閉ざされたテントにて
「ううむ、これは……」
試合終了後の夜。宿舎のゲルの中でザックコーチと俺は腕を組み唸っていた。
「なんとも難しいですね……」
記者会見の後、そのザックコーチが指導する整理運動を終えて選手を回収しスタジアムを脱出するまでは非常にスムーズに進行し、特に問題などなかった。例の『ニャデムさんが俺に変身し身代わりの囮になって芸能マスコミをひきつける作戦』が成功したからだ。
俺達を悩ませているのは今、自分たちが見聞きしているモノの方だった。
「ニャニーニョ選手はサイズで言えばエルエルと同じだ。だが体幹の強さはクエン並だな」
「ずっと振り回されたシノメさん、『途中で握手をお願いしようかな? って思っちゃました~』って言ってましたよ」
俺はそう笑いながら画面の中のシノメさんを指さす。現在、我ら男二人は夜のスポーツ番組で本日のフェリダエ戦の映像を見直しているのだ。
「それはやって貰えば良かったな。握手の強さでも相手の体幹の強さは推測がつく」
「へーそういうものですか」
俺は杯を握るミノタウロスの腕の筋肉を眺めながら呟く。以前から決めているように試合当日や翌日の分析は御法度である。闘いの興奮が脳内に残り冷静に判断できないからだ。余談だが試合翌日をオフにしているのも似たような理由で、激闘の次の日くらいは選手にリラックスして欲しいからだったりする。運動生理学的に言えば動いた方が良いんだけどね。まあその分、試合後の整理運動もやってるし。
で、あるのに俺達が試合を見ているのは、ちゃんとした解析ではなく普通のサッカードウファンとして酒を飲みながらなら良いかな? と思ったからだ。因みに飲んでいる酒はゲルらしく馬乳酒みたいな代物である。ニャンダフル連邦共和国の広大な大地に住む草食動物の乳から作ったとか何だとか。由来は分からないが、乳にはウルサいザックコーチがグビグビと飲んでいるのだから良い品だろう。
「どう? おっぱい盛れてるかにゃん?」
「うん、良い感じだよっ!」
一方、外からはエオンさんがマイラさんの乳にお墨付きを与える声が聞こえてきた。俺とザックコーチは顔を見合わせて赤面し、人間はスポーツ番組のボリュームを、ミノタウロスは酒を飲むペースをそれぞれ上げた。
これが、俺達が酒を飲みながらフェリダエ族の試合を見ていたもう一つの理由である。この安全地帯の外では水着のフィッティング作業が絶讃開催中であり、俺達はとても素面&無音ではいられないのだ。
何せ明日は久しぶりのセンシャの儀式だ。エルフ達が水着を着用し、泡まみれになりながらフェリダエ族の馬車を洗って回るのである。いやもしかしたら対象は象車か? アレは洗いがいがあるぞ。
それはそうと。センシャの儀式は見せ物として人気であり、中でもアローズのは特級であった。しかも先ほども述べたように久しぶりである。今シーズンは次でまだ2回目――実はリーグ戦3敗目だが、2敗目のゴルルグ族戦後は病気により免除されている――だし。
更に言えばフェリダエ族は美女が大好きである。正直サッカードウで勝つのは当たり前、センシャの儀式こそ本番、と考えているファンも多いとか。
したがって明日の入場券はプラチナチケットと化している。そしてそれを受けて選手達も気合いが入っていた。埃を被っていた――というのはあくまでも比喩表現だが――水着を引っ張りだし、今から入念に見栄えのチェックをしているのであった……。
「あー久しぶりだから手入れ大丈夫かな?」
「ンー。ちょっとダケ、ソッた方が良いかもダヨー」
音声だけなので状況は分からないが、おそらくヨンさんがタッキさんに何か訊ねていた。たぶんポージングの話だろう。俺もあのモンクに武術を習っている時は、良く姿勢を注意されるし!
「酒が無くなってしまったな……」
「あ、ルームサービスを頼みますか」
こんな状況で外へ行ける訳がない。俺は椅子から立ち上がり、別の魔法端末の方へ向かった。
因みにフェリダエから提供されている宿舎は丘陵地域の一角であり、宿泊用のテント等がその中に点在している形である。飲食用のそれは少し離れた所になるのだが、魔法通信で繋がっていて注文すれば持ってきてくれるのだ。
つまり外とはホテルの廊下みたいなものではなく野外で、選手達はそこを水着姿でウロウロとして互いに見せ合ったりチェックしたりしているのである。敷地は広大で境界線には壁があり見張りもいるとは言え、大胆だ。
「あれ?」
と、注文用に端末に触れようとした矢先、画面下の光に気づいた。
「どうした?」
「分かりません! 俺、魔法端末苦手で……」
「よし、見てみよう」
俺が正直に告白すると、どうして良いか分からないこちらの元へザックコーチが近寄り端末をのぞき込む。
「ああ、着信が来ているだけだ。ほら」
そして大きな指で画面をなぞると、その光が徐々に形を変えていく。
「ありがとうございます! 誰だろう?」
巨漢のミノタウロスに道具の使い方をアシストして貰う人間、という奇妙な状態で待つ間に、それはステフの形をとった。
「よーショーキチ! やっと連絡がついたな!」
そして安心したような、ちょっと責めるような口調で話し出す。
「ごめん! 色々とウルサくて気づけなくて。何かあったか?」
ステフは現在の主な役職こそ宣伝方面だが、元は俺やナリンさんのボディガードであり、レイさんポリンさんの保護者でもある。その彼女が連絡を飛ばしてきたのだ。何かの緊急事態かもしれない。
「奇遇だな、こっちもだ! ウルサいのが来たんだよ。親の形をしてな」
ダスクエルフはそう言うと芝居がかった仕草で眉間を揉んだ。
「親!?」
それを聞いて俺は急いで推理を巡らせる。懇親会の後も選手達の親類と連絡はとっており、だいたいの関係は把握ずみだ。
「トンカさんに貰った果物のお礼が届いてないとか? それともロンさんから娘さんのお見合いのセッティングをつつかれてる?」
俺はツンカさんの父親とヨンさんの母親の名を挙げて訊ねる。
「いや、どっちも違うぞ」
「え? じゃあまさかポルカさん? センシャする事になったのを怒ってるとか……」
ポルカさんはティアさんの父親だ。娘と同じくミュージシャンで彼女に好き勝手にやらせてはいるが、同時に安易なドル売り――アイドル路線で売る事――には猛反対している。娘さん、そこそこ見た目も良いのにね。
「ポルカならアタシで対処できるって! 来てんのはセンコーの両親だよ!」
ステフはティアさんの父親を呼び捨てにして言った。そうか同じ業界人、もとい業界エルフだもんな。ってセンコー!?
「もしかして……アリスさん?」
「そうだよ! 他なら良いが、ああいうお堅い職業の関係者はどうして良いか分からん! 頼む……戻ってきてくれ!」
ステフはそう言って頭を下げる。こんなに困った様子の彼女を見るのは久しぶりだ。これは俺が行くしかないだろう。
「分かった。兎に角、急いで帰るから情報をかき集めてくれ」
俺はそう言って通信を切り、振り返って深く頭を下げる。
「すみません……。センシャの儀式、立ち会えなくなってしまいましたー!」
それは本当に、心からの謝罪であった……。
第三十四章:完
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