左右の角
『本日は宜しく頼みます。具合の方はどうですか?』
「今日はお手柔らかにお願いします。えっと?」
コンコースを出た所でシボドー監督と出会い、俺たちは握手を交わしながら挨拶をした。現代表監督はミノタウロスの平均よりもずっと背が低くそれほど見上げることなく会話ができる。
って言葉は分からないんだけど!
「体調を崩されていたと聞いて、心配しておりました。お加減はどうでしょうか?」
そんな俺の顔を見て隣にいた通訳さんが素早く翻訳してくれた。なんとゴルルグ族の、びっくりする位の美人だ。目とその付近の鱗にこそ僅かに蛇人の印があるが、それが美しさを少しも損なっていない。むしろ凄みが増しているんじゃないか? とさえ思える。
「ありがとうございます。アブリ島の空気に癒されて元気になりました」
しかも日本語もお上手である。確かこの方はシボドー監督の奥様でもある筈だ。あの傲岸不遜なゴルルグ族が他種族の妻になるとは珍しい。一方でミノタウロス族にとって美女とは財宝でありステータスでもあるという。何か経緯があって夫婦になったのであろう。
『気に入ったなら住めば良い。君ほどの実力者なら、喜んで奴隷となる者が多くいる筈だ』
「アブリ島を気に入って下さって嬉しく思います。もし住人になられたら島民も喜びますわ」
俺がそんな事を考えている間にシボドー監督が何か言い、再び奥様が通訳をしてくれた。その話し方から察するに、社交辞令で包んでいるがもう少し別の事を言った様だ。
「そんな機会があれば嬉しいですね! それでは!」
だがそこは深く掘らないでおこう。俺はあまり中身の無い返事をして、その場を去った。シボドー監督は事前の想像とは違う牛柄……というと模様みたいだな、人柄のミノタウロスだった。だが奥さんとの関係はやや不穏なモノがあるみたいだ。
「うん、考えない事にしよう!」
アローズのベンチ前に戻った俺はそう呟き、頭を切り替える事にした。種族代表チームを率いて他の種族と闘う事は、同時に他の文化と頻繁に接触するのと同義である。これで半分以上――アウェイの試合はプレシーズンマッチのドワーフ戦を含めて7試合目だ――と当たった訳だから、いい加減に慣れないといけないな。
「どうでありましたか?」
俺が人物観察やマインドゲームを好むのを知っているナリンさんが、その手応えを聞いてきた。
「そう単純な監督ではなさそうです」
シボドー監督がザックコーチへの対抗心から我を忘れるタイプであれば良かったのだが、どうもそうではなさそうだ。
「あと実際の指揮力の方は……」
そう言いつつピッチの方向を見た俺は、自分の印象が更に強まる光景を見る事となった。
試合前のコイントスは既に終わり、どちらサイドでゲームを開始するかはとっくに決まっていた。前半のアローズはメインスタンドから見て左、俺たちのベンチ前にポジションをとって右へ攻めていく形だ。
となると後半は右へチェンジするので、やや西へ傾き出した太陽へ向かってプレイする事になる。つまりただでも暑いのに目が日光に焼かれるという訳で……。肉体への疲労はかなり厳しいモノになるだろう。
コイントスは純然たる運なのでこれは仕方ない。もし俺たちに選択権があればやはり逆を選んでいただろう。問題その一は、ミノタウロス代表がそういう部分もぬかりなく考えられているという事である。脳筋――脳味噌まで筋肉のバカ、という蔑称だ――と思われている牛たちだが、意外と侮れないのだ。
問題その2はミノタウロスのWGの並びだ。あのチームには先輩FWの故障で出場機会を得てメキメキと実力を伸ばしている若手が2名いる。例のローズ選手とククチ選手だ。
ウォーミングアップでも見た通り彼女らは小柄でスピードがある。そこが共通点。相違点として、ローズ選手はよりスピードと思い切りに長け、ククチ選手はテクニックと緩急が仕えるというモノがある。
それと利き足。ローズ選手は右でククチ選手は左足。彼女らはその利き足に沿ってそれぞれ右サイドと左サイドに配置……されていなかった。
なんとククチ選手が左でローズ選手が俺たちに近い方、つまり右にポジションをとっている。これは俺たちが武器にしている概念の一つ、逆足のWGに他ならない!
俺は動揺を隠しつつ、大声で守備陣とナリンさんを呼んだ……。
「ローズ選手とククチ選手の足が逆です。カペラ選手みたいなウイング・ストライカーですがパワーは数段上かと。ボールデットまで気を抜かないで」
『ローズとククチは逆足のWGよ! ハーピィ戦のあの若手を思い出して! かなり突っ込んでくるからプレイをしっかり着ること!』
集まったDF陣へ俺がそう言うとナリンさんが早口でエルフ語に通訳する。
「それと斜めに入ってくる時は……あ、すみません!」
まだ話足りない俺の所へ副審さんが近寄り、もうすぐ試合開始だから……とばかりに解散させにかかる。俺はまだまだ伝えたいことがあったが仕方なく謝罪し、選手たちはポジションへ、俺とナリンさんはベンチ前へ戻った。
「大丈夫でありますか?」
「どうでしょう? 幸い、前半はベンチから近い。声をかけあっていきましょう」
俺は安心させるようにそう言ってベンチへ座った。試合前に予想外の一本を食らった感じだが、まだ何も始まっていない。挽回はできる筈だ。
後はそれをスタジアムが許してくれるかだな。俺はそんな事を考えながら、試合開始のホイッスルを聞いた。
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