先生の世話をする生徒
シャワーと着替えを終えた俺は食堂へ向かった。チームがアウェイ遠征中も居残りの選手や他のスタッフ、そしてたまたま訪れた選手関係者等の為に食事は提供されているのだ。
「レイちゃんにそれを言われると、私も反論できないんですけどー」
入り口に立った俺の耳に、前述の範囲に収まらない存在の声が飛び込んできた。その声には未成年に説教されて拗ねている社会人、いや社会エルフの無念さが籠もっている。
「あ! ショーキチにいさん!」
「おはよう、レイさん。と、アリスさん」
椅子から文字通り飛び上がりこちらへかけてきた学生服のナイトエルフと、半立ち――やらしい意味ではないし俺の方の問題はもう収まっている――の女教師へ、俺は朝の挨拶を送る。
「もう帰ってきたん? センシャも見ずに!? そんなにウチの事が恋しかったんかいな~」
レイさんはそう言いながら俺の腕を挟み込み、自分たちのテーブルの方へ引っ張っていく。
「もちろん、違います。放して下さい」
柔らかい物体に挟み込まれるのは数時間ぶり二度目なのでそれほど焦ることはない。もちろん、アリスさんの母親であるシンディさんとまだ学生のレイさんでは感触が大きく違うのだが。
しかし今はそれに思いを馳せる事もできないので、俺は冷静に腕を抜いて目の前にいる気まずそうなデイエルフに視線をやった。
「「あの、この度はご迷惑を……」」
完全に異口同音だった。同じ言葉を言いながら同じように下げた頭をさっと上げて、俺とアリスさんは目を合わせて苦笑いをした。
「その前に、あの、お久しぶりです。いや、通信では話しましたけど」
「ええ、お久しぶりです。あの夜は凄く……楽しかったです」
ぎこちなく歯がゆい感じで俺達は再会の挨拶から始めた。
「あ、そうだった。あの晩は、お世話になりました。俺も、とても楽しかったです」
「そんな! 私の方がずっと……」
そこから前回に会った時に遡って互いに礼を言う。なんか、無限にお礼と挨拶と前置きが続いて本題へ入れないビジネスメールみたいだ。
「また落ち着いたら」
「ええ! 次の教材の準備は実はできているんです!」
お互いまだどんな態度で話せば良いか? どこまで踏み込んでも良いか? さぐり合いの様な会話が続いている。だがこの空気感はそれほど不快ではない。願わくば、アリスさんもそうであれば良いのだが。
「なんなん!? ななななんなん!?」
しかし、残念ながら明らかにこの空気に不満を表明するエルフがいた。
「今のウチ、ええ雰囲気の蚊帳の外におらんかった!? 漫画やったしっかり描いた上でうっすいトーン被されているみたいな!?」
レイさんは漫画家と漫画喫茶主人の間に生まれた子供らしい、秀逸な例えで自分の現在の境遇を例える。
「いや、そんなつもりは……。じゃあ一緒に座ろうか」
「ごめん、レイちゃん! ささっ!」
かなり強引に割って入られた形だが、俺達は大人の余裕を見せて対応をした。レイさんはアリスさんに手を引かれ、先程まで自分たちが使用していたテーブルへ戻って行く。
こういうのを見るとレイさんはやっぱり子供だな……。しかも天才らしい傲慢さが無意識に出ている。幼少期からその天分を認められた子って、ナチュラルに
「自分は常に注目されている!」
みたいな思い込みを出すよね?
「アリス先生の寮での世話とか食堂への案内も、レイさんがやってくれたんだよね? ありがとう、助かったよ」
俺も同じテーブルにつき、そこに朝食が並んでいるのを見て今度は礼を言った。
「別に。当然やん?」
レイさんは当たり前の事をしたまでだ、と自分の髪を触りながら言う。非常に子供っぽい部分が残ってはいるが同時に彼女は長女であり、父親の漫画喫茶で店員もしていた。元来、誰かの世話をするのも得意なのだ。
「あのっ! 学院からここに避難させて頂いて、本当にありがとうございます! レイちゃんも!」
アリスさんはそう言ってまた立ち上がり、頭を下げる。この女教師の方はレイさんとは逆に成年でありながら稚気を残しており、あの両親の雰囲気からするにまあまあの箱入り娘だ。どこか少し、放っておけないところがある。
それはそうと、こんな事を繰り返していたら話が進まないぞ!
「そうそう学院と言えば! レイさん、遅刻しない?」
俺は流れを変える為に柱の時計へ目をやってそう言った。
「うわ、ほんまや! もっと話し合い聞きたかった、ちゅーに!」
その言葉を聞いたレイさんは慌てて鞄と幾つかのパン類を掴み、立ち上がった。
「ほなアリちゃん遠慮せずごゆっくりな! ショーキチにいさんに何でもお願いしたらええで!」
そして今度はこちらを向く。
「ショーキチにいさんもしっかりやで! あとウチが今回がんばった分は……こんどまとめて『して』な」
最後の言葉は俺の耳元で囁くように言い、レイさんは黒い疾風のようにこの場を去った。
「いやはや、レイさん学院でもあんなに元気なんですか?」
「ショーキチ先生、『して』って何ですか?」
俺達は今度は同じタイミングで別の質問をそれぞれ放つ。うん、それは聞き取れないで欲しかったなあ。エルフの耳め!
「いやあ、彼女の言葉って翻訳のアミュレットを通すと独特の方言になってて、たまに分からないんですよね~」
嘘である。方言になっているのは間違いないが、彼女のは俺の母国語・オブ・母国語である関西弁だ。ほんまあほみたいにようわかる。
「そうなんですか? レイちゃん、本当にあのまま明るくて元気で人気者ですよ」
アリスさんは少し寂しそうに笑いながら言った。
「ショーキチ先生の事もよく喋ってくれますし、ね?」
「はは。良い所ばかり話してくれれば良いのですが」
「そうですよ? 良い所をたくさん! だから……」
その言葉の最後はかなりシリアスなトーンだった。幸いな事に食堂には殆ど誰もいない。いよいよ、俺達の事について話す時間のようだ。
「はい」
俺は頷き、アリスさんの言葉を待つ。
「だから……困っちゃった」
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