アイドルと芸人を連れて
翌日、水曜日は久しぶりに午前午後と穏やかな時間を過ごせた。アリスさんご一家は昨日の間に城から彼女の家へ直帰したし、今日の練習もコンディション調整が中心で特に手のかかる事もなかったからだ。
世間の喧噪から物理的にも精神的にも離れ、森の中のクラブハウスで静かに肉体と技術を養う……。正に理想の環境だ。ずっとここでこうしていれればなあ。
「はあ。行きたい様な行きたくない様な……」
俺は居残り練習している選手たち――明日はフィジカルの測定をするから疲れが残らないように! と厳命している。それでもボールを蹴りたがるのが選手というものだ――を監督室の窓から眺めつつ、ため息をついた。
昨日に続いて今日も、俺はクラブハウスを離れ王都の方へ出向く用事ができているのである。
「あらあら、プロデューサーさん! エオンとのお出かけに緊張しているのっ!?」
そんな俺の背に場違いなアニメ声がかかった。本日の同伴者その1、エオンさんだ。
「いや貴女じゃなくて今日、会う相手にですよ」
俺は戸口に立つデイエルフの方を向いて言い返す。今日のエオンさんはややフォーマルな金色のドレス姿だ。さすが腐ってもアイドル、なかなか様になっている。
「別に大したエルフじゃなくってよっ! 普段はふつうのオジサンなんだからっ」
「そりゃまあエオンさんからしたら親戚のオジサンみたいな距離感でしょうけど」
そう言う俺もスーツ姿だ。何か学生の学生服並に全ての局面でこれ着てるな俺。でもエルフの冠婚葬祭やTPOに会わせた服装って難しいんだよ。
「あ、あとプロデューサーさんじゃなくて監督、です」
「監督? あのおじさん、監督もやってたかしらん?」
俺の訂正を誤解し、エオンさんは指を顎に当てながら首を傾げた。
「彼じゃなくて俺の役職です!」
「おーいショーキチ!」
そこへステフもやってくる。本日の同伴者その2も普段の芸人衣装より落ち着いた服装だ。
「準備できたか?」
「万全ですっ!」
こちらが口を開くよりも先にエオンさんが返事をする。つくづく自分が主役でいたいエルフだ。しかし、この後で会う大物の前ではそんな彼女も霞んでしまうだろう。
「じゃあ、会いに行きますか」
ここらでエオンさんから主導権を取り返そうと、俺はゆっくり溜めて言った。
「エルフの大俳優、ニコルさんに!」
チケットと招待状かつ私信をアデスさん経由で贈ってきたのはニコルさんだった。ん? 誰? 面識無いよなって?
そう、彼と俺が直接、触れ合った事は一度もない。観客席に座る彼と俺の目が合ったことは何度かあるらしい――と、私信には書いてあった――が、それを言うならば俺は何万ものエルフと知り合いという事になってしまうだろう。
しかしニコルさんの名前は何度も聞いている。噂で、知識として、そして何よりも息子さんの口から。エルフの国民的名優ニコルさんは、あのアローズ熱烈サポーターであるジャックスさんの父親なのだ。
職業推定ドラ息子のジャックスさんは今シーズン、アローズの試合については皆勤賞でアウェイにも必ずやってきている。俺が立ち会えなかったトロール戦もそうだし、聞くところによるとここ20年ずっとスタジアムへ通っているそうだ。
一方、父親の方はそこまでは来れていない。売れっ子俳優だけあってスケジュールはキチキチなので、都合の良い時だけなんとか……くらいのペースだとか。そもそも彼がそれだけ稼いでいるから、ジャックスさんが放蕩息子をやっていられるのだが。
とは言えサポーター歴はしっかり50年で、そこは息子さんよりも勝っている。アローズの発足から全盛期、そして近年の低迷に至るまで全てをその鋭い眼光で見守ってきた。筋金入りのサポーターさんなのだ。
まあ、エルフだからそんなファンそこそこいるが。だが彼ほどのセレブが有名サポーターであるのは非常にありがたい事だ。
それはそうと。そんな彼から招待状が届いた。公演を観て欲しい、その後で楽屋に来てちょっと話さないか? と。指定された日時は受け取った日の翌日夜だったが、俺は迷うことなくそれを承諾する事にしたのだ。
いや誘いが来たから言うんじゃないけど、もともと俺の方からお会いしに行った方が良いかな? とは思っていたんだよ? 息子のジャックスさんには非常にお世話になっているし。
ジャックスさんと彼が率いるサポーター連合、最後まで声を枯らして応援し続けてくれるし負けてもブーイングしないんだよね。それに俺に興味をもってくれて日本語も勉強してるし。
あ、あと多種多様なサポーター集団をまとめて――残念な話、地球では分裂応援をしているサポーター集団もたまにあるのだ――もいるし。これは何気にスゴいことだ。
その辺りは父親譲りのカリスマって事なのだろうか? 会ったら聞いてみようかな……。
「うふふ、プロデューサーさん! 夜景をバックにしたエオンに見とれちゃってる感じっ?」
前方からハシャぐ声がして、俺は我に返った。今、俺たち公演を見に行くチームはディード号で大劇場の方へ向かっている所だ。
「まあ、夜景は綺麗ですよね」
夕方以降、俺の家の近くの桟橋から出発し王都へ向かうともれなくこの夜景に遭遇する。テレポートの魔法やグリフォンでは味わえない、船ならではの光景だ。
「空から行けば楽なのによー。スワッグなら3人くらい楽勝だぞ?」
一方のステフは退屈そうに湖面を指先で叩いた。彼女はいまさらクリスタルの街が夜空へ放つ光に興味がないらしい。本当にバードか?
「せっかく綺麗なドレスを来ているのに、風で着崩れたら台無しじゃないか。お前も似合ってるよ?」
俺は宥めるようにおだてるように、そう言った。だがここだけの話、エルフのセレブはグリフォンに乗っても服装が乱れない秘技を持っている。ダリオさんとか。その秘訣を知りたいような知らなくても良いような。
「ねえねえプロデューサーさん! エオンの方は!?」
そこへ再びエオンさんが割り込んできた。俺は舵の方向を変えつつ、この日何度目かになる注意を口にする。
「プロデューサーじゃなくて監督です! あっちに着いたら絶対に間違えないで下さいね!」
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