酷使無双
前日練習を予定通り終えた俺たちは、最後までボール保持の細部を詰めながら試合当日を迎えた。デイゲームの時のルーティーン通り、朝は早めに起きて朝食を食べて散歩して……としている間にあっと言う間午前の時間が過ぎる。
で、試合開始は14時なのでチームは正午前にはビーフホーンスタジアムへ入った。既にそこそこ暑いが、試合中は更に日差しが強いだろう。
「今日は辞めておくでありますか?」
コンコースで、客が入り出した観客席と空を眺める俺にナリンさんがそんな声をかける。体調不良の状態かつこの暑さで、いつものピッチ確認をすると身体に障ると心配しての事だろう。
「いや、行きます。まあまあ回復しましたし、俺も身体を慣らしたいので」
ネクタイを少し緩めつつ、俺はそう応える。そうしてピッチ周辺を歩きながら、ナリンさんへは言わなかったもう一つの理由を見つけてそちらへ近寄った。
「ジャックスさん! どうも」
「おー監督! お疲れさまです!」
アウェイにも皆勤のアローズ熱烈サポーター、ジャックスさんだ。今日もゴール裏中央に陣取り、旗や横断幕の準備をしている。
因みに太陽は真上に近いとは言え探せば屋根の下など日陰は見つかる。実際、少し早めに入った一般客たちはそれらの場所へ避難したり、そもそも屋内に留まって座席にはまだ着かないといった策でアブリ島の強烈な日差しから逃れている。
だが彼や周囲の仲間は日光など意にも介さず応援に備えている。頭が下がる思いだ。少しばかり体調が悪いからといって、そんな彼ら彼女らへの挨拶を省略する事はできなかった。
ま、ネクタイやスーツのボタンは緩めているけどね!
「こんな暑いところまで……ご苦労さまです」
「いえいえ! この島は遊ぶところも多い! 楽しみです!」
頭を下げる俺とナリンさんへ、ジャックスさんはなんでもないといった風に手を振った。
「あ、遊ぶ所と言えばなんですけど……」
それを聞いて以前から聞きたかった事を思い出し、俺は思い切って訊ねる事にする。
「今回はリゾート地だしリーグ戦前半最後だから後泊……は難しいな。えっと試合の日以降もここに宿泊されますよね?」
「ええ」
「他のケースだとどうなんですか? えっと、正直に言うとですね。アローズが試合に負けてセンシャをする事を見越して、余分に宿泊する事ってあるんですか? あまり遊ぶところが無い街でも?」
この場で日本語が通じる――既に魔法無効化フィールドは動いていて、翻訳のアミュレット等は機能していないのだ――のは俺、ナリンさん、ジャックスさんだけとは言え、あまり楽しくない街の具体名を挙げるのは憚られて変な問いになった。
「ああ、それね……」
ジャックスさんはそれを聞いて腕を組み宙を見上げる。ここで少し考え込んでしまったのは答え難い質問だからか日本語が難しいから、表情からは分からない。
「基本的には私たち、次の日まで泊まります」
汗が一滴、落ちるほどの間をおいてジャックスさんはそう答えた。
「へーそうなんですか!」
おおう流石セレブの息子。リッチだな。俺の友人の世代だと行きも帰りも夜行バスで現地ゼロ泊だったりするし、逆に年上で家族持ちだと電車で行って宿泊したりするが、そうなると今度はいざ子供が熱を出して取りやめになるとキャンセル料で無駄金が飛んでって……とみんな苦労しているのに。
或いはジャックスさんが特別という訳はなく、それだけサッカードウにとってセンシャの儀式が切っても切れない存在、という事かもしれない。あまり地球の価値観で判断し過ぎるものではないよな。
「勝ったら祝勝会、負けたら反省会と翌日のセンシャという流れね!」
そんな俺の考えをあざ笑うかのように、ジャックスさんは笑顔で言った。ってめっちゃ俗な理由やないかい!
「そうなんですね! じゃあ今日は祝勝会になるよう、頑張ります!」
内心のツッコミは封印し、俺はそう言ってジャックスさんへ別れを告げた。監督としてはそう言うしかないからだ。
そしてコンコース入り口へ戻る頃にはピッチ上でのウォーミングアップ開始の時間になった。料チームの選手達が入ってきて、監督としての別の仕事が始まる。
「じゃあナリンさん、宜しくお願いします」
俺はコーチにそう言うと、センターサークルの方へ向かった。
「今日の馬体、いや牛体はどうかな~」
何時ものように中央で相手を見守りながら、俺はポツリと呟いた。自チームではなく相手チームのウォーミングアップを見て直前のコンディションを探るのが俺の試合前の儀式だ。
他にはあまりこういう事をする監督はいない様だが、俺はけっこう有用な行為だと思っている。その日の試合でどんな事が起きると想定していそうか、全体の雰囲気はどうか、キーとなる選手の動きのキレなどが見て取れるからだ。
もちろんスカウティングで事前に情報も入れてはいるのだが、直前に生で得られる情報というのは他に代え難い価値がある。ほら、競馬でもパドックってもんが――しかも今日はミノタウロス戦なので普段に増してパドック感があるな――あるし。
「やっぱ大変そうだな……」
俺はそう呟きながら、手元のメモを確認した。眺めるミノタウロスチームには負傷者が多く、あまり出場経験のない若手選手が多い。また見覚えのあるベテランにも、膝や腿に包帯やテーピングを施した選手が何名も見受けられた。
「酷使ボドーかあ」
ザックコーチの後を継いでミノタウロス代表監督となったシボドー監督の渾名を口にして俺は首肯する。前監督はハードな試合を嗜好しつつも個々のコンディションも上手く考慮するタイプであったが、現職は特定の選手をとにかく使い倒すのを好む監督だ。
それ故、負傷者も多い。というか壊れるまで使うと言い換えても良い。故についた陰のニックネームが『酷使ボドー』だ。
もっともその反作用で負傷したベテランの代わりに若い選手が積極的に登用され、謎に新陳代謝が進んでしまう面もある。そうなると――対戦相手目線で言えば――知らない活きの良い若手がたくさん出てくるし、代替わりも出来てしまうし、非常にやりにくいチームとなる。
今回で言えば両WGのローズ選手とククチ選手がそれに当たる。彼女らはミノタウロスにしては小柄だが非常にスピードと勢いがある好選手に見える。あまりデータが無い状態で彼女たちの相手をするDFは大変だな。
「て他人事じゃないわ! やるのウチのチームだわ! ……個別に声をかけておくか」
ぼけーっと解説者になっていた俺は慌てて監督モードに戻り、そう独り言を言いながら更衣室へ戻る事にした……。
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