モテ牛と、いまいチー牛
「ところでザックコーチ、凄い人気ですね」
俺がロッカールームまで来るとミノタウロスのフィジカルコーチが既に待機していて、閉じたドアの横で壁に凭れて目尻を押さえていた。
「えっ!? あっ、まあ、そうかもな……」
平時は豪快で闊達な巨漢も、今の俺の言葉には歯切れが悪い。本国へ戻った彼が彼方こちらで大人気で様々な色の声援を受けているのは純然たる事実で誤魔化しようがない。ザックコーチが言葉を濁しているのは自分へ向けられた熱狂の激しさと、その理由への気不味さからだ。
「ちょっと気持ちが揺れてたりしちゃったりして?」
「まさか! 俺は心底ラビンを愛している。他の雌牛になど!」
「いや、俺はミノタウロス代表監督への復帰についてなんですけど?」
俺がそう付け加えると、ザックコーチは耳まで真っ赤にして顔を覆った。
「そっちか! だがそちらも同じだ。俺はアローズでの仕事を愛しているし、シボドーに敬意だって持っている。監督からクビを言い渡されるまでは、辞める気は……ないぞ?」
ミノタウロスの大きな指の隙間から漏れるその声を聞いて、俺は少し申し訳ない気持ちになった。
「ありがとうございます。あとごめんなさい、今のは意地悪でしたね。夫婦仲良く、末永くチームにいて下さい」
そう言いつつ頭を下げる。今の彼は二つの面で本国から熱望されていた。一つはアイドル的な部分で、もう一つはサッカードウの監督としての部分で、だ。
そもそも種族全体が筋骨隆々で勇ましい顔をしているミノタウロスではあるが、ザックコーチはその中でもかなりイケている方らしい。そういった部分の需要は元々あったが、結婚した事で人気が落ち込むどころか再燃したそうな。
何でしょうね、牛頭人身の一族にも他人のモノになると急に羨ましくなるというか、人妻だから魅力的に見えるとかあるんでしょうかね? ともかく彼をアイドル視し、横断幕に
「ザックさん結婚して!」
みたいな言葉を書いて掲げるファンがいるのは事実だ。実はさっき、スタジアムの観客席でみかけたし。
また監督としてだが、これはシボドー監督の不人気っぷりがそうさせている面もある。データの面で言えば現在のミノタウロス代表チームは実力も戦績も悪くない。リーグ戦の半分がほぼ終わった状態で順位は5位。いつもの定位置、トップ3からは転落した事になるが悪いポジションではない。
しかも『酷使ボドー』が功を奏して若手の発掘が進み、彼女らが猛烈な勢いで経験を積んでいる。これで負傷中のベテランが復帰してくれば巻き返しは十分に狙える状態だ。
にも関わらずシボドー監督は不評だ。まずその守備的で固定化した戦い方がミノタウロスの観客に受けが悪い。かの牛たちはフィジカルな――身体を激しくぶつける肉弾戦的な、くらいの意味だ――守備も好むが、それ以上にモ~レツ果敢な攻撃を愛している。それこそザック前監督が指揮していた時のように、攻めに攻めて疲れたら攻撃の選手を入れ替えて……みたいな。現監督はその部分で国民を納得させられていない。
更に、少し触れてしまったので敢えて加えると見た目が良くない。ザックコーチは如何にもミノタウロス! という風貌だがシボドー監督はややぽっちゃりしていて、闘牛と乳牛以上の差がある。いや乳牛だって近くで見たら巨大な獣で圧倒されるけど。
この『監督の見た目』という話題は、迂闊に触れると自分へも帰ってくるので非常に語り難い話ではあるが……意外と重要な点である。そもそも指揮官という存在は上に立ち目立つ者なので、第一印象から堂々としていて頼れそうだな、と思わせないといけない。俺が公的な場所では出来るだけ公式スーツを身に纏い、胸を張って立っているのもそういう理由である。
地球には整形したりスタイリストをつけたりしている監督だっているのだ。俺はそこまではできないけどね……。
「こちらこそ末永く宜しく頼む……」
「いえいえ」
ザックコーチがそう応え、俺も頭を下げる。そこへ
「ぐふふ! マッチョとスーツを着た細身リーマンのイチャイチャは滋養があるでござるな! いっそ更衣室のドアになりたいでござる!」
と胡乱な声がそのドアの隙間から聞こえた。
「リストさん!? もう入って良いんですか?」
「残念ながら」
「じゃあ入りますよ」
何が残念やねん! と心の中でツッコミつつ俺は彼女ごとドアを押して中へ入る。スーツを着ている事の弊害の一つがこれだな。リストさんに余計な妄想のネタを与えてしまう。
「よし、みんな。今日の試合で試す戦術は約束事が多くて頭がパンパンだろうから、手短に言うよ」
入ってすぐ、非常に沢山の文字や矢印が書き込まれたホワイトボードが目に入り、俺は思わず苦笑しつつ言う。
「暑い時、苦しい時こそしっかり丁寧にトラップして素早くパスを回そう。ボールは汗をかかないからね!」
おそらくパスサッカーを志向する現場で何百回と唱えられたであろう標語を俺は口にした。だがこの異世界で言われるのは初めてだろう。この場にいる人間以外の種族みんなが、その言葉に感銘を受けたように頷く。
「じゃあ、キャプテン。お願いします」
「は~い」
心なしかシャマーさんすらもヤルじゃん! とでも言うように俺の顔を見て中央へ進み出る。そんな彼女を囲むように選手コーチ全員が肩を組んで円陣を作った。
「ショーちゃんは汗をかかないボールよりも、汗に濡れた私たちの方が好きだからねー」
「いやそんな事は!」
おいシャマーさん今、俺の事を尊敬したんとちゃうんか!
「やらしー!」
「見た目のこと? それとも匂い?」
他の選手もそれに便乗し、一気に俺の尊厳が落下する。
「3、2、1、良い汗! でいくよ? 3、2、1……」
「「良い汗!!」」
例によって俺に反論の隙を与えずシャマーさんが号令をかけた。選手もそれに唱和し、素早くロッカールームを出て行く。
「汗をかけば身体も軽くなるから! 前向きに考えて!」
その後ろ姿にナリンさんが声をかけ彼女らの背を押す。普段、99%俺の味方をしてくれるデイエルフのコーチも、この瞬間だけはいつも裏切ってくるんだよな……。
「どうしました?」
「いえ。行きましょう」
恨みがましい目で彼女を見たかったが、また体調面を心配されても困る。俺はため息をつき、ジノリ台を担いで更衣室を後にした……。
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