席とオファーと
牛車の中が快適なのは間違いない。屋根があるので日差しは遮られるし、それでいて窓もあるので海風が入ってきて涼しそうだ。広さがあってもう一人乗れるのも嘘ではない。実際に座席――籐の様な植物で作られた椅子にシーツが被せてある――は広く、標準的なヒップの大きさなら二人でも楽勝で座れる。おそらくミノタウロス基準なのだろう。
俺が犯した大きなミステイクは、それを全員が聞こえる場で大きな声で言ってしまった事である。
「そっか! じゃあ私が隣に乗って、ショーちゃんにアブリ島のシャーマンの歴史を教えてあげよー」
俺の言葉を聞いたシャマーさんが早速こちらへ駆け寄り、俺のスーツの上着を脱がせようとする。この反応速度はさすがDFリーダーだ。良いリベロは常にアンテナを張っていて、危険を感じたら己の判断で初期の位置を放り出してでも現場へ急行し危機を救うものだ。
もっとも彼女と牛車の個室へ入ったらむしろ何もない所に火の手が上がるだろうが。
「ストップ! 体調が悪い時に難しい話はノーサンキューでしょ? アブリ島はマリンアクティビティが豊富だから、ツンカがガイドしてあげる!」
一方、逆方向からはツンカさんがやってきて、俺の荷物を受け取りつつ腕を絡めてくる。彼女の方はとっくの昔に上着を脱いでおり、それどころかシャツのボタンを大胆に3つほど開け放って胸元がかなり涼しそうだ。こちらも察知能力とレスポンスが早い。
ツンカさんは実家では父親トンカさんの営む食堂を手伝っており、そこではホール係として働いてる。普段は見た目こそアメリカンダイナーで半分水着みたいな格好――そう言えば今、胸元でチラッ見てしまったものは水着だろうか? 水着だよね?――で気怠げに働いているウエイトレスさん風ではあるが、店で養った経験からか意外と視野が広く周囲に目が利く。故にサイドラインに張り付くWGからより中央でプレイするIHになって貰ったのだ。
「マリンアクティビティこそ病人には厳しいのではないかしら? ショウキチさん、私が隣に座ってカメハラミ大王の一族について解説致しますよ?」
少し遅れてダリオさんが歩み寄り、俺の額の汗をハンカチで拭ってくれる。もちろんアブリ島は着いた時から快晴でいかにも南国といった気候だが、この汗は暑さだけで出たものではない。
しかしダリオさんの方は涼しげな顔だ。今の騒動についても早くに気づいていたが、じっくりと様子を伺い遅れて入ってきたのだろう。彼女はエルフ王家の王族として、上に立つ者としての高く広い視野を持っている。それが生まれつき備えていたものか姫として育つ間に養ったものかは分からない。一介の指導者としての俺は
「才能半分、環境半分」
だろうという実に凡庸な予想をしているが。
それはともかく。彼女は同時に強い責任感も備えていて、あれもこれも自分で早急にやってしまおうというタイプでもあった。ある意味ではそれらから彼女を解放するのがアローズ強化プランの軸の一つではあったが……今の様子を見るにそれは一部、成功しているようだった。無闇に突進するのではなく、様子を伺いタイミングを見て現れたのだから。
「お三方のご厚意には感謝します」
そんな諸々を考えつつも、俺は周囲を見渡しながら言う。先ほどの一言で席がある事を知り30分歩かなくて良いんだ! と思って牛車の座席を狙う者、その他の目的で俺の隣に座りたいエルフなど思惑は様々だろうが誰を選んでも禍根を残しそうだ。
「ですが俺の隣にはジノリコーチに座って貰おうかと」
「わしはイヤじゃぞ?」
「はぁ!?」
俺のオファーはドワーフの才女から即座にお断りを受けた。それこそ一時のヴィッセル神戸の様に。
「車上で戦術の詰めができますし、歩かなくても良いんですよ?」
俺は困惑しながら幼女に諭す様に言う。余談だがJリーグ界隈には『尚既神断』という言葉があるのだが――一時期、複数のチームから移籍オファーを受けた選手についての報道で『尚、既に神戸には断りを入れた』というフレーズが毎度お決まりの様に書かれていて出来た言葉だ。神戸の補強が迷走していた頃の話だけどね!――今の俺は正にそんな状態だ。
「こんなおっかない生き物が牽く乗り物に乗りたくないし、わしは狭い所が好きじゃないからの!」
「え? じゃあどうするんです? 歩く速度がだいぶ違うと思うんですけど?」
「いつも通り、ザック君に肩車して貰う!」
俺が訊ねるとジノリコーチは何の躊躇いもなく宣言する。いやゴブリンの街では巨大狼の牽く車で移動したやん! とか牛車が駄目でミノタウロスの肩車はセーフなん? とかドワーフが閉所嫌いってなんやねん! とか色々とあるが、見ると彼女と彼の間では既に話がついているようだ。目が合ったザックコーチはニコリと笑って頷いた。
尚既牛諾、尚、既に牛は承諾済みってヤツか。そこに俺が割り込むのは駄目だな。
「じゃあナリンさん……」
次に俺はエルフのコーチの姿を探した。彼女は俺の個人アシスタントでもあるので、むしろ最初に声をかけるべきだったよな。
「……も駄目か」
しかし、さまよう視線がニャイアーコーチのそれとぶつかり、即座に断念する。彼女の目がハッキリと
「百合に割り込む男は死ぬが良い」
と語っていたからだ。うんまあ、木島君――以前も名前を出した、女性同士の恋愛が好きな友人だ――も赦してくれないだろうしね。
「では私と」
「ツンカとだよ!」
「ショーちゃん、困った時のシャマーさんでいこー?」
事ここに至って、我慢強く待っていた3名のエルフが再びアピールを始めた。この中の誰を選んでもマズい。特に頬を髪と同じピンクに染めたシャマーさんなんか一番、危険だ!
「となると……アガサさんだ!」
と、悩む俺に別のピンクが目に入った!
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