無くてニャニャ癖
その日の試合が夜開催ではなくデイゲームなのは幸運だったか不運だったか。慌ただしく準備をしている間に時は飛ぶように過ぎ、宿泊所からスタジアムまで移動する時間となった。
「全員、揃っているかな?」
ニャンプ・ノウまでの足も引き続き、異世界の巨大な象が引っ張る象車だ。俺はそれにほぼ最後に乗り付け、車内を見渡した。
「三度、数えました。誰も遅刻していません」
コーディネーターのニャデムさんがこちらの顔を見て報告する。俺はそれに頷いて出発を促した。
「そ、れ、で、は、今の間にちょっとミーティングをば」
動き出した象車に少し身体を揺らされながら、俺はそう口火を切る。準備に忙しかった事の利点はもう一つある。思考が高速化され、あの件についての対策が自分の中でできあがった事だ。
「報道にあった女性との件だけど」
「「えっ!?」」
その一言で、車内全員の目が集まった。
「自分で言うんだ!?」
「それは……話して大丈夫なのですか?」
パリスさんが驚いて呟き、前に座っていたダリオさんが代表して俺に訊ねる。
「ええ。秘密にする事でもありませんし。俺とアリスさんは教師と生徒の関係であの日は居酒屋で勉強会でした。頭を撫でられたのはその流れです。胸に手が触れたのはふざけて彼女が隠したコインを取り返そうとして当たったもので、キスされたのは俺の不注意です。因みに彼氏はエア彼氏らしいですが詳しく知りません。以上です」
俺は弁明がましくならないよう、簡潔に言い切った。
「随分あっさりね。もっと言い訳するもんだと思ってたけど」
「ええ。ただ変な話題で注目を集めてしまって、皆さんに負担を与えてしまうかもしれない事は、申し訳ないと思っています。すみません」
例によって真っ先に口を開いたリーシャさんに答え、俺は頭を下げる。相変わらず、俺の話に脊髄反射レベルの早さで分かり易い反応を返してくれるエルフだ。素晴らしい切り込み隊長ぶりだな。
「それで、ですね。こんなサッカードウ以外の事で気を使って貰うのも悪いので、この後はフリーにしようと思うんですよ」
「フリーって? 今日の戦術?」
「違うよリーシャ! きっとオフの日をまた増やしてくれるんだよ!」
引き続きリーシャさんが訊ね、ユイノさんが続く。これで打ち合わせ無しなんだから凄い。ナリンさん含め、初期から一緒に行動した俺たち4人はやはり特別だな。
「残念! どちらも違います。今から時間をとりますので……」
そうして、スタジアムまでの車内で俺はこれからの対策を語った。
車内で対策を話し合ったものの、スタジアム到着時は特に何か実施するという事はなかった。恐らく報道陣が原因で膨れ上がったギャラリーから声援や質問を山と浴びながら、選手達は無言で象車を降りエントランスへ入っていく。
そして最後に『ショーキチ監督』がタラップに姿を見せると騒音は最高潮に達した。そんな彼も沈黙したまま去っていくのを横目で見つつ、主務に変装し荷物の運搬準備を手伝っていた俺は同じ作業をしているアカリさんに呟く。
「ニャデムさんの変装もなかなかのものですね」
「まあまあの線だとは思いますけどー。動作のコピーはあまりできてない感じー」
そう返事しつつ、変装潜入工作が得意なゴルルグ族はプロとしての矜持をチラリと見せる。そう、あちらから降りていった俺はニャデムさんが変身した俺で、本物の俺はこちらなのだ。
あれ、かなり本物に見えたけどなあ。しかも本人のお墨付きだぞ?
「どこか変でした?」
「ニャデムさん、最前線にいたシコい女性芸能レポーターに目もくれず歩いて行ったじゃないっすかー? 監督のコピーするならそういうの見逃すなし」
アカリさんがそう言うと隣の首のサオリさんもウンウンと頷く。え? 俺そんな風なの!? あと女性が『シコい』とか言うなや!
「え? 俺そんな見てるの見られてる!?」
「みっ、見てる! 動かしているの目玉だけだけど、しっかり!」
「そもそもウチらの偽装を見抜いたのも、ダリオさんとの体型の違いじゃないですかー」
「あ、そうか……」
アカサオにそう言われるとぐうの音も出ない。俺はしてやられたまま、荷物をまとめ続ける。
「ギャラリーも消えたっすね。この調子なら行けるかも」
ほどなくして移動の準備も終わり、アカリさんが顔を上げ周囲を見渡して言った。蛇人の片割れの言う通り、到着ゲートにはもう誰もいなくなっている。
「じゃあ出る時もこんな感じですね」
俺は運ぶ荷物を担ぎながら応える。先ほどのニャデムさんの俺への変身、実は今のタイミングでは殆ど意味は無かった。周囲にはバリケードがあって関係者以外は入り込めないし、報道陣のぶら下がりも許可されていない。
本命はスタジアム入りではなく出る時である。宿舎へ帰る為にはこちらから警護の外へ出て行かなければならないし、インタビュアーが粘ってこちらからコメントを聞き出そうとする時間は幾らでもあるからだ。
その時こそがニャデムさんの真の出番だ。俺やチームとは別に、俺の格好でメディアの前に姿を表し逆方向へ走る。それで群衆が釣られたら、その隙に俺達は宿舎方面へまで脱出する。
一方のニャデムさんも、ある程度デコイの役割を果たしたら物陰などで変身を解けば良い。黒豹の姿でもその辺りのフェリダエ族の姿でもとれば、誰も追って来ないだろう。
つまり言ってみればこれはその時の為の予行練習だった。
「そっすねー。まあ本番までには演技指導もしておくっす」
「ありがとうございます。お礼にそれも持ちますよ」
俺はそう言ってアカサオから一つ余分に荷物を受け取り、共に歩き出した。
だが数m歩いた地点でやはり我慢し切れずに聞いた。
「あの、俺ってそんなに女性の身体、見てます!?」
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