再現を越える
「ほれキッス! キッス!」
「「キッス! キッス!」」
「くっちづけ! くっちづけ!」
「「くっちづけ! くっちづけ!」」
レブロン王――そのはしゃぎっぷりから彼がドーンエルフの王であるのはもう間違いなかった――のヤジは記者連中の心を掴み、いつしか会場は実演を求める声の合唱に包まれていた。腐っても王様だけに人身掌握術は何か長けているんだよなあ。
「いやでも流石にご両親の隣では……」
しかしこいつもダリオさんの父親の癖に人の心はないのか!? いやエルフだけど! と思いつつ俺は反論を試みる。
「まあ、でもそれくらいなら。ねえ? あなた?」
「んんん~。まあそれぐらだら~」
しかしアリスさんの母親、シンディさんは承諾の構えをみせ、父親のターカオさんも不承不承といった感……いやあれは認めてないな。ただ大勢の前で、心の狭さを見せたくない感じだな。
「アリスさん!」
「はぁい……」
ならば本当に素早くさっと済ませてしまうか! と覚悟を決めてアリスさんの名を呼ぶと、ドーンエルフの女教師は潤んだ目と赤く染まった頬でこちらを見上げてきた。
いや、あの、そんな雰囲気出さないで!
「いやちょっと待て!」
そこへまさかの助け船がやってきた。ステフだ!
「いくら無難なキスとしてもいきなりやられるとこちらも照れるし、撮影の準備もいるからよ! タイミングを作ってくれよな!」
あれ? ちょっと助け船にしては怪しいな?
「そんなの要るか? 要りますか?」
「それでは司会のステフさんにカウントダウンして貰ってはどうでしょう?」
『撮影』という単語を聞いてどどっと動き出した記者連中を横目に、ナリンさんが提案を挟んだ。ってそっち方面の提案なのね?
「それじゃあ色気ないじゃん! 何か別れ間際っぽい台詞を言い合ってからにしないか?」
こいつは確実に助け船じゃないな! 俺はステフを睨んで反論する。
「色気はなくて良いんだよ! そういうキスじゃないって話だろ!」
「確かにその方がトキメキますね……」
いやちょっとナリンさん?
「あと舌を入れるかですけどー」
「入れるわけないでしょうう!」
まだまだ混ぜ返すチャンスを逃さないレブロン王に、ターカオさんが切れて叫ぶ。そのエルフあなたたちの王様だけど大丈夫? いやいいや! そんなこと気にせずもっと言ってやれ!
「入れるけど、エッチじゃない舌なの!」
「いや舌は普通、エッチですよ!」
「舌がどうというよりその時の手の位置がですね!」
アリスさんがターカオさんに何か言う、記者席から誰かが割り込む、そこへまた別の記者が割り込む……と皆が好き勝手に発言し、事態は混沌としてきた。
「(ステフ、ここは司会の鶴の一声で第一部を終わらせよう!)」
その隙に俺はステージを降りて脇のステフに声をかける。
「(なんでだよ!? せっかく面白くなってきたところだぞ!)」
「面白くしたい訳じゃない!」
「台詞の原稿、モウあがりました!」
「いや書いとったんかい!」
俺がダスクエルフにもの申す後ろで記者の誰かがメモを振りながら叫び、思わず振り返って突っ込む。
「拝見します」
「あ、一度そちらのエルフさん同士でリハお願いできるかモウ?」
まだ壇上にいたナリンさんがそのメモを受け取ると、それを手渡したミノタウロスの記者さんがアリスさん達にお願いをした。
「そうですね、では」
「すみません、少し持っていて貰えますか?」
快く承諾したドーンエルフがナリンさんに近づくとデイエルフのコーチはそのメモをアリスさんに渡し、自分の長髪を後頭部でまとめだした。
これは……久しぶりのナリス――ナリンさんが男装する時の姿――さんだ!
「えっ……イケメン……」
当然、初めての遭遇になるアリスさんはその姿に釘付けになる。
「アリス先生からですよ?」
「あ、はい! 『ありがとう! 今日は凄く楽しかった』」
「『そう言って貰えると嬉しいです。実は、少し心配だったから』」
ナリンさんの誘導でリハーサルが始まった。互いに原稿をのぞき込みながら、だから動きは怪しいが台詞はかなりスムーズだ。
「『え? 何が心配?』」
「『こんなに楽しかったの、俺だけだったらどうしよう? って』」
ちょっと待って俺こんなこと言わない!
「『もう! ショーキチ先生、上手いこと言って』」
だから言わないって! てかアリス先生、ご両親に嘘を言う時と違って演技がスムーズだな!
「『上手くとかじゃないです。本心ですよ。今だってほら、こんなに心臓がドキドキ言ってる』」
そう言いながらナリスさんはアリスさんの手を取り、自分の胸に触れさせた。リハでそこまでしますか? あとこのシナリオ、あのミノタウロスさんが中心で書いたんだよね?
「『本当だ』」
「『なんだか恥ずかしいですね、こんな事まで知られて』」
だったらやるなや! そろそろこのシナリオ上の俺にムカついてきたぞ……演じているのがナリンさんだからかろうじて許せるけど!
「『大丈夫! 私もだから。胸を……触らせる訳にはいなないけど』」
アリスさんはそう言ってからかうように笑った。この部分は割と本エルフっぽいな。あの記者さんこの女教師の解像度高いかもしれん。
「『当然ですよ! もう、恥ずかしいな』」
「『でもこっちなら良いですよ……』」
そう言うとドーンエルフはメモからデイエルフの方へ視線を動かし、そのまま顔を近づけた。
え? もしかしてやっちゃう!?
「「おおーっ!」」
ナリスとアリスの唇が――今更だが韻を踏んで良いカップルだな――重なり、記者席から歓声が上がる。その声をバックにエルフ達はキスを続け、両者の手からメモが落ちた。
互いが互いの指先を絡め合っているのだ。たぶん、軽くだが舌の方も。そのシーンを激写せんとメディア陣の魔法装置が唸りを上げて迫り、会場は異様な空気に包まれた。
「んんん~これにて記者会見第一部、完! みなさん、ナリスさんとアリスさんに大きな拍手をー!」
「「ぱちぱち~!」」
それは30秒も続かなかったかもしれない。遂にナリアリの唇が離れた瞬間にステフがそう叫び、記者さんたちは拍手で応えた。
「ブラボー!」
「良いモノを見たブヒ!」
「本講演はこれから15分の休憩に入ります。2部開演までしばらくお待ち下さい」
ダスクエルフは素早くアナウンスを発し皆が一斉に動き出した。無意識のうちに拍手していた俺もその手を止め、壇上の全員を出口へ誘導する。
「良かったです! 控え室でゆっくり休んで!」
そう言いながら最後にターカオさんを送り、そこで初めて俺は気づいた。
あれ? 本番は? もっと正確に言うと俺の出番は?
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