別のボックスシート
俺のいた高校は普通の男子校だがそれでも文化教育やなんやで演劇を観た事はある。市民文化芸術会館で『12人の怒れる男』やらなんやらを。
しかし今回、招待された公演はそれとはレベルが違った。まずホールがかなり大きく、その建物そのものが芸術作品のような劇場だ。王都の建築物の例に漏れずクリスタルっぽいもので構築されたそれは、魔法の制御で刻一刻と色を変えながら見上げる人々の心を揺り動かしていた。
そして中に入ってみれば、今度は美しく飾られた内装が客を迎え立ち止まらせる。演劇を観る前から、自分がその世界観の中へ入ってしまったかのようだ。
敢えて近いモノを探して言うなら……関西が誇る一大エンターテイメント、宝塚だろうか? いや俺も行った事はないんだけど。でも関西ローカルのTVを観ていると、何かと縁があるよね?
「ようこそ! お待ちしておりました。ご案内いたします」
そこへすっ、と案内役のエルフ女性が現れ挨拶し、俺たちの注意がこちらへ向くのを待ってから前を歩きだした。
「あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言いつつも少し首を傾げる。この女性、俺たちのチケットを確認していないよな?
「(なあ。俺、チケット見せてないよな?)」
「(エオンだから顔パスなんですっ!)」
「(違う。さっきの場所に魔法の確認装置があったんだ)」
小声で俺が訊ねるとエオンさんとステフがそれぞれの見解を述べる。たぶんステフの方が正解だろう。
「こちらになります」
そんな事を言っている間にエルフ女性が案内したのは、なんと3Fのボックス席だった。小部屋の中に豪華な椅子が3脚ほと並べられ、軽食や飲み物を置くテーブルもある。流石にドアこそ無いがカーテンがあり廊下からの視線も遮られるようになっている。
こんなの政治家やマフィアのボスが座ってオペラを鑑賞する時にしか使用されないと思っていたぞ……。
「後ほど係りが軽い物をお持ちします。ごゆっくりお楽しみ下さい」
驚きの展開に固まっている俺にそう声をかけ、エルフ女性はさっと姿を消した。その動きがスムーズ過ぎて俺にはチップを渡すタイミングも、そもそも手に用意する暇すら無かった。
「なんだ? チップを渡すフリをして指を触るのができなくて残念か?」
「エオン、真ん中の席が良いのですっ!」
俺の横を通り過ぎながらステフがそう笑い、エオンさんがさっさと席につく。
「違うわ! てかステフ、勝手に心を読むな! エオンさんは好きにして下さい」
自由過ぎるエルフ達にそう言い、俺も中へ入る。実際にやろうとしていたのは例の船着き場でみせたスムーズな握手&チップ渡しで、指を触ったりはしないんだよ?
「まあ残念ながらこういう所ではチップはお断りされるんだがな」
ステフはそう言いながらエオンさんの右となりに座った。
「いやそういうの先に教えておいてくれよな?」
俺はそんなステフに苦情を言う。そもそもこういう文化に詳しいエルフだから色々と指導してくれるだろうとこの2名を選抜して連れてきたんだが、人選ならぬエルフ選を謝ったかもしれない。
「それで俺は……そっちか?」
『11人のボールを蹴る女、を率いる1人の怒れる男』である俺は自分の判断ミスを悔やみつつ、残った席に座った。
それからまもなくして、何種類もの軽食と飲み物がワゴンに乗って運ばれてきた。好みは聞かれなかったし注文するタブレットも無いしどうするのかな? と思っていたがこの中から見て選ぶ式か。親切だな。
「ひゅ~。高い酒もあるじゃん!」
「えっと、エオンはこれとこれとこれっ!」
ステフとエオンさんは歓声をあげながら次々と選び取っていく。
「ステフもエオンさんも程々に。でないと寝てしまうかもしれないから! あとエオンさんの方は食事のコントロールも忘れずに! 明日は能力測定ですよ!」
ボックス席の小さなテーブルに次々と積み上げられて行く飲食物を見て、俺は両者に注意をする。アスリートにとってシーズン中の食事コントロールは非常に重要だ。以前、Jリーグのあるチームの監督は日本人選手が白米を食べ過ぎるのを忌避して、チームから出す米を玄米オンリーにした事すらある。
「大丈夫ですよプ……監督さんっ! エオンはプロのアイドルなんだからっ!」
「そこはプロのサッカードウ選手だから、って言って欲しかったです」
あの監督は玄米のエピソードで有名になって『玄米法師』って渾名までつけられたんだよな、と思い出しながらも俺は静かに付け足した。あまり激しく言わなかったのは、あのエオンさんが俺の事をちゃんと『監督』と呼んでくれたからである。
「おお、始まるぞ!」
ステフが酒のボトルでステージの方を指す。彼女の言う通り、場内が暗くなり反対に舞台の方が明るくなっていく。それはそうとあの、こういう所の飲み物ってグラスとかで貰うものじゃないんですか? なに瓶ごと貰ってんの!?
「エオンこの演目、観るの初めてですっ! 何をやるんですっけ?」
エオンさん、本当に自分以外に興味無いんだな……。
「静かに!」
俺は諸々のツッコミを諦めてそれだけ言うと、これから始まる演劇に集中する事にした。こんな高そうな劇場の高そうな席で演劇を観るのは初めてだ。勿体ないからしっかりと観劇する事にしよう。
それに後で楽屋にお邪魔した時、劇の中身についてちゃんと話せないと失礼だからね。特に、同伴者2名が全く当てにならない今の状況だとね……。
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