青いピンボール
試合は膠着状態となっていた。アローズが1名少ないドワーフ代表チーム――レイさんの治療中は一時的に同数となっていたがそれでどうなるというものでもない――を押し込み、それでも決定的なシーンは作る事が出来ないでいたのだ。
とは言え前半終了間際、2点差、攻撃の中心が治療中……。この条件で無理をする必要はない。チームのほぼ全員がそれを分かっているから、得点機を作れなくても慌てないでいた。
だがピッチへ戻ったナイトエルフだけは考えが違った。
『おっとドワーフ、ファウル多いぞ!』
ザックコーチが怒りの声をあげる。今度は中盤下がり目の左サイドでボールを受けたルーナさんが反則のスライディングを受け、片方の靴を吹き飛ばされながら地面に倒れたのだ。アローズの左サイドは今、ベンチのすぐ前にある。目の前で行われた反則に他のスタッフもエキサイトしていた。
「ピ! エルフボール!」
審判のストックトンさんは短く笛を吹き、副審さんも旗を振る。これ以上、互いを興奮させないよう極めて簡潔かつ冷静にFKのポイントを指す。うむ、これはナイスジャッジだぞ。
『たぶん最後だからじっくりいこー』
『中のファウルは勿体ないですから……』
シャマーさんとガニアさん、両CBがキッカーとなるマイラさんや周囲に何か声をかけて前線へ向かう。ファウルのあった場所ではルーナさんが座ったまま、そのファウルの当事者であるドワーフのFWトミー選手からの謝罪と握手を受け取っていた。
『ポリンー!』
そのすぐ側に黒い影が現れ素早く足を振った。レイさんだ。まだDFも、味方もセットプレイのポジションについていない中で意表を突いてのクイックリスタート。そのキックのターゲットは恐らくポリンさん。誰もが意識をゴール前の競り合いへ向いた瞬間に、中盤でフリーになっている黄金の右足へパスを送ろうとしたのだ。
ファンタジスタの面目躍如と言って良いだろう。それが上手く行っていれば。
『痛ぇ!』
『なっ!?』
しかしパスの軌道に急遽、派手な青い頭が現れボールを弾き返してしまった! その頭の持ち主? は言うまでもなくティアさんだ。彼女はセットプレイの時は主にカウンター対応員として、最もアローズゴール寄りにポジションを取る。だがこの時は吹き飛ばされたルーナさんの靴に気づき、そちらを拾って渡そうとしていた……のだろう。中途半端に腰を屈めた姿勢から察するに。
だろうとか察するとかが多くて心苦しいが致し方ない。なにせあまりにも多くの物事が同時進行し、大変な危機も迎えていたものだから。その危機とは? ティアさんの頭部で跳ね返ったボールが、トミー選手の前へ転がって行ったのである!
ぶん! とドワーフはルーナさんの手を振り払って走り出した。事態に気がついたルーナさんは咄嗟に素足を伸ばし、トミー選手の足をひっかけようとして……空振りした。まあファウルを覚悟するまでに躊躇いがあったし、座った状態からの蹴りなんてカポエラでもやってないと慣れてないしね。
ただその空振りした足はドワーフFWの代わりにエルフFW、つまりレイさんの後ろ足を綺麗に刈った。
『あっ! ごめ』
『いた!』
ハーフエルフとナイトエルフがもつれている間に、トミー選手はボールを拾って無人のエルフ陣へドリブルを開始する。彼女達の次にボールに近いのは頭部を抱えて倒れるティアさん、そしてその右SBを支えようとするマイラさんだった。
「プレイオン! 誰でも良いから走って!」
俺は審判さんが両手を前に出しているのを確認し叫んだ。あのジェスチャーは地球と共通のもので、意味するところは『一連の流れに試合を止める理由はないのでプレーを続けろ』という事だ。
しかし俺の叫びに反応できる選手はいなかった。かろうじてシャマーさんが走り出しているが、彼女は前述のボールに近い選手たちよりも更に後方で、見ている間に『よりボールに近いエルフの選手』はGKのボナザさんになってしまう。
『くそっ!』
ボナザさんは姿勢を低くし前へ出ながら手を広げる。ドワーフFWはそれほど足下の技術を持っていない。頭上を越す様なループシュートを撃つとか、ドリブルでGKまでかわしてしまうといった選択肢は無いと踏んだのだ。
『えい、じゃ!』
その読み通り、トミー選手は地を這うようなシュートを放つ! そのシュートはなんとボナザさんの太股の下を擦りながら股間を通り抜ける。
『まだあるにゃー!』
ニャイアーコーチが何か叫んだ。見るとエルフGKに触れて僅かにスピードが落ちたボールは、速度を落としてゆっくりとゴールの方向へ転がって行く。
『まだまだ!』
『まけんぞい!』
シュートを放ったトミー選手、シュートストップを試みた際に少し尻餅をついたボナザさんが同時に姿勢を直し、ボールへ向かって走り出した。
再びFWとGKの一対一の勝負。
『ぎゃあ!』
2戦目もドワーフの辛勝だった。トミー選手は僅かだが身体を前に入れる事に成功し、ボナザさんはたまらず彼女を後ろから抱き潰す。
「ピピー!」
小柄なドワーフとチームの中でも長身のエルフが共に倒れるのを見届けて、審判さんが笛を吹いた。ボナザさんを掠めた後、誰にも触れられなかったボールはそのままゴールの中に吸い込まれたが、ドラゴンはその前に反則を認めたのだ。
ペナルティエリアの中でバックチャージの反則。つまりドワーフ代表にもPKが与えられた!
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