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黎明の氷炎  作者: 雨宮麗
建国祭編

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95 「光を追った先」

 

 亜良也(あらや)誠二郎(せいじろう)の間に立ち込めた不穏な空気は、誠二郎がゆっくりと刀を納めたことで、わずかに和らいでいった。


 しかし翠蓮(すいれん)の胸中は騒がしいままだ。

 なぜ誠二郎は瑠璃(るり)に関して問い詰めようとしたのか。そして、まさかここまで京月亜良也が怒りを露わにするとは。彼の過去を知る翠蓮にとって、それは簡単に流せる感情ではなかったが今、目の前にいる誠二郎からは、話に聞いていたような冷酷さは感じられない。


 困惑を抱えたまま、翠蓮はただ静かに息を吐いた。

 それでも、京月がこうして無事に戻ってきたことだけは、何よりも心を満たす出来事だった。


 その時だった。


 張り詰めた空気を切り裂くように、軽やかな足音が近付いてきた。

 扉の向こうから確かな存在感と共に、その人物は静かに歩を進める。


 白いスーツに身を包み、金色の髪と深い蒼の瞳を持つ青年。光を纏っているかのような立ち姿は、まさしく“光の聖騎士”の名にふさわしかった。


 その男、瑠璃は翠蓮の前に立つと、微かに微笑んで彼女を見下ろす。


「俺との約束は果たせたみたいだな。流石は俺の相棒だ」


 その一言に、翠蓮の瞳が潤む。


「……瑠璃、さん……っ」


 震える声がこぼれた。驚きと安堵がごちゃごちゃになった呼びかけと共に彼女の胸にあった緊張が一気に解かれていく。

 そんな中、瑠璃の姿を見た誠二郎の瞳が細められた。


 立ち方、言葉遣い、仕草の一つ一つが、京月総司(きょうげつそうじ)を思い起こさせる。

 けれど、どこかが違う。髪の色も、瞳の色も。纏う気配も異なる。

 何より「相棒」などという言葉を、総司が使うとは思えなかった。


 それでも、誠二郎の中にある疑念は拭えなかった。

 光の魔法。それは、かつての妻が持っていた属性だ。血筋によって継がれる可能性のある力。

 そして今、この場に現れた瑠璃が、その力を見せつけている。


(まさか……総司……いや、違う……だが……)


 逡巡する誠二郎の思考を断ち切るように、空間が揺れた。


「……何だ?」


 広間の端が歪み、薄い靄が立ち込める。

 そして、その中から姿を現したのは……。


 京月総司だった。


 赤い長髪に鋭い瞳。立ち姿、纏う空気、そのすべてが誠二郎の記憶と一致している。

 かつて自分が見てきた総司、そのままの姿だった。


 誠二郎は言葉を失う。


(一体、どういうことだ……?)


 瑠璃に感じた既視感。それを凌駕する“本物”の気配。誠二郎の思考は混乱の中で立ちすくんでいた。


 そして、総司の眼が誠二郎を射抜いた。

 そこにあったのは、確かな――憎悪。


 息を呑む。声が出ない。それはまるで、「お前を許さない」と言っているかのようだった。


 やがて、何か言葉を……と思ったところで総司は静かに口を開く。


「今さら父親面して説教でもする気か?……黙ってろ」


 低く、冷たい声。

 次の瞬間、彼の足元に音を立てて何かが落ちた。

 床に叩きつけられたそれは、まだ血の乾ききらない数人の遺体だった。

 帝都の地下に潜んでいた黒魔道士と傭兵の残党たち。全員が急所を正確に貫かれ、無抵抗のまま絶命している。


「用は、それだけだ」


 総司は淡々と告げ、鋭く場を見渡したあと、再び誠二郎を見据える。

 その瞳は、確かに怒りに燃えていた。


「魔天は、もうすぐそこにいる」


 その一言に、場の誰もが凍りつく。


 誠二郎の指先が震える。

 視界の端に、光を纏う瑠璃の姿がちらりと映る。しかし先程まで感じていた総司の気配はもう瑠璃からは感じない。


(総司は、生きていたのか……)


 総司が微笑んだ。冷たく、皮肉げに。


「……まさか、そんな顔をされるとはな」


 冗談めいた口調。しかし、その声の底には凍えるほどの冷気が含まれていた。


「久しぶりの親子の再会だろ?もっと感動的になるかと思ったけど……違ったな」


 肩をすくめ、赤い瞳で誠二郎を見据える。


「いや、違うか。お前には、“親として”会う資格なんて最初からなかったなァ」


 誠二郎の顔がわずかに歪む。


「……何が目的だ」


 絞り出すように問うその声に、総司は答えず空を仰いだ。


「政府が、この帝都の地下に何を隠してたか……知ってるか?」


 総司の言葉に、辺りが再び緊張に包まれる。


「龍の魔物。そして……魔王」


 場に重苦しい沈黙が降りる。


「この地下を狙っている。もう、止まらない」


 赤い瞳が、再び誠二郎を射貫く。


「……早死にしたくないなら、首を突っ込むな」


 最後に囁くように告げたその声は、鋭い刃のように胸に突き刺さった。


「次は、お前自身の番かもしれないなァ。“父さん”」


 そのまま背を向ける総司の歩みに、誰一人として手出しできなかった。


 誠二郎はただ、その背を見送ることしかできない。

 混乱、恐怖、疑念。心に澱のように沈んでいく感情たち。

 だが、その視線の先に立つ瑠璃は、何も語らず、ただ静かに佇んでいた。


(考えすぎだったか。自分の手で殺した妻の光に、今でも縋ろうとしているなど、許されるはずがないというのに)


 瑠璃から視線を外した誠二郎は去っていく総司に視線を戻して、暗く瞼を伏せた。

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― 新着の感想 ―
記念すべき100エピソードめ!おめでとうございます! 瑠璃さま瑠璃さま〜!とかのんきに思ってましたがめちゃくちゃ剣呑な雰囲気だ……
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