キュートとパッション
「あーいらっしゃい! よく来てくれたね。ドアは開けたままで良いから、座って」
俺はそう言って、入り口でポーズを決めているエオンさんへ椅子を勧めた。
「あとプロデューサーじゃなくて監督です」
そろそろ俺の頭もアルファベットのPの形になってしまうんじゃないか? との危惧を覚えて自分の後頭部をそっと撫でながらそうも続ける。
「エオンの大事な夜の時間を奪ってまで呼んだんだから、きっと大事な話なんでしょうねっ!」
アローズ屈指の演技派MFはいかにも怒っています! という感じにぷりぷりしながらも素直に椅子に座った。ちなみにエンタメとしての演技と相手を実際に騙す為の演技は違う。ゲームによっては前者を「演劇」後者を「演技」とわざわざ違う名前の技能に設定していたりするくらいだ。
それで言うとエオンさんのは「演劇」。つまり真剣に怒っているのではなく、そういう雰囲気を出しているだけである。その目的は……まあ察しがつく。
「ええ、大事な話です。実はエオンさんに……秘密の任務を与えたくて」
俺はその言葉に信憑性を出す為に、少し声のトーンを落として言った
「待ってっ、プロデューサーさん! それってズバリ、試合の前でしょっ!?」
普段はどこから出てんだ? みたいなアニメ声の彼女は今だけ俺に合わせて低い音域で口を挟む。
「お? もしかしてお分かりですか?」
これには正直、驚いて目を見開く。俺は彼女を見誤っていたのかもしれないなあ。まあ食堂であんな騒ぎを起こしたし、予想はつくか。
「まあねっ!」
「では話が早くて助かります。えっと……」
俺はそう言いながら机から資料を取り上げ、エオンさんは立ち上がって腕を振り上げた。
「キックターゲットを」
「コンサートでしょ!」
ん? 俺たちは相手が差し出したもの――俺はキックターゲットの企画書、エオンさんはエアマイクを握った形の手――を見て少し固まった。
「何ですか、それ?」
「これなに、プロデューサーさんっ?」
ようやく時間が動き出した時、互いに口にしたのは質問であった。
「はにゃや?」
「プロデューサーじゃなくて監督、です。あの、先にどうぞ」
演技かリアルか分からない謎の声を出しながら首を傾げるエオンさんに、俺は発言を促した。
「えっと、試合の前のイベントとして、エオンにスーパーライブを開いて欲しいんじゃなくてっ?」
アイドル兼業のエルフはマイク型の手を自分の方へ戻しポーズをつけながら言う。
「え? 何の為に?」
「先週のひっどい音楽で、耳が汚れたオーディエンスの為にですようっ!」
ふむ。彼女が言っているのは音痴大集合のアレのことらしいな。
「あー、バード天国ですか」
「うん! あれで受けた痛みを、エオンのスペシャルステージで癒してあげるのっ!」
いや、アレはアレで終わってみれば楽しかったけどなあ。喉元過ぎれば熱さ忘れる、ではないが。
「残念ながらそれではないです」
俺はとりあえず、エオンさんの推測を否定する。とりあえず、なのは彼女の言うモノの表記の揺れ的なやつが激しいからだ。コンサートなのかスーパーライブなのかスペシャルステージなのか、それぞれにどんな違いがあるのか教えて欲しい。
……いや、冷静に考えたら別に教えていらんわ。TVの音楽番組だって、別に珍しくもなんでもない歌手さんの出演をそう呼んだりするしな!
「ぷう! じゃあ何かしらないけどやんないっ!」
アイドル兼業サッカードウ選手はそう言うと頬を膨らませてそっぽを向いた。ほう、某外国の歌手コンビみたいに出演をボイコットするつもりか? だったらミシェル・プラティニ、じゃなくてミッシェル・ガン・エレファントみたいな代わりを出すだけだが?
「そうですか。観客の目が集まるし、人気も出る任務なんだけどなー」
俺は棒読みでそう言いながら、書類をめくって別の候補を探すフリをする。
「当日のリザーブ選手でキックが上手いとなるとマイラさんかなー。あ、でも控えに拘らないならリーシャさんという手もあるか」
実際には何も書いてないページを見ながら俺が読み上げたのは、エオンさんとキャラが似たドーンエルフと、性格が正反対なデイエルフの名前だった。
「えっ?」
それを聞いたMFは思わず顔をこちらへ向ける。ふふ、狙い通りだ。俺は内心でほくそ笑んだ。
まずマイラさんはエオンさんの数少ない知己である。実際は祖母と孫ほど年齢が違うのだがそれは極秘の話で、表向きには『可愛い』を追求するアローズのキュート担当として――少なくとも当のエルフたちはそう思って――知られている。そんな親友が自分の身代わりになるのは忍びないだろうし、或いは逆に俺の言葉通り人気が出れば複雑な気持ちになるだろう。
そしてリーシャさん。彼女は世代も集団の中でのポジションもエオンさんと近く、あのパッション担当な娘がFWに転向する前はサッカードウ的ポジションも同じだった。客観的に見ればライバル、と言っても過言ではない。
だがエオンさんがリーシャさんをどう思っているかは不明だった。これまで何度かリーシャさんからエオンさんへの見解は聞いていて、彼女が意識しているのは認識していた。ならば逆はどうか?
「リーシャがでちゃうのっ!?」
エオンさんは焦りを隠せない口調で問う。どうやらその答えは明白な様だった。
「ええ、出ちゃっても問題ないでしょう」
俺はやや笑みを浮かべて言う。『出ちゃう』というのはキックターゲットに出場してしまうという意味か、人気かは名言しない。
「分かったわプロデューサーさんっ! エオン、出まーすっ!」
エオンさんはいつになく真剣な目で宣言する。いやーチョロ過ぎて逆に心配になるわこの娘ら。
「ありがとうございます! じゃあ説明しますね」
彼女の気が変わる前に話を詰めてしまおう。俺はさっそく、書類を見せて説明を始めることにした。
あとプロデューサーじゃなくて監督……じゃなくて良いか。今回は。





