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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
帝都編

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33 「その素性」

 

 小鳥が囀り出した朝の時間。翠蓮はゆっくりと瞼を開ける。


「ん……、あれ、朝……?」


 いつの間に寝ていたのだろうかと、翠蓮はゆっくり体を起こして記憶を辿る。 

 お菓子をみんなで食べていたあたりから記憶が無く、その位に寝たのかと、まだ重い瞼をおろしながら掛かっていた布団に顔を沈める。もう一度睡魔に飲まれるがままに眠りにつこうとして、はたと気が付いた。


「………京月隊長の匂い???」


 ガバッと勢いよく体を起こしてよく部屋を見れば、そこは自分の部屋では無く置かれた隊服や刀を見てそこが紛れもなく京月の部屋だと気付いた。なんでここに?と焦りながら考えていたとき、部屋の隅から小さな物音がして振り返った翠蓮は終わりを悟る。部屋の隅には羽織を布団代わりにして座ったまま眠る京月がそこにいた。


「……………」


 寝ているのだろうか反応は無く、その場にはただただ翠蓮の体が震える音だけがあった。


「ど、どうしよう………」


 寝落ちた翠蓮を寝させるためとはいえ勝手に部屋に入るのはと、自分の部屋に運んでから京月はずっと隅で寝ていたのだと状況を理解して申し訳無さで今にも死にそうな翠蓮。不破が起きて下に降りる音がして、翠蓮は慌てながらも静かに、起こさないように部屋を飛び出す。


「あ、おはよ〜氷上ちゃん、よく眠れた?」

「どどどどうしましょう不破さん!!!わたし京月隊長を部屋の隅に追いやってわたしだけど真ん中ですやすやと!!」

「あは、別にそんな気にしなくていいんじゃない?京月隊長は?」

「隊長はまだ寝てたので起こさないよう静かに降りてきたんです……!どうしよう本当に申し訳なさすぎる……!」


 翠蓮がそう言うと不破はあんぐりと口を開けて固まる。


「あれ、不破副隊長??」


 顔の目の前でぶんぶん手を振る翠蓮にようやくハッとした不破が慌てて翠蓮に問いかける。


「えっ、ちょっと待ってね?京月隊長寝てるの??」

「え?あ、はい……。ぐっすりだったので起こさないようにって静かに起きてきました。それがどうかしたんですか?」


 何でもないように話す翠蓮だが、不破は本気で驚いていた。そして、驚いていたのは不破だけでは無かった。ガタッと音がしたと思えば慌てて走ってきているのか何かにぶつかる音と、ドタバタと足音がして京月が二人のいる休憩室に慌てて入ってくる。


「あ、隊長……!わたし昨日寝ちゃってごめんなさい!!」


 翠蓮が京月の傍に寄りそう言うも何かに驚いているのか、京月は空返事をする。


「あ、あぁ。あ、いや……気にするな……」


 それに気付かず、翠蓮は朝の身支度をする為に自分の部屋へと戻っていく。

 そんな中、不破はご飯当番のため休憩室に繋がる台所から作り置きしたおかずと丁度炊き上がったご飯を机の上に置きながら京月に話しかける。


「まさか寝起きドッキリしかけようとして部屋の前に行っただけで起きるような隊長が氷上ちゃんの前で熟睡とはね〜」

「……はぁ、うるさいぞ」


 京月はそう言って無意識に気が緩んでいたことに気付いて眉を寄せる。だがどうして気が緩んだのか理由は分からなかった。朝食の準備が出来たのと同じタイミングで翠蓮が休憩室へとやって来る。そうして三人は朝食の時間に。


「不破さんのご飯火加減ばっちりですよね!美味しすぎる〜」


 そう言って幸せそうに食べる翠蓮を見て、二人が笑う。


「ありがとね〜!あ、そうだ氷上ちゃん」

「どうしました?」

「今日、海行こっか!」


 不破の口から出た海という言葉に翠蓮は目を丸く見開いてキラキラと輝かせる。


「海!!約束でしたもんねっ!やった〜!」


 そう楽しそうに笑う翠蓮。この束の間の幸せは、いつまで続くのだろうか。


 ✻✻✻


 その頃、本部のあまねの屋敷にはエセルヴァイトがいた。誰も、そこにエセルヴァイトがいるなんて考えもしなかった。


「急に呼んでごめんね、エセルヴァイト」

「呼ばれることは分かっていた。話は、氷上翠蓮のことだろう?」

「うん、話が早くて助かるよ。僕だけではこれ以上翠蓮について調べられることは少ないと思ってね。エセルヴァイトなら何か分かることがあるんじゃないかなって」


 あまねのその言葉にエセルヴァイトは、ふむと考えながらその場に腰を下ろす。


「記憶が書き換えられているような力を感じはしたが今の俺の力の範囲ではそれ全てを辿ることは出来なかった」

「というと、エセルヴァイトでも翠蓮の全ては分からないのかな」

「そういうことになるな。……だが翠蓮の記憶にある村、その記憶を通じて探りはしてみたがなんの痕跡も無かった。最悪、氷上翠蓮自体がこの世の存在では無いという考えもある」


 告げられた言葉にあまねは目を見開く。


「翠蓮がこの世の存在では無いだって?」

「あくまで最悪の事態だ。氷上翠蓮自身がこの世界の歪みに繋がりかねない。それが原因で魔物が増え、悪の意識が左右されるなど、あの子にとっても、この世界にとっても最悪の事態だ」


 あまねは、明るく真面目、努力のできる立派な隊士である翠蓮を思い出す。もしあの子が、何らかの出来事に巻き込まれてこの世界に来たのだとしたら。


「本当なら血に塗れることの無かった子か……。憶測に過ぎなくとも、翠蓮に何か隠されているのは事実。それがあの子を苦しめるものでは無い事を願うばかりだな」


 エセルヴァイトのその言葉にあまねが頷く。


「そうだね。これからも翠蓮に関しての調査も頼むね、エセルヴァイト」

「あぁ。ところで、あまねがうちに入れたあの子……一条花。隊長である俺が存在するかしないかと噂されるような中三番隊に入れたのには何か理由でも?」


 一条花。翠蓮と桜の同期として入隊した風魔法を使う隊士だ。エセルヴァイトはあまねの指名で三番隊に入隊した花について口を開く。そんなエセルヴァイトにあまねは笑みを浮かべる。


「うーん、なんだか良い未来が来そうな、勘?僕の勘はよく当たるだろう。エセルヴァイトも隊士のことを陰ながらとはいえよく気にかけているから、あの子のことをよく見てくれるんじゃないかなって」

「何を見ろと言うんだ?ろくに隊にいない俺が。……たく、その勘頼りも考えものだな」


 ため息をつきながら笑うエセルヴァイトにあまねもくすりと笑う。


「僕の勘がエセルヴァイトとも引き合わせたんだから、まぁ悪くないだろう?」


 そうしてあまねはエセルヴァイトと出会った時のことを思い出す。自分だけが知ることとなったエセルヴァイトの素性。


「誰も、君が原初の最高神だなんて考えないだろうけどね」


 エセルヴァイト。あまねが持つ原初天空魔法の力はエセルヴァイトの力の一部に値する。


「違うな、お前自身が俺を引き寄せたんだ」


 最高神エセルヴァイトは何の為に、何を探す為にこの世界で、国家守護十隊にいるのか。まだまだ彼に関する事は不明だ。

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― 新着の感想 ―
悲しい戦いでしたね。涙が出そうです。
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