34 「海に行こう」
一番隊非番の今日。ウロボロス戦が始まる前に約束していた海に翠蓮達は来ていた。海に行くと決めたは良いものの、京月と不破は国家守護十隊の中でも一際目立つ程の人気ぶりだ。
海に行くとなると人に囲まれることは避けられず、海を楽しみにしている翠蓮にめいっぱい楽しんで貰えないと、京月と不破の二人が頭を悩ませていることを、彼らの伝令蝶によりこっそり相談されたあまねが帝都の本隊基地から行ける海を一番隊の為に購入したのだ。
入隊したばかりだとは思えない程の翠蓮の活躍を含めた一番隊の実績を考慮したご褒美とのことで贈られたその海に来た翠蓮はキラキラと輝く青い海に目を輝かせる。
「海だよ氷上ちゃん!!ひゃ〜〜!」
「わぁぁ〜〜〜!!海だ~〜〜〜っ!!」
まさか海を買ったと総隊長から連絡があった時は、流石に自分の耳を疑った京月だが、楽しそうな翠蓮と不破のことを見て改めて総隊長に心の中でも礼を伝える。まだ時期では無く少々冷たいそこに翠蓮は足をつけてその冷たさに驚いていた。
「あんまり足冷やしすぎるなよ」
「は〜い!」
京月の声にそう答える翠蓮。翠蓮の後を追うように海辺へと歩いていた不破が京月の方を振り返って笑う。
「隊長もいきましょーよ!」
「俺は良い、二人で入ってろ」
「そんなこと言わずにさ~!せっかく海きたんだから!」
そう言って不破が京月の手を引いて走り出す。
「は、おい!」
「ひゃっほ~~~い!」
不破に手を引かれるがまま海へと足をつけ、その冷たさにぴくりと体を震わせていると、顔に海水がかけられる。
「うわ!氷上ちゃん隊長に水かけるとか勇者だね〜!」
「えっ!私!?」
きゃっきゃと笑う二人を見て、京月は不破にばしゃばしゃと大量に冷たい海水を飛ばしてかける。
「うぎゃー!冷たっ!!」
「海水かける奴なんかお前くらいだ……っ!」ばしゃん!
お前くらいだろうと言いかけていた京月の顔に今度は翠蓮が海水をかける。まさか翠蓮に水をかけられるとは思っていなかったのか京月はその目を瞬くが、すぐに翠蓮に水をかけ返す。
「わ~っ!冷た~~~!ふふっ!」
海水をかけられただけで楽しそうに笑う翠蓮に京月と不破は自然と笑みを浮かべて二人で翠蓮に水をかける。
「わ!!二人でなんてずるいですよっ!」
そう言って次は不破にばしゃばしゃと水をかければ、京月も大量に水をかけ、今度は翠蓮と京月の二人が不破を狙い始め、不破はその冷たさに逃げるように浅瀬を走り出す。そんな三人の近くではそれぞれの伝令蝶が仲良く砂浜で魔法を使いお城を一生懸命作っていた。
「ふふ!冷た~~い!」
そう楽しそうな翠蓮と一緒に不破を追いかけていた京月は、ふとジェイドの幻覚魔法で見た翠蓮の過去に出てきた荒れ狂う海の景色を思い出す。もしかして、海に来れば何か翠蓮が思い出すかもしれないと考えたが、同時に嫌な記憶なら思い出さない方が良いとも思っていた。特に何かを思い出したような素振りは無いが、どこか不穏な空気を感じたあの景色。思い出さないならそれで良い。今は、楽しい時間を過ごして欲しい。そんなことを思いながら楽しそうに不破を追いかける翠蓮のことを見ていると、不破に勢いよく海水をかけられる。
「よそ見してる隊長の負け〜〜!」
そう笑って再び走り出す不破に今度は翠蓮が海水をかけるべく追いかける。
「やりましたねーっ!次はわたしが不破さんに勝ちますからーっ!」
そんな翠蓮の肩に触れて動きを止めた京月は、水に濡れながらも力強い笑みを浮かべる。
「氷上、俺に任せろ。不破は甘いな。俺達は魔道士なんだ、本気でやらないとなぁ?」
「げっ!?ちょ、隊長!?俺に負けたからってずるいですよ!!!」
京月が海に触れたと同時にその魔力が海中で膨れ上がり大きな波となり不破を飲み込む勢いで襲いかかる。
「隊長のズルーーー!!ぎゃーーーっ!!!」
ばっしゃーん!!と勢いよく波に呑まれ、逃げられずに転んだ不破は全身びしょ濡れ状態だ。そんな状態の不破を見て京月が不敵な笑みを浮かべる。
「誰が、誰に負けたんだって?」
「俺が!京月隊長に!!負けました!!!」
「お前が俺に勝つなんて百年どころか千年早いんだよ」
そう京月が言った時、少し高い波がやってきて京月と翠蓮、不破の三人全員が波に呑まれて全員びしょ濡れに。全員びしょ濡れになったのを見つめあいながら、翠蓮が笑ったのを皮切りに不破と京月も笑い出す。
「あっはは!てか今日は普通に海見に来ただけなのに結局全員びしょびしょじゃん!」
そう笑いながら言う不破に翠蓮も笑いながら言葉を返す。
「ふふっ、最初に不破副隊長が京月隊長に水かけたんですよ!」
「そうだな、不破のせいで全員びしょ濡れだな。ほら、なんか飲み物でも買ってきてくれるよな?」
「あー!そうやってパシリにしようとする!まぁ良いんですけどね!氷上ちゃん何飲む?」
「わあ、良いんですか?どうしようかな、何か温かいのあれば飲みたいです!」
「りょーかい!じゃ、隊長氷上ちゃんのこと頼みましたよ!」
「はいはい」
そうしてびしょ濡れのまま浅瀬で座って不破を待つ二人。京月はゆっくり、その口を開いた。
「なぁ、氷上。お前の住んでいた村はどんな所だったんだ?」
聞かない方がいいのかもしれないという考えは常にあった。だが、京月は翠蓮の楽しい時間を守るためには、避けては通れないとも考えた。海でこんなにもはしゃぐ年相応の女の子らしい翠蓮の姿を見て、京月は翠蓮を守りたいという思いが強くなった。そして、守るために翠蓮を知ろうとした。だが、その言葉はどうやら、酷く効きすぎたようだった。
かひゅ。かひゅ。
「氷上……?」
翠蓮自身も、何が何だか分からないようだった。京月に自分の出身地について聞かれただけのはず。それなのに、その言葉が酷く苦しくて、何も分からなくて、そこにあったハズの過去の記憶がまるで作り物のように消えていく感覚。息ができない。
息がきちんとできず、その苦しみから自分の意思とは関係なく生理的な涙がぼろぼろと溢れて止まらない。どうしよう、と京月のことを見上げれば、自分よりも余程酷く苦しみを含んだ表情をしていた。だがすぐに翠蓮のことを落ち着かせるために抱き寄せてその背を撫で始める。
「大丈夫だ、落ち着け。変な事聞いて悪かった、もう大丈夫だから、ゆっくり息吸え。できるか?」
どうして京月隊長が謝るのか、だなんて考えられる程には落ち付いてきた翠蓮は、京月の腕の中でゆっくり呼吸を落ち着かせていく。
「………?あれ、」
「どうした?」
翠蓮の視線の先には浅瀬に流れ着いた綺麗なビー玉のような何かがあった。一体いつから海を流れていたのか、古びたその魔力に京月でさえ気付くのが遅れた。
「氷上、それは………!」
魔法具だと言い切るよりはやく、翠蓮はそれに触れてしまった。どうやら召喚系の魔法具であったそれは古びていながらも、立派に役目を果たした。
『今一番自分に必要な者の召喚』
京月がその魔法具の魔力と見た目から魔法具の効果に気付いたと同時に、ばしゃん、と水音を立てて翠蓮と京月の目の前に男が現れた。




