ピンクとフェイク
別のピンクことアガサさんは、南国にあっても地雷系女子らしく黒いマスクとピンクのシャツは崩していなかった。もちろん、チーム移動なので公式スーツは着用している。しかし上着の下のシャツは自由なのだ。
「ワシ……か」
「ささ、どうぞ!」
既に問答でかなり時間を喰っている上に彼女は動きが遅い。もたもたしていると出発は更に遅れるし文句も出そうだ。俺はアガサさんの背中を押して牛車の席へ押し込む。
「コツン!」
しかし、俺が急ぎ過ぎたのかデイエルフの頭部が座席の上部にぶつかってしまった。
「あわわ、すみません!」
「ム? 当たった……か……」
衝突してから1秒。最初のム? から1秒。共にかなり溜めてからアガサさんは痛がるでも怒るでもなく淡々と呟いた。こんな時ですらスローなのか!
「大丈夫ですか!? 怪我は?」
「心配無用だ。だが……右か左かどちらへ座るべきか……」
心配する俺を軽く手で制しアガサさんはフム、とマスクに包まれた顎に手を当て考え込む。パスを送り込む時は迷いが無い癖に何故こんな事に悩むんだよ!
「むむむ! 左右の置き場所の話でござるか!?」
「基本的には左が攻めっすから……」
そこへ耳ざとくリストさんとクエンさんの腐ったコンビが口を挟んできた。このナイトエルフたち、見た目は日焼けしたエルフみたいでアブリ島みたいな南国にいると如何にもサーファーギャル! なのだが実態は極めてインドア。いかがわしい漫画を愛好する女子なのだ。
「ややこしくなるので割り込まないで! えっと、向かって右に座って下さい! じゃあ、出発で!」
俺は言葉の前半をアガサさんへ後半をロングリーさんへ向けて放ち、さっと牛車へ乗り込んでカーテンを降ろした……。
「ワシが左。つまり攻め込まれる方か。しかし守備は最大の攻撃とも言うから……」
「そういう意図はありません! これから小難しい話をするつもりなんですが言語脳は左脳で繋がっているのは右耳なので、俺がアカサさんの右耳へ語りかけた方が良いと思って」
これは一応、本当の話である。もっともエルフの脳も人間と同じか知らないが。ただまあとりあえず、例の遺体解剖によってエルフも人と同じように脳が左右に分かれているのは分かっている。
いや実際に開いてみたら脳が一つとか皺がないとか、中が操縦席になっていて小人がレバーを握っているとかあるかも? とちょっと覚悟していたからさ!
「左? 右耳? なぜ右耳から攻めるのだ?」
「あーやっぱり……」
俺の説明にアガサさんは深く考え込む顔になった。確かに脳と耳の関係はややこしい部分ではある。しかし哲学者アガサさんがこんな表情なのは平常運転だし、頭の中身がシャマーさんみたいに桃色でもないので今の言葉はスルーし早速、本題へ入る事にした。
「話しておきたい事は二つです。さし当たり、サッカードウの話から」
そう口を開くと同時に牛車が動き出した。今更ではあるが荷物用には別の車が用意されており、それへの積み込み作業がさっきまでかかっていたという事だろう。
「今回、アガサさんに慣れないアンカーをお願いしていますが、何か不安はありますか? ここまででやり難いと思った部分は?」
せっかく密室で視界も音声も隠されている事だし、俺は弱味になるような事から聞き出した。
「そうだな……」
アガサさんは早速、考え込む。これは恥ずかしいとか気不味いからではなく、単にペースがゆっくりだからだ。流石に慣れてきたよね?
「念の為に言っておきますと、アンカーだからと言って守備に頑張らなくて良いですからね!」
駄目だ、慣れてなかった。俺は思わず口出しし、はたと気づいて続きは慎む。こういう時に上の人間が我慢できず言葉を誘導してしまうのは良くない。
それに確かにアガサさんはアンカーという、中盤の底に位置してCBの守備を助けるポジションにつくが、メインの仕事はそれではないし補助の方法も考えてある。彼女が守備に忙殺される展開にはならない筈だし、そうなったらある意味このやり方は失敗という事だ。
「マイラとパリス……鏡だ」
アガサさんはようやく口を開き、両SBの名前を挙げた。なんだ? 彼女らがカガミ? 選手の模範って意味の鑑か?
「パリスさんは真面目で守備もオーバーラップもサボらない選手ですが、マイラさんはどうかなあ」
俺は素直に疑問を口にする。或いはアガサさんもマイラさんが高齢なのを知っていて、人生の先輩としての鑑と言いたいのかもしれない。
「違う。攻めとか守りとか」
なっ!? 遂にアガサさんもリストさんたちみたいな事を!? 腐海がここまで広がってきたか!?
「左右とか」
慌てる俺をなだめるように、アガサさんがひたすらゆっくりに言う。いやそれを聞いても落ち着けませんが! ……って左右?
「もしかして、左サイドと右サイドを逆にするとか?」
「左様」
アガサさんは満足したように頷いた。この左様という言葉にも左という文字が含まれているが、これは左右とは関係ない。その通り、くらいの意味だ。
「サイドバックを逆にですか……。大胆だなあ」
「偽SB、とやらも大胆ではないか?」
彼女は引き続き微笑んだまま言う。今アガサさんが言った『偽SB』こそ、パスの名手アガサさんをアンカーに使いつつ機能させる為の鍵なのだ。
大胆との評価通り本来はフィールドの端、サイドに位置し上下動して働くSBを試合の最中にアガサさんの隣、つまりアンカー脇へ置く思い切った戦術だ。
普通にしていればサイドにいる選手を中盤へ移動させるのでサイドの守備力は減る。しかし中央を5名――両SBとアンカーとその後ろに両CB――で守るのでその部分の守備力は格段に向上する。
そうする事でもしカウンターを喰らってもとりあえず中央の守りを固める事ができるし、彼女たちに守備を任せてアガサさんはパスに集中できる。
そうなるとマイラさんとパリスさんはSBであってSBでない。つまり『偽SB』という事だ。
「中央へ向いて仕事をするのであれば、利き足は逆である方が使いやすかろう」
アガサさんはそう指摘し、俺はしばし考え込んだ。確かに彼女の言うと事は一理ある。
「中央へ行く上に逆サイドか。当事者がどう感じるかですが、試してみる価値はありますね」
俺がそう呟くと彼女は満足気に頷いた。とりあえず、この件は持ち帰りだな。
「じゃあ次の件ですが」
今の話について幾つかかメモを取った後、俺は別の話を始めた。
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