牛追いオイオイ
試合の序盤はアローズの不慣れなポゼッションとミノタウロスの無策なプレスとがぶつかり合う奇妙な展開となっていた。
俺達のこのシステムでのボール回しとポジション移動が、ぎこちないのは仕方ない。何せ初めて実戦で行うのだから。それでも引き籠もって守るミノタウロスチーム相手なら安定してボールを握れるだろう、良い練習になるだとうと期待していた。
予想外だったのは、牛人たちの守備が『撤退守備プラス前線の無謀な追い回し』だったことだ。
中央のFWハーパー選手はそれほどでもない。典型的なミノタウロス型CFである彼女は大きくパワーもあって、ただひたすらゴールへばく進する――それがドリブルであってもハイボールであっても――のを目指し、最短距離である最前線中央に鎮座している。それの実行者は両WGのローズ選手とククチ選手だった。
両者はアローズのDFラインとボランチが保持するボールを、真っ直ぐに追いかけていた。自身の一試合通してのスタミナや攻撃へ転じた時の脚、プレスをかける事によって空いてしまうスペース、左右のバランス……彼女らはそれらを全て度外視してボールを追っていた。
先程、パリスさんのボールをローズ選手が追いかけていたのが良い例だ。利き足が右にも関わらず左WGに置かれた彼女は、本来ならば利き足が左にも関わらず右SBへ入ったマイラさんをケアする筈――そろそろ左右がゴチャゴチャになってきたな。今日はとりあえずアローズ側から見た方向で固定しよう――為にアローズの右にいるべきである。
しかしローズ選手は延々とボールを追って中盤の左まで来ていた。その際、ククチ選手はククチ選手で連動して一緒にプレスをかけたり全体のバランスを考えてアローズの右サイドへ移動したりもしていない。単純にこちらの左サイドセンターライン付近にいて、オフサイドラインを気にしつつダッシュするチャンスを伺っていた。
かなり駄目なヤツだ。『単騎プレス』と言って地球の現代サッカー戦術ファンからは嘲り嫌われるプレイである。一方でもし実際にボールを奪えてゴールに繋がれば単騎プレスを行ったローズ選手も、その補佐を行わなかったククチ選手もヒーローである。いやヒロインか。ミノタウロス女子を女性と見るのは難しいなあ。
話が脇に逸れかけた。えっと、単騎プレスでもボールを奪えれば成功だし、ここは地球のサッカーではなく異世界サッカードウだし、戦術としては間違っていても結果や仲間が許せばOKである。
実のところチームスポーツの場合、人間関係が7割で戦術だなんやらは残り3割の一部に過ぎない、なのにファンや評論家はそういう事をゴチャゴチャ言い過ぎる……と愚痴を漏らす選手もいたりする。あまりその話題を追究すると自分の存在意義を削り落としてしまうので困るが。
あとアローズの場合、人間関係ではなくメインはエルフ関係だよな。人間のスタッフは俺しかいないし。良い機会だから、エルフ関係に重きを置く選手にちょっと助言しておこう。
「ナリンさん、ちょっと彼女を呼んで貰えますか?」
「はい? 了解であります」
序盤に比べてスタジアムの騒音も収まりつつあったせいか俺がコーチへ呼びかけた声もちゃんと届いた。これならアドバイスもできるだろう。
俺は同じ状況が続くのを期待しながら彼女がやって来るのを待った。
「ありがとうエルエル、とナリンさん。ちょっと見てくれるかな?」
俺が呼んだのは小柄なMF、エルエルだ。まだ試合が始まってすぐなのでウォーミングアップエリアにも行っておらず、すぐに来てくれた。
『なんですか?』
「あのローズ選手のプレス、どう思う?」
俺はそう言ってナリンさんの翻訳を待ち、ミノタウロスのFWを指さす。
『良く走ってて偉いと思います! 私には劣るけど』
「自分程ではないけれど、良く守備へ走って偉い、と」
ナリンさんが通訳しながらも苦笑を漏らし、俺もつられて笑った。
「うん、まあ確かにね。そういう面もある。でもこう考えてごらん? ローズ選手が走ってくるのを見たシャマーさんは、余裕をもって引きつけた上で……マイラさんへパスできてる」
俺はシャマーさんが俺の予想通りに動くか見切り発車で口を開きつつ、思った通りにパスしてくれたので安心して言葉を続ける。悔しいが彼女と俺のサッカー感が合うのは事実なんだよな。
「もし、もしだけどローズ選手がマイラさんへのパスコースを消しながらプレスをかけていれば、シャマーさんのパスの選択肢は一つ減るか何かフェイントを入れてから出す必要があったんだ」
『……なるほど。アイツ、あほですね!』
再びナリンさんの通訳タイム。その返事を聞いた俺は吹き出すのを必死に堪えた。
『えっ!? もしかして私もそんな感じ!?』
そんな俺の顔を見たエルエルが少しショックを受けた表情で何か問う。
「えっと?」
「自分もあんな感じかと気づいたであります」
ナリンさんはなるべく感情を消した顔と声で言った。ふふ、彼女も実は笑いを堪えているな?
「それだけじゃないんだよ」
そんなコーチの顔を見ていると心のダムも決壊しそうだ。俺は作戦ボードを手にし、素早く数字を並べた。
「連動してプレスをかけれていれば良い。でも君が単騎で突撃してボールをとれなければ、誰かが空いた穴を埋める為に走る事になる。横スライドする事も多いけど、君の前には責任感と闘争心が強いFWがいたよね?」
ボードの上でエルエルや他のMFの背番号を動かしながら、なるべく深刻そうな声でそう問いかけた。
『……もしかして?』
「数字の駒を置いてみて?」
俺はそう言いながら、脇に並べた他の駒を指す。ここは通訳なしでも言葉が、そして俺の意図が通じる筈だ。
『11番の、リーシャ姉様が?』
エルエルの指が11を指し、リーシャさんの名前も聞こえた。これくらいならナリンさんの口を借りなくても分かる。
「そう。エルエルが頑張って走り回るのは良い。そこが売りだしこちらも期待している。でも独りで無謀なプレスをかけると逆に穴になるし、最悪の場合はリーシャさんが守備へ戻る必要が出てくる。今のローズ選手のようにね」
俺はそう言ってナリンさんに交代した。彼女のエルフ語を聞いたエルエルは、腕を組んで下唇を噛む。
「あのミノタウロスを良く見て、反面教師にして欲しい。できれば自分ならどうする? こうする? ってのを考えながらね。必要ならノートをとった方が良いよ」
俺はそう言って、ナリンさんとエルエルの肩を叩きその場を離れた。試合中にする助言はこの程度にして、後は自分で考えさせるのが良いだろう。戦況から目を離し過ぎたってのもあるし!
「さ、どんな感じかな? 流石にこちらも慣れたしスタミナも落ちたでしょ?」
俺はそう言いながら、シャマーさんが前線へパスを送るのを見た。
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