加わる銀狼
翌朝。俺はトレーニングルームからグリーティングツアーを始めていた。
「こちらがジムです。選手の中には先にここで汗を流して身体を暖めてから練習にくる、って子もいるので早朝から空いているんですよ」
そう言いながら俺はウエイト器具やヨガマットの類を順番に紹介していく。
「負荷や練習メニューはザックコーチが、栄養状態については奥さんのラビンさんが中心に考えてくれてます。貴女には主に健康状態や負傷について担当して頂くことになりますが、夫婦と上手く連携してくださいね」
俺のそんな言葉に彼女は気負った顔で強く頷き、銀色の波が朝の光に揺れた。
「は、はい!」
「大丈夫。どちらも見た目の迫力に反して、優しいですから」
それを言えば彼女もなんだよな、と俺は目の前のエルフを見ながら思った。長い銀髪、ファンタジーなこの世界の基準で見ても現実離れした美貌、完璧なプロポーション……。俺はフェンリル――元は北欧神話の魔物だが、銀または白色の巨大な狼としてファンタジー系のゲームにしばしば登場する――を想像した。
こんな彼女を前に気圧されない男女はいないだろう。事実、演劇の中でバーのカウンターに座る女に話しかける主人公は、かなりの勇者として描かれていた。
しかし一度、役から離れたら……。今の彼女は新しい環境に怯える栗鼠の様だ。見た目はフェンリル中身は小動物。それがこのデイエルフ、ミガサさんだった。
「誰か来る前に次の主戦場へ行きましょうか?」
俺は昨晩の会話を思い出しながら、そう声をかけて歩き出した。
ニコルさんの依頼はミガサさんをアローズの、しかも人前へ出る方のスタッフへ加える事だった。それこそステフやノゾノゾさんの所属する宣伝部や広報部などに。
「姉ちゃんは素材は良いんだけどよ。度胸と経験が足りないんだわ。それをそっちでつけさせてくれないなか?」
とエルフの国民的俳優は言った。
その分析や根回しの何割が名優としてので見解で何割が身内贔屓かは分からない。ただどちらにせよ何万もの観客の前で話す事が役者さんの芸の肥やしになる事は間違いなかった。
それと、彼のお願いを断り辛いという事も。何せもともとの恩――セレブサポーターとしての後押しや息子さんの存在――に加えて、今回イノウエゴブゾウ氏の無力化というかなり大きな貢献を果たしてくれたのだ。その上、
「ステフとエオンも手伝ってくれるよな?」
と同席した2名にも助力を仰ぐほどの念の入りっぷり。
一方で俺も素早く思考を巡らせニコルさんの要請を受諾する事にした。もっとも、彼の希望を100%叶える訳ではなかったのだが……。
「こちらがメディカルルームです。器具の説明は……俺より詳しいくらいですよね」
「はい!」
医療室に到着した俺がそう言うと、ミガサさんは明るい顔でそう言った。そりゃそうだ。彼女はベテランの治療士なのだから。
「宣伝部の方が動くのが主に試合日前後なので、こちらにおられる時間の方が多いかもしれませんね」
「そうですか! それは何よりですが……負傷者は多いのですか?」
ミガサさんは正直に嬉しそうな顔をしたが、すぐに真剣な顔で訊ねてきた。
「いえ、そうでもないです。どちらかと言うと例のプロジェクトの為に、ね?」
「なるほど!」
それを聞いて彼女は白衣に包まれた胸をなで下ろす。今更ではあるが、今日のミガサさんは動きやすい上衣とズボンの上にお医者さんっぽい白衣を羽織っている。
お医者さん? そう、俺は彼女を医療スタッフとしても見込んでいるのだ。ニコルさんの本意ではないかもしれないけどね。
というのもそもそもの話、宣伝部のスタッフは足りているのだ。裏方ではなく表に立つ側については特に。ステフやスワッグやノゾノゾさんは良い仕事をしており既に人気者になっているし。
そこにミガサさんを割り込ませるのは正直、難しい。しかも今の彼女は磨けば光る素材だが素材に過ぎない。もちろん将来的に出す分には申し分ないのだが。
一方でメディカルチームのスタッフとしては見込みと需要があった。一般的に長大な寿命で様々な経歴を辿るエルフ視点でも、治療士としての50年の経験は誇れるものだ。そして俺は新たなプロジェクトを進めるにあたって、信頼できる医療方面の知識の持ち主を必要としていた。
そこで俺は彼女を宣伝部兼医療スタッフとして雇用する事にしたのである。もちろんこちらの内心は医療スタッフ兼宣伝部ではあるが、そこの部分は正直に言う必要も無いだろう……。
ミガサさんへの案内は浴場、視聴覚室、食堂等々……と続き、最後に監督室でフィニッシュする事となった。
「あ、おはようございますダリオさん」
そこで俺はこのツアーを締めくくるに相応しい存在、ダリオ姫を目にして朝の挨拶をする。
「おはようございますショウキチ監督。それとそちらがミガサさんですね?」
ダリオさんは立ち上がりミガサさんの方へ手を伸ばす。因みに座っていたのは監督用の椅子だ。これは昨シーズンまでは彼女の見事なヒップを収めていたブツなので実に様になっていた。
「ひっ、姫様!? は、はい、宜しくお願いします」
ミガサさんは実に一般国民的反応を見せながらダリオさんの手を握り返す。姫様もこの後、練習なのでジャージ姿だ。それでも気圧されるものがあるのだろう。
「さっそく、契約書の方を進めましょうか? ショウキチさんも手伝って頂けますか?」
「はい!」
俺はそう言ってミガサさんを促して椅子に座らせ、自分は魔法の眼鏡を取り出す。監督になって半年、契約書をチェックしてサインする業務にはかなり慣れてきた。この業務には自信があるぞ!
「ここと、ここにですね」
それからダリオさんが書類を出す、俺が読んで説明する、ミガサさんがサインをする、俺が確認してダリオさんに渡す、ダリオさんもチェックして持ってきていたフォルダーに収める、という作業が何度か繰り返された。
「以上です、お疲れさま! ミガサ先生、貴女をアローズに迎えられて光栄です!」
「そんな! こっ、こちらこそ!」
しかし最後には再度、握手の手が伸ばされ慎ましやかに上下に振られた。無事、契約締結だ。
「そんなに恐縮しないでください。貴女には私の身体の全てが、足の速さからお尻のサイズまで知られてしまうんですから! ね?」
ダリオさんはアガサさんの緊張を解くようにそう笑い、最後に俺の方を見てウインクした。
あーこれはさっき考えていた事を見抜かれていたな……。
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