29 「魔王レオナ」
不破は自分の弱さが原因で引かない怒りを胸に宿していた。そして、不破自身の弱さが原因だった出来事を、京月はずっと自分の弱さが原因だと一人で背負っている。それが不破には許せなかった。
だが、京月に対しての怒りではない。
京月に再び苦しみを与えてしまいかねない状況を作り出してしまった。
不破はあの天空から降り注ぐ不気味な力の先には死しか見えなかった。これまで懸命に鍛えてきた全てが、まだまだ京月には届かない。そんなことは分かっていた。
だが、京月に守られるだけの副隊長の座など、要らない存在だと思い知った。みんなで力を合わせればなんとかなる、なんて甘い考えを持っていたわけではない。
ただ、不破は自分の弱さから引かぬ怒りを京月にぶつけてしまったのだ。紅蓮羅刹を使うほど、俺は京月隊長に守られなければならない存在なのか。隣で、戦わせてはくれないのか。俺が、いたのに。
あぁ……。まだ、俺はこの人の力になることさえできないのか。
「どうして、紅蓮羅刹を使おうとしたんですか」
そう聞いた時の、京月の表情に微かに宿った苦しみを見て、不破は自分を恨んだ。俺は隊長になんてことをさせてしまったんだと。京月に怒りをぶつけてしまった時のことを思い返し、不破は翠蓮の手を引く。
「おいで、少し話そうか」
翠蓮は不破に連れられて歩いていく。そうして辿り着いたのは帝都の外れにある海が見える高台。
もう日暮れ時のそこは美しい海と空、黄昏色に染まる景色が見えた。
「俺ね、嫌なこととかあったりした時によくここに来るんだ。……楪隊長……いや、楪副隊長が教えてくれた場所なんだ。今となっては楪副隊長は覚えてないだろうけど」
そう話す不破は翠蓮に、不破と京月の二人が一番隊の楪"副隊長"を失った日の出来事を話し始める。
✻✻✻
その日、一番隊副隊長であった楪雪乃は単独での遠方任務に、丁度空きだった京月と共に向かっていた。
任務の内容は魔物の巣窟となった森で魔物の殲滅、周囲の村を荒らす魔物の討伐だった。
京月がいたことで予想以上に早く終わったその任務。
近くの集落にも魔物が現れると情報を得た二人は任務の村だけでなくその周辺の村の魔物の討伐、巣窟の殲滅をし、任務内容以上の成果を上げ、短時間で全てを片付けた。
そうして帰路についた二人の元に、七、八番隊隊士の伝令蝶から緊急応援要請が入り、二人はすぐにその場に向かうことに。
それほど離れていなかったため、二人はすぐに駆けつけたが、到着した時には、緊急応援要請をした隊士含め全てが無惨な状態でその体を食い散らかされていた。
そして、横たわる隊士の死体だらけのその開けた土地の中心に、一体の魔物……、いや、もはやそれは極限まで人間に近く、最初は反逆指定魔道士かと思われたそれがいた。
だが、周囲に充満する禍々しい魔力から、相当高位の魔物であることが分かった。上級などでは到底言い表せないほどの力。それを今では最上級と当てはめ、別名では『魔王』と呼ばれている。
「俺はレオナ。ようやく俺を楽しませてくれそうな奴が来たな。こいつらはつまらないから玩具にもならなくてすぐに殺してしまった」
そんな魔王は名をレオナと名乗り、すぐに京月と楪を狙って魔力をぶわりと晒し出す。その魔力の圧だけで押し潰されてしまいそうな程。
「楪、息のある隊士たちの治癒を頼んだ」
「わかりました。気を付けてくださいね、隊長」
京月にレオナを任せ、まだ息のある隊士達のもとへ楪がむかう。それを庇いながらレオナと戦う京月。京月はレオナの一撃目を刀で受け流そうとするが、強すぎる攻撃の衝撃で構えた腕がビリビリと痺れる。
刀からも重い振動が伝わり、更に強く刀を握りしめて、少し距離を取ってからレオナへ一撃を向ける京月だが、その斬撃はかき消されてしまう。最上級の魔物との接触はこの日が初。今まで見たこともない程の強さを持つ魔物に京月は若干の焦りを滲ませた。
レオナが二撃目を楪に向け、京月はそれを庇い、斬り捨てる。斬り捨てたと同時に、レオナへと距離を詰めてお互い一歩も引かずに連撃を繰り出す。
レオナは攻撃のみだが、レオナの強さゆえに京月は防戦一方でなかなか攻撃ができないでいた。そんな状況に不安と焦りを感じていた楪は、魔法術式を気付かれないように広範囲に展開させ、京月がレオナから距離を取った際に発動したそれはレオナを中心として大きな爆発を引き起こし、その体は爆発四散するはずだった。
しかし、爆炎が晴れ、目を凝らすとどこにもレオナがいない。そんな時、京月の魔力が大きく動揺を隠し切れずに揺れた。術式を張り巡らせながら隊士の治癒にあたっていた楪の後ろにレオナが無傷で現れる。
「楪ッ!!!」
「弱い女が俺の邪魔をするな」
振り返った目の前で自分に向けられていたレオナの攻撃を、京月が間に割り込んで庇ったことで楪は無事だった。だが、京月の背を見ていた楪が目を見開く。
「う"っ、ッぐ!!」
京月の羽織が赤く染っていく。
受けきれなかった攻撃が当たって内臓をつぶしかけているのだ。それを瞬時に理解したからこそ、この窮地に気が付いた。
「京月隊長!!!!」
「問題ない、ッ隊士達を頼む」
そうして再び魔法攻撃のぶつかり合いがはじまる。刀と魔法攻撃がぶつかり、大きな震動が当たりを揺らす。
「京月隊長………っ」
強すぎるレオナの力に不安が頭をよぎる楪だが、今は京月を信じることしかできなかった。




