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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
帝都編

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28 「一番隊の心を閉ざした過去」

 

 結局そのままエセルヴァイトのことについて聞き出すことは出来ずに一週間が経ち、一番隊本隊基地に滞在していた総隊長や四龍院は政府への報告及び、帝都周辺の被害の確認を終えて、それぞれ本部と本隊基地に戻って行った。


 戦いを終え、しばしの平和な時間だというのに、翠蓮はおろおろとしていた。総隊長達が帰ってからというものの、また京月と不破が険悪な雰囲気になっていたのだ。しばらく派生組織や魔物も大きな動きを見せず、これといって任務の無い平和な日だというのに、朝から不破と京月の間には冷たい空気が流れていた。


「隊長がそんななら俺もう知りませんからね!隊長のバーカ!!」


 ついにそうして子供のような悪口を吐き捨てると不破は外に出ていってしまう。


「えっ、不破副隊長!?」


 不破と共用の休憩室の入口ですれ違った翠蓮はそんな不破に驚き、二人の雰囲気に焦りを見せる。そんな中、不破を追うことなく深いため息をついて椅子に座る京月のもとに翠蓮は駆け寄った。


「隊長っ、不破副隊長は大丈夫なんですか??お二人とも一体なにが……」


 翠蓮がそう聞くが、京月は言葉に詰まるのか中々口を開かない。


「不破のヤツ、子供みてーな悪口だったんだぞ。どーせ不破がまた何かやらかしたんだろ~?」


 でんでん丸がそう言うと、京月が小さく呟いた。


「違う。……不破が怒るのも無理は無いことを俺がした。だが、俺はその行動を後悔していないし、もしまた同じことが起きてもその行動を取るはずだ」


 そう零された京月の言葉から、後悔は感じられないが、苦しみが微かに感じられた。


「隊長は、なにをしたんですか?」


 翠蓮がそう聞くが、京月は口を開かない。ただ、その傍に立て掛けられていた刀に手を滑らせた。


「あの時羅刹を使おうとしたのか、オマエ」


 でんでん丸の言葉に京月が微かに肩を揺らし、青い目を見開いた。その反応を見て、でんでん丸が続ける。


「なるほどな!そりゃー不破のヤツが怒っても仕方ねーな!」

「あぁ、……総隊長の魔力で作られたお前にはあの日の記憶も筒抜けか。俺はあの時羅刹を使おうとした。それしかあの場で全員を護ることは不可能だと判断した。だが、羅刹を使ったあの日の出来事を知る不破がそれを使うことを許すはずが無い」


 羅刹、という単語に聞き覚えの無い翠蓮はでんでん丸と京月の話をあまり理解できなかったが、続いた京月の言葉に翠蓮は固まった。


「俺は羅刹……紅蓮羅刹を使って自分の隊の副隊長を殺したんだからな。それも、不破の目の前でだ」

「副隊長を殺した……?」


 翠蓮は京月の衝撃的な発言を理解するのに時間がかかり、ようやくそう言葉を漏らした。京月の表情には温度が無い。一番隊で起きた暗い過去。翠蓮はその事実に追い付けず、困惑する。

 そんな翠蓮の前ででんでん丸が口を開く。


「何言ってんだ、でも楪は生きてるじゃねーか!」

「楪隊長……?」


 でんでん丸から出た楪という名前。

 翠蓮は自分も知るその五番隊隊長である楪の名前を紡ぐ。


「…………そうだ。不破の前、一番隊の初期の副隊長は楪だった。だが、俺は暴走する魔力を止められずに、楪を斬った。……楪は何とか助かったが、一番隊に関する全ての記憶を失った。そして、総隊長の判断で楪が得意だった治癒魔法を生かすために当時一般隊士のみだった五番隊に隊長として配置した。……俺が、弱かったせいで楪を殺したんだ」


 いつも優しく隊士たちの治療をして、立派な五番隊隊長を務めあげている楪と、京月の過去を聞いて翠蓮は京月が抱えていた苦しみに気付く。だが、一番隊の隊士として不破と京月のそばにいる翠蓮だからこそ気付けたのかもしれない。

 翠蓮は京月に言葉を向けた。


「不破副隊長は、隊長に怒ってるんじゃないと思います」


 翠蓮は普段の不破と京月の間にある信頼関係を知るからこそ、そう話す。

 その言葉で、京月が少し驚いたような顔をするが、すぐにまた視線を下に向ける。


「いや、俺は不破を裏切ったのと何も変わらない。俺はもう二度と紅蓮羅刹を使わないと決めていた。なのにあの日俺は楪にしたことをまた繰り返そうとした。たとえ隊士を護るためであったとしても、それで仲間を傷つけていては魔物と何も変わらない。そしてそれを、不破が許すはずも無い」


 そう言って、京月は部屋に戻るために翠蓮を置いてそこを出ていく。


「悪いな、俺の問題に巻き込んで」


 すれ違い様にそう呟いた京月の声にはやはり、深い苦しみが含まれていた。


「京月のやつ、なんかいつもより暗いんだぞ……。はやく元の二人に戻らねーかなぁ」


 そう話すでんでん丸に翠蓮は、少し考えた後で声をかけた。


「ねぇ、でんでん丸」

「なんだ?どーした翠蓮!」


 翠蓮は京月の漏らした言葉に宿る深い苦しみ、そして不破の怒りの原因を知るために、彼らの……、一番隊の過去を知ろうとする。


「京月隊長が楪隊長を斬った時、一体何があったの?」


 翠蓮のその言葉にでんでん丸は羽を少し下に下げる。


「俺様はあまねの記憶を全部知ってるわけじゃねーんだ。京月が楪を斬ったのは、最上級の魔物相手に京月が負けた時ってのしか知らないぜ」


 でんでん丸から聞いたその内容に翠蓮は衝撃を受けた。


「京月隊長が、負けた……?」


 あんなに強くて真っ直ぐ突き進んでいく、誰もがその強さに憧れるほどの京月隊長が、負けるなんて。翠蓮には考えられなかった。なにかの間違いだと。だって、そうじゃないと……、なんて翠蓮の頭の中はぐるぐると渦を巻くように混乱する。


「京月隊長が負ける魔物なんて、誰も勝てないんじゃ………。そんな魔物がいるの?」


 翠蓮の知る京月はどこまでも最強だった。最強と呼ばれる通り、いやそれ以上に京月亜良也は強かった。

 翠蓮だけでなく、誰もが彼の敗北など信じないだろう。そんな彼の過去の敗北。その過去に含まれた出来事が、どこからか感じる京月の暗さと、その内に感じる苦しみを作り出しているのか。翠蓮はそう感じた。


「魔物にも階級があるのは知ってる。でも、最上級なんて、本当に存在していたんだ」


 最上級の魔物など、最高階級ということで恐れられてはいるが、実際に見たという話は全く無い。そんな最上級の魔物と戦い京月が負けていたという事実に翠蓮はその表情を強ばらせた。


「でんでん丸、わたしちょっと不破副隊長を探してくる!」


 翠蓮は突然顔を上げたかと思えばそう言って基地を飛び出していく。


「えっ、おい俺様も連れてけーっ!」


 翠蓮の背中をでんでん丸も慌てて追いかける。そんな翠蓮とでんでん丸の様子を、部屋の影からこっそりと、京月の伝令蝶が見守っていた。


 ✻✻✻


 翠蓮は不破を探すために全く土地勘の無い帝都の中心地を駆け回っていた。それでも中々不破は見つからず、見ず知らずの土地で迷子になりかけている翠蓮。

 だが、迷子の不安よりも、不破と京月ふたりの仲の方が心配だった。京月は口下手だから、本心をきっと不破には伝えない。そして、不破はそんな京月を知っているからこそ引けずにいたのだろう。

 翠蓮は、京月達一番隊の過去と、あの場で二人を守るために二度と使わないと決めた紅蓮羅刹を使おうとしたということを聞いた時に、京月を尊敬しているからこそ不破の怒りの理由に気が付いた。

 でんでん丸も気付いたようだが、京月はその理由に気付かない。翠蓮がその理由を伝えようとも思ったが、それでは意味が無い。不破が自分で京月と話し合うべきだと思い、翠蓮は不破を探していた。

 だが、広い帝都内で、全く土地勘も無ければ普段不破が行きそうなところなども全く分からない翠蓮が不破を見つけ出すのは難しかった。それでも諦めずにひたすら不破を探し回ったが、遂に日が暮れ始めてしまった。

 諦めて帰るしか無いのかな、ととぼとぼ歩き出した時、翠蓮は自分の置かれた状況に気が付いた。全く知らない場所、そして暗くなり始めた空。でんでん丸に頼んで、京月の伝令蝶に連絡して迎えに来てもらうことも可能だったが、そんな迷惑をかけることなど出来ずに、翠蓮はきょろきょろとしながら知らない土地でさまよっていた。

 どうしよう、このまま帰れなかったら。そう不安になるが、それでもやっぱり不破副隊長を見つけて二人に仲直りしてほしい。翠蓮は迷子で不安ながらも二人のために動き出す。

 だが、そんな時翠蓮を呼ぶ声がした。


「えっ!氷上ちゃん!?」


 聞こえたのは紛れもなく不破の声。

 翠蓮はバッと勢いよく振り返り、不破の顔を見た瞬間安堵すると共にぶわっと涙が溢れ出す。


「ふ、ふ"わ"さ"ぁ"ぁ"ぁ"ん"!!!」

「わっ、えっ!?ちょっとどうしたのさ!?」


 不破に飛びついて離れない翠蓮にびっくりしていると、でんでん丸が声をかける。


「翠蓮はずっとオマエを探してたんだぞ。京月は京月で暗いしよ!」


 でんでん丸の言葉で、不破は少しその表情を曇らせた。


「そっか、ごめんね、心配かけちゃったね」

「不破さんは京月隊長のこと嫌いになっちゃったんですか………??ぐすっ」


 翠蓮がそう言えば、不破は困ったように笑う。


「俺が京月隊長を?……そんなのある訳ないよ。だって今まで何度も手を差し伸べて助けてくれた人だからね。それに、今回のことだって俺が……、って、隊長から何か聞いた?一番隊の話」

「詳しくは聞いてないです、ただ隊長は仲間を傷つけた京月隊長を不破さんが許すはずもないって」

「違うんだよ、京月隊長はずっと自分だけであの日の出来事を背負ってる。俺が弱かったから、京月隊長は俺を守るしかなかった。ウロボロスの決戦の時だって、俺は、隊長にとって二度と使いたくないはずのあの技を使う選択をさせてしまった。俺は、隊長にその選択をさせてしまった俺の弱さに怒ってるんだよ」


 そう話す不破の言葉からも、苦しみがひしひしと感じられた。


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