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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
帝都編

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32 「過去を乗り越えて」


 それからのことは、皆混乱していたのか、記憶があやふやでどうやって本部に戻ってきたのかまでは覚えていなかったが、どうやら駆け付けた総隊長が全員を本部に連れ帰ったのだそう。


「ほんとあの状態で、よく全員助かったなって。結果として楪副隊長は記憶を失ったけど、治癒特化で隊長として復帰できてさ。生きてくれてさえいたら何でもいい。……って、もうこんな時間だね、はやく基地に戻ろうか」


 不破がそう言って空を見上げる。もう暗くなった空を見て過去への暗い感情に蓋をする。


「あ、わたし、京月隊長に何も言わずに出てきちゃいました」

「え!うわ〜、ならはやく帰ろ!怒ってなきゃいいけど。そうだ、なんか隊長にお菓子買って帰ろ〜。みんなで食べようね」


 そう言いながら差し出された不破の手を取って翠蓮も歩き出す。


「いいですね!ふふ、仲直り出来るといいですね」

「そーだぞ!はやく仲直りしてくれ!」


 翠蓮とでんでん丸の言葉に不破が少し恥ずかしそうに笑う。


「まあ喧嘩、とかでは無かったんだけどね」


 そんなこんなで京月の好きな甘いものなど、みんなで食べようとお菓子を買って不破と翠蓮は一番隊の本隊基地へと帰っていく。翠蓮は、不破から聞いた一番隊の悲惨な過去の話に何も口を開けずにいたが、基地前に着いた時に不破が優しく翠蓮の頭を撫でる。


「気にしないでって言っても、優しいから気にしちゃうよね。でも、俺も、隊長もこれからの未来を信じてもいいって思えるようになったのは氷上ちゃんのお陰だから、氷上ちゃんはそのまま真っ直ぐに頑張って欲しい。一番隊みんなで、強くなるんだ」


 その言葉に、翠蓮は何度も頷く。


「もっと頑張って、一番隊の力になれるようにします」


 翠蓮がそう言えば、不破はにっこりと笑みを浮かべた。その不破の笑みは、基地の扉を開けてすぐに引き攣ることに。中々動かない不破を不審に思った翠蓮がひょっこり不破の後ろから中を覗こうとした時、その声がした。


「遅い!お前ら今までどこで何やってた!」


 そう怒る京月の声。不破の手が震える。不破だけでなく、先程京月が隠した過去を知った翠蓮もその心を震わせた。

 翠蓮も、不破も、いつだって自分達のことを考えてくれている隊長が大好きなのだ。先程まで暗い過去の話をしていた二人は京月のあたたかな魔力に感情を揺さぶられる。


「「た、たいちょ〜〜〜〜っ!!! 」」


 わーっと半泣きになりながら二人は京月に飛びつく。


「は?おい、急に飛びつくな!なんだよいきなり……何かあったのか?」

「朴念仁とかアホとか言ってごめんなさい〜〜〜!!!思ってるけど!いや、思ってるかもだけどごめんなさい〜〜〜〜!!」

「良し。不破お前は斬る。………たく、こんな時間まで戻ってこないと思ったら不破といたのか。って、なんで氷上まで泣いてる?」


 少し焦りと心配を見せた京月に飛び込んだまま離れない翠蓮。ぐずぐずと涙を流しながらも京月を離さない。その様子を見たでんでん丸が先程のことを京月にこっそり伝える。一番隊の重く暗い過去。それを知って、翠蓮は泣き、不破はずっと京月のことを案じていた。

 そのことに京月はなんだか安心したような柔らかい笑みを小さく浮かべる。不破はあの件で自分の元を離れたがっているのかもしれない。そして翠蓮が知れば、俺を軽蔑するかもしれない。なんて考えていた京月の苦しみが消える。だが、その感情に気付かれるのは恥ずかしかったのか、京月はなんでもないように口を開いた。


「ふ、泣き虫だな。ほら、冷えるからはやく入れ」


 京月がそう言えば、不破と翠蓮は京月の傍から離れずに歩き出す。いつもの仲の良い一番隊だ。そうして入った休憩室で、買ってきたお菓子を取りだしていく。


「隊長これあげる〜、氷上ちゃんと俺からね」


 二人から渡された自分の好物である"いちごミルク"を見て京月の表情がパッと輝く。その表情に翠蓮は固まり、見慣れているはずの不破でさえあまりの眩しさに目を開けていられなかったそう。


「ありがとう」


 あまり表情が豊かではない京月だが、どうやらいちごミルクが大好きでそれを前にすれば輝かしい笑みが見られるようだ。あまりの衝撃に二人は京月に声を掛けられるまで動けなかったそう。

 

 走り回って疲れていたのか、お菓子を食べてすぐにすやすやと幸せそうに眠る翠蓮。そんな翠蓮を優しく見守る京月と不破。そこで不破はもう一度京月へ言葉を向ける。


「あの、隊長」

「ん、なんだ?」

「俺、隊長のことちょー大好きですよ」


 不破がそう言えば京月は飲んでいたいちごミルクを吹き出しそうになり慌てて顔を背けて飲み込む。慌てて飲んだことで京月はゲホゲホと咳き込みながら顔を顰める。


「いきなりなんだよ、どっかに頭でもぶつけたか?」

「うわ、せっかく俺が良いこと言ったのに!氷上ちゃんが隊長が凄く落ち込んでたって言ってたからせっかく俺が愛を伝えてあげたってのに〜、くすんくすん」


 そう泣き真似をしながら言う不破だが、隊長が大好きだという気持ちに嘘はなく、気恥ずかしさからふざけたように話しているのだ。そんな不破に京月はやれやれとため息を吐きながら言葉を向けた。


「俺はもう大丈夫だ。お前も、氷上もいるんだからな」


 いつもは語らないような仲間への信頼を感じさせるその言葉に不破が目を瞬く。だがすぐにいつものような笑みを浮かべた。


「隊長ってばも〜!!そんなこと言ってもいちごミルクくらいしか出せませんよ〜!」


 嬉しそうにそう言いながらまた新たにいちごミルクを差し出すと、またパッと輝かしいほど眩い笑みを浮かべていそいそと飲み始める。

 そんな、楽しい時間。ずっと、続いて欲しいと思えるような束の間の幸せ。


「翠蓮寝ちゃったし俺様ちょっと出かけてくるんだぞ!」


 そう言って魔法領域内からどこかへ飛ぼうとするでんでん丸。


「そうか、気を付けて行ってこいよ。どこに行くんだ?」


 京月の言葉にでんでん丸は移動用の魔法領域を構築しながら答える。


「エセルヴァイトのとこだぞ!俺様のお菓子無くなったからまたお菓子貰いに行くんだ、アイツがくれるお菓子すげーうまいんだぞ!」


 でんでん丸の口から出たエセルヴァイトと言う名前に今度は京月と不破二人一緒に激しく咳き込む。


「ゲホゲホッ!っ待て!待て待て待て待て!!」


 京月がそう言いながらでんでん丸をこちらへと引き戻す。


「うわ!?なにするんだよ!……あ!オマエもお菓子欲しいのか??お前の分も貰ってきてやろうか?すげー甘くてこの世のものとは思えないくらい美味いんだ〜」


 止まらず話し続けるでんでん丸に京月の顔が引き攣る。


「お前、ここ最近よくどこかに出かけているのは全部エセルヴァイトのところに行っていたのか?」

「おう!死にかけた時に行って以来なんか自由に行けるようになってよ〜。お菓子いっぱいくれるしいつでも来ていいよって言われたから遊びに行ってるんだぞ!」

「俺と隊長でさえ会ったことないってのに、氷上ちゃんと二番隊の神崎ちゃんにでんでん丸まで、まじでどうなってんのさ今年の子たち」


 エセルヴァイトの名前には不破も驚きを隠せずにいた。実際、エセルヴァイトと会ったという話はウロボロス戦後にでんでん丸が戻ってきた際に耳にしていた。結局詳しい話は分からず、たまたままぐれで会ったのかとも思っていたが、こうも何度もエセルヴァイトに会っていたとは。京月も、見たこともない三番隊隊長に興味が無いとは言えない。その素性はあまねのみが知っているようだが、本当に信用に足る人物なのか、実際のところどうなのかが気にはなっていた。

 実績があるとはいえ、一度も隊に姿を表さないということは何かの訳ありなのだろうが、ここまで秘匿され続ける程の理由は何なのか。総隊長であるあまねがひたすら口を開かない理由。総隊長のすることに異論は無く、決定には従うが、もし万が一エセルヴァイトが悪だった場合のことを考えると隊長としては頭が痛い。


「……でんでん丸、お前から見てエセルヴァイトはどんな奴だ?」


 でんでん丸は少し考えた後、何かに気付いたように声をあげた。


「う〜ん、悪いヤツでは無いし、よくわかんね〜けど難しそうな仕事してたからちゃんと隊長って感じだったぞ。あ!あとは、翠蓮のこと気に入ってるからお前ら翠蓮取られないようにしろよ!?三番隊に行きたい〜って思わせたりさ!」


 ガーンッと、京月と不破の二人に頭を殴りつけられたような衝撃がいく。


「……………不破、氷上は一番隊を気に入ってくれていると思うか?」

「………どうでしょう、厳しいし。厳しいし。厳しいし、隊長怖いし」


 またもや京月はショックを受けた。このままでは氷上が三番隊に……?


「あぁもう!せっかくのおやすみなんですから、なんかさぁ……あ!ほら、海!海行く約束したじゃないですか!明日海行きますよ!楽しい思い出いっぱい作ったら、絶対大丈夫ですって!」


 不破のその言葉で約束していた海へ行く事が決まり、その嬉しい話をまだぐっすり眠る翠蓮が知るのはもう少し後だった。


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