ってきた京月を見て駆け寄ってくる。


「おぉ、京月くんじゃないか!この前は任務ご苦労さまだったね。新聞一面どころか全面君たちのことでいっぱいだったよ!……おや、この子供たちは……?」


 そう店主のおじいさんが小さな二人を見て不思議そうに首を傾げていると、奥から驚いた様子のおばあさんが慌ててやってくる。


「あらま!京月くん、子供いたの!?!?」

「違います。俺にそんな相手はいないと言っているでしょう。二人は俺の隊士で、どうやら幼児化する魔法を掛けられたようでしばらくこの姿です」


 そう言えば、店主の二人が驚いた顔をする。


「あら、ならこの子もしかして不破くんなの?」

「ふわみつきです!はじめまして!」


 ぱぁっと笑う不破を見て、おばあさんがきゃあきゃあと笑う。


「可愛いわね!わたしの子供に欲しいわ!なら、こっちの子が話題の新入隊の子ね、もうなんて可愛いのかしらねぇ!」


 そう言いながらおばあさんが小さくなった二人を撫で回して可愛がっている横で、おじいさんが近くの席にそそくさと京月を案内して座らせる。


「ところで京月くん」

「はい、なんでしょう。……縁談の件なら俺は受けませんよ。もし前のように姿書でも持ってこようものならまた燃やしますからね」

「そう言わずに、ねぇ。綺麗な顔をしているのに勿体無い。……ほらほら、この子どうです??ってぁああ!!秒で燃やした!見るも無惨な程一瞬で灰に!!」

「俺はそういうことには向いていないので。」

「勿体無い……!うちも顔が広いもんで、まだこーんなにあなたにお近づきになりたいという女性からの釣書が!って全部燃やされたぁぁあ!!!」


 店主が隠し持っていた大量の釣書を見せるも、一瞬で灰に。


「いつ死ぬかも分からないような俺では相手に失礼でしょう。それに、俺は人を愛するとかそういった感情が分からない。だから……」


 なんて店主のおじいさんと話していると、おばあさんから飴玉を貰って嬉しそうな様子の翠蓮と不破が席へとやってくる。

 どうやら子供用の椅子が壊れて一つしかないようで、不破を椅子に座らせて、翠蓮は京月の膝の上に座ることに。翠蓮が小さな手で京月の羽織を掴む。


「どうしたんだ?」

「ねぇねぇ、けっこん?するの??」


 そんな翠蓮を抱き上げて膝の上に座らせながら京月が口を開く。


「しない。俺はずっと一人でいい」

「ひとりさみしいよ??」

「別に俺は大丈夫だ。一人には慣れてる」


 そんな京月の手を翠蓮の小さな手が握る。


「だいじょーぶ、いっしょにいてあげるね!」


 そう笑う翠蓮に京月は自分でも気付かない内に自然と表情を和らげていた。


「そうか、氷上は優しいんだな」


 そんな小さな翠蓮の優しさに触れた京月は、その優しさは翠蓮がこの世界では無い別の世界で幸せに暮らしていたからこそのものだと知らされる。ただその優しさに、京月は心地の良さを感じたが、翠蓮が大事だからこそこのままで良いのか悩みが生まれていた。


 本当なら戦いなど何も知らない世界で。こことは違う別の平和な世界で、家族と共に生きる幸せを享受していたのなら。


 そんなことを考えていた。

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