ハイプレスハイビスカス
アブリ島の海に大きな夕日が落ちていく。昼間はサーファーの群を弄んだ波も今は穏やかで、優しい風が海の上を走り海岸沿いの細い木々を撫でて去る。大いなる青い海と赤い太陽の邂逅に、多くの住民や観光客が足を止めてそれを見守った。
「楽園、てやつか……」
これはちょっと色っぽい漫画誌ではなく文字通りの意味である。南国で景色が美しく時間がゆっくりと流れている。今もちょうど、部屋のベランダのすぐ下のレストランで篝火が焚かれ初めて歓声が沸いた。
「新婚旅行、ここにして正解だったなあ」
俺はそう呟きながらシーツの上に花びらが散りばめられたベッドの端に腰掛けた。
「何が正解だってー?」
ちょうどそこへ、シャワーを浴び終わった妻のシャマーがやってくる。ビーチの砂と海水を十分に落とした筈なのに、いつも俺を興奮させる彼女の体臭に加えてまだ残る潮の香りが鼻孔をくすぐった。
「君を選んで良かったって言ったのさ」
俺は立ち上がり、全裸の上にバスタオルを巻いただけの彼女の肩にキスをし、その手から別のタオルを奪って髪を拭いてやる。半乾きのピンクの髪が俺の手の下で踊った。
「嬉しいけど……。口だけじゃなくて態度で証明して欲しいなー」
シャマーはくすぐったそうに笑いながら、俺の手を引き背後のベッドへ腰掛けた。
「だから髪を拭いてやってるじゃないか?」
「どうせまた濡れるのにー?」
彼女はそう言いながら、挑発的に俺の目をみつめて片手を自分の胸の谷間へ差し込んだ。いやが上にも俺の鼓動は早くなる。
「そこは濡れないだろ?」
誘導されていると分かっていても口にしないといけない言葉がある。そして口にしてしまった以上、次の行動も決まってしまった。
「じゃあ、どこが濡れるのかお・し・え・てー」
シャマーはそう言って後ろから倒れ込み、シーツが波の様に乱れた。俺はその上に覆い被さり、そっと手をついて彼女にキスをしようと首を伸ばし……。
「あ、花びらが邪魔だな」
手を置いた場所にまかれた花を一つづつ、拾い始めた。
「ん? どうしたの、ショーちゃん?」
「いや、花を潰してしまうと可哀想じゃないですか? 上に乗ってしまう前に全部、よけておこうかと」
俺はそう言いつつ、如何にも南国の花! といった感じの色とりどりの花弁を片手で拾い上げ、片手に貯めていく。
「そんなのいいじゃんー! はやくー」
「いやなんか、こういう細かいモノが落ちていると気になるんですよね。ほらここの並びとか1433のフォーメーションみたいだし」
確か鬼とか妖怪とかは細かいものを拾い数えてしまうので、豆などを撒いておくとそれに夢中になるので魔除けになるとかね。って誰が鬼やねん! 鬼監督ではあるけどさ!
「ん? フォーメーション? 監督?」
ふと、口にした言葉と頭の中で行ったツッコミに違和感を覚えて俺は首を傾げる。
「あわわ! ショーちゃん、花なら私が魔法で一気に集積するからー!」
「ありがとうございます。あれ? でも頭も痛くない。と言うことは……」
俺は花をシャマーさんに渡しつつ、彼女の顔を見た。その表情は、完全にやってしまったー! という感情を表に出していた。
「これは夢ですね、シャマーさん?」
「ううっ……。そうだよー!」
魔術師はそう叫びつつ、受け取った花を空中に投げて後方へ倒れた。途端に周囲の風景が歪み、何もない白い空間になる。
「やっぱりか」
「またしくじったー」
シャマーさんは俯せになり足をドタバタ、枕をドスドスと殴る。俺は着ていたアロハシャツ――ご丁寧に服装までそれっぽい。もっとも今回はその芸の細かさが仇となった訳だが――をそっと脱ぎ、彼女の腰の上に置いた。
「ナリンさんに面会を許可して貰えなかった。だから夢に侵入して様子を見てみよう。あと行きがけの駄賃に誘惑でもしてみよう。そんな感じですか?」
俺はちょっと未練の残るシャマーさんの太股から目を逸らし、冷静に推測を語る。
「それも正解ー。ショーちゃん、良く分かったわね……」
一方のシャマーさんも未練たらたら横目でこちらを睨んできた。それを見ると多少、可哀想な気持ちにはなるが夢の中とは言え監督が選手に手を出すのは赦されない。俺は気持ちを鬼にして言葉を続けた。
「そちらこそ分かって下さい。改めて断言しますが遊びでも本気でも、監督と選手がそういう関係になるのは良くない事なんですよ」
「でもショーちゃんに男としての『そういう気』はないのー?」
「はぁ?」
「ショーちゃん、実は女性にムラムラしないタイプなんじゃないか? とか一部では囁かれているのよー?」
いったい何部で囁かれておるねん。部トラゲーニョか? 部ッフォンか?
「俺のタイプがどうとかは関係なくてですね、行動としてやってはいけないことはやらない、ってだけです」
「ぷいー」
俺としては格好よく言い切ったつもりであったが、シャマーさんの反応は地味なものだった。或いは少し傷ついているのかもしれない。俺が屈しなさ過ぎて自分の魅力に自信を失ったとか。
「まあまあ。本当に『そういう気』が一切無ければ花びらを片づけようとはしなかったですし。気があって、心置き無くしたいと思ったからああいう行動に出た訳で」
俺は自分の近くに一枚、残っていたピンクの欠片を摘み上げながら言った。
「え!?」
「あっ」
失言だった。聞いたシャマーさんが弾けた様に飛び上がり、俺へ抱きついてきた! それだけならまだしも彼女が跳ね起きた際に抵抗の薄い身体に撒かれたバスタオルが下に落ち、白く滑らかな姿態がむき出しになってしまった!
「あった! あったんだー! にへへ……」
「シャマーさんだめです! 落ちてますって!」
タオルがね! 俺の心じゃなくてね!
「うれしー! そっか、心置き無くかー」
「違いますよ! 今のは言葉の綾と言うかですね」
目と顔を逸らす俺の頬に、暖かく湿った何かが押しつけられた。シャマーさんの唇だった。
「おっけオッケー! 嬉しい事が分かったから今日はこれで勘弁してあげるー。ちゅうちゅう……」
それから彼女は思う存分、俺の横顔や首筋を弄び、そして唐突にすべてが消えた……
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