3 「初任務」
伝令蝶に六番隊舎までの道を案内してもらい、翠蓮は任務の書類を受け取りに向かっていた。
「すみませーん、任務の書類を受け取りに来ました!」
隊舎の扉を開けて声を掛けると、奥の方から隊士の朝霧が姿を見せる。
「ああ、話は聞いてる。一番隊の氷上翠蓮……だな」
黒い瞳で品定めするように翠蓮を見つめるその隊士は、瞳と同じ真っ黒な髪を掻きながら、大きな棚の奥から書類を取り出すと、それを雑に翠蓮へ投げ渡す。
「これがお前の初任務だ」
書類を受け取った翠蓮は、朝霧に礼を言って隊舎を出た。
外に出て、もらった書類に目を通していると、翠蓮の伝令蝶が肩に止まり、内容の一部を読み上げる。
「二番隊の新入隊士との共同任務だってよ!」
「わぁっ!急に耳元で喋らないでくださいっ!」
「ケッ、このくらいでぴーぴー言うな。それより早く俺様に名前を付けろ!」
「名前ですか?」
「あぁん!?当たり前だろうが!名前を付けて自分の魔力とリンクさせる――それが伝令蝶である俺様との正式契約だ」
「ひぃっ、すみませんすみません!名前ですね、わかりました!」
高圧的な伝令蝶にびくびくしながら名前を考える翠蓮。
「あ、決まった!」
その一言に、伝令蝶がぱっと明るい声を出す。
「ほんとか!?何て名前だ!!早く聞かせろ!」
そんな伝令蝶を見て、翠蓮は自信満々に告げた。
「きみの名前は――でんでん丸ですっ!」
「で……っ……?」
伝令蝶の微妙な反応には気付かず、翠蓮はニコニコしながら歩き出す。
「すごく良いでしょ!とっておきです!」
「お……ぉ、えぇ……?」
しゅん、とでんでん丸の羽が下を向く。
「あ、もう行かなきゃ!一緒に行く子とは駅で合流するみたい」
「あぁ………」
先に進む翠蓮の後を、ふらふらとついていくでんでん丸。
「あ、」
翠蓮が何かに気付いて声を上げる。
「ん?どーした? あぁ、京月隊長か」
翠蓮の視線の先には、誰かと話している京月隊長の姿があった。
京月はこちらに気付くと、話していた相手に何か伝えてから翠蓮の元へ歩み寄る。
「これから任務か?」
翠蓮が隊服のポケットにしまいかけていた指令書を見て、京月が声を掛ける。
「はい、さっき指令がきて」
「そうか、あまり無理はするなよ」
「はい! ありがとうございます、いってきます!」
京月に挨拶をして、でんでん丸と共に本部を後にする翠蓮。
その背を見送りながら、京月は眉を下げた。
「ちゃんと帰ってこいよ」
その呟きは、誰にも聞かれず空気に溶けた。
「京月」
名を呼ぶのは、先ほどまで話していた二番隊隊長の四龍院伊助。
「今の子、新入隊の氷上だろう?不破が迎えていたが、まさかお前が追い出さないとはな」
「総隊長が決めたことに反対する理由はない。それだけだ」
「そうか。今回はうちの神崎と共同任務らしいな。二人とも怪我がないといいが」
「そうだな。俺たちは俺たちのすべきことをするだけだ。……あの時みたいにならないように」
京月の声に力がこもる。
四龍院は魔法効果が付与された白い面布で顔を隠しており、表情は分からないが、雰囲気が少し重くなった。低い位置で一つに結ばれた光のような金髪にも、どこか影が差しているように見える。
「あぁ。俺たちは強くならねばならない。総隊長の言う“新しい風”……俺たちには、それを見守る責任がある。それが隊長の仕事だ」
四龍院の言葉に、京月は暗く閉ざされた自らの過去を思い返す。
「……そうだな」
短く答えると、京月は隊舎の方へと歩き出した。
「お前も、前を向けると良いんだがな」
すでにその場を去った京月には、その呟きは届かなかった。
✻✻✻
共同任務のペアである二番隊の神崎と合流するため、翠蓮は国家守護十隊本部から少し離れた駅にいた。
隊服姿の翠蓮を見て、駅を利用する人々は国家守護十隊の隊士だとざわめく。その視線と騒ぎにびくびくしながら神崎を待っていると、後ろから首筋に冷たいものが当てられた。
「ぅきゃあああっ!」
高い悲鳴をあげて勢いよく振り返ると、そこにはきょとんとした桃色の瞳を丸く瞬かせ、缶ジュースを手にした女の子が立っていた。同じ桃色の髪が、風にふわりと揺れる。
「ごめんね、そんなに驚くとは思わなくて」
自分と翠蓮の分を買っていたのだろう。驚いて飛び跳ねた拍子に落とした一本を拾いながら、女の子が話す。よく見ると彼女も国家守護十隊の隊服を着ていた。
「あ、あなたが二番隊の……?」
「うん!そうだよ!私は神崎桜。よろしくね」
「よろしく!私は氷上翠蓮」
「すいれんちゃん!一緒に頑張ろうね!」
二人が話していると、駅に列車が到着した。家族や友人に別れを告げる人々の間を抜け、二人は列車に乗り込む。駅長が奥の車両へと案内する。
そこは国家守護十隊専用の車両で、乗客は二人だけだった。
「こちらをご利用くださいませ、隊士様。何かご入用の物がございましたら、そちらの直通電話で乗組員にお申し付けください。ご武運をお祈りいたします」
「ありがとうございます!」
駅長が出ていくと、車両には魔法の鍵が掛かり、外部からの侵入を遮断する。完全防音と視認阻害の魔法も施されており、誰も中を覗くことも声を聞くこともできない。
「今、日本帝国の全ての列車には最後尾にこの魔法が掛かっていて、国家守護十隊専用の移動に使われてるんだって。その魔法は全部、総隊長が一人で掛けてるんだって聞いたの」
「一人でこの魔法を全ての列車に!?」
「うん。専用車両のことは知ってたけど、総隊長が魔法を掛けてるとは知らなかったから、びっくりだったよ」
「そうだったんだ……神崎さんは詳しいんだね」
「桜、でいいよ」
そう言われ、少し照れながらも翠蓮は呼ぶ。
「さくらちゃん」
「うんっ!これで私たち、お友達だね!」
友達――そう言われて、翠蓮の口角が自然と上がる。
「へへ、よろしくね」
「うん!私ね、国家守護十隊の魔法学院に三年通ってたの。卒業と同時に入隊できて、やっと隊士になれたんだ。それも四龍院隊長の二番隊に」
「桜ちゃん、学院に通ってたんだ!」
学院とは国家守護十隊入隊を目指す者のための魔法訓練学校で、卒業者は入隊試験の一次・二次が免除される。ただし、入学から一週間も経たずに辞めてしまう者も多く、その厳しさは折り紙付きだ。
「私、昔から魔力のコントロールが下手でね。十二歳の時、魔物に襲われてパニックになって魔力が暴発しちゃって……住んでた街に大きな被害を出しちゃったの。次に暴走してもおかしくないって、処罰の話になった時、庇ってくれたのが四龍院隊長だったの」
「そんなことが……」
「うん。それでね、四龍院隊長みたいになりたいって思って学院に入ったの。隊長、忙しいのに放課後や休みの日に私の魔力コントロールの練習に付き合ってくれたんだよ」
「隊長って、あの長い金髪で顔を隠してた人だよね?」
「うん。なんで隠してるのかはわからないけど……早く強くなって、隊長の横に並べるくらいになりたいの!」
「桜ちゃんはすごいね。私なんて、ただ世界を守りたいってだけで、大した才能もない普通の人間なのに」
「才能なんて必要かなぁ?みんなが魔法を使えるわけじゃないし。それに、世界を守りたいっていう気持ちが、すいれんちゃんの力になるんだよ!」
桜の明るい笑顔に、翠蓮の心も温かくなる。
「そうだね……私なりに、頑張ろう」
そう言うと、桜はにっこり笑った。窓の外は薄暗くなり、大きな森が見えてきた。
「話してたらもうそんな時間だ。あの森が任務の場所だね」
桜が席を立ち、列車は森の麓の駅に停まる。二人は駅長に会釈して降り立ち、列車は走り去った。
「行こう」
「うん、行こう」
二人は森へと足を踏み入れた――
それが副隊長格以上にしか許可されない、一般隊士には禁出の任務であり、自分たちが六番隊の朝霧に騙されたことも知らぬままに。




