オーバーロードの正体
オーバーロード。基本的には過付加や過重積載を意味するが、サッカーでは一部のエリアに極端に人数をかける事を言う。
そもそもサッカーとは非常に『バランス』を気にする競技だ。戦術の歴史の中でも様々なフォーメーションが模索されてきたが、基本的に左右均等に『バランス良く』、全体をカバーする事を良しとしている。試合前のフォーメーション紹介などでもそうだ、あの図はふつう左右対称に描かれている。
しかし戦術の進化の中で、それに異を唱える考え方が出没してきた。特定のサイドに選手を集め、攻めては人数をかけた狭い場所でのコンビネーション、守っては数人がかりのプレスを武器に相手を圧倒できるなら、図にした時に歪な形をしていても良いのではないか?
……と、ここで多少の脚色があった事を白状しておく。実際には、フォーメーション図の通り選手が並んでいない事などいくらでもある。個々の選手によって走力スタミナ好きなエリアは違っていて、自ずとカバーできる広さも異なるからね。あと相手に押し込まれて対応した結果、そうなる場合もあるし。
とは言えチームとして戦い方として最初からそれを狙うのはなかなかに革新的であって、それを自力で思いつきインセクターにぶつけようと考えるあたり、あのドワーフ幼女が天才コーチである事を示していると思う。
で、具体的にどんな形になるかと言うと、最近のアローズのスタート時の基本的なシステムは1442或いは2TOPの片方が中盤に降りる14231ではあるが、作戦発動時は右SBのティアさんが中盤前目まで移動し右WGの様に動く13241とでも言うべきな右&中盤密集の陣形である。前述の通りの効果に加えティアさんの攻撃力を生かす考えだ。
その際にポイントなるのは二つ。一つはスタート時の右ワイド。そこには本来左のアイラさんを置く。彼女は左利きなので右サイドを崩すと言うよりは中へカットインしてシュートやパスを狙い、かつ右のエリアを空けてティアさんが使えるスペースを作る。もう一つはDFライン。ここの左SBにまだ完全でないルーナさんではなくガニアさんを使う。DFが3枚に変化した際にガニア・ムルトという2枚のストッパータイプとリベロのシャマーさん、という分かり易い形にするのだ。
こちらがシステムを変形した際に向こうが対抗して別の形にしない場合、あちらの3TOPとこちらの3バックは同数になる。一般的に言えば守備は攻撃よりも人数を多くし、一人保険として余らせるのが原則だ。だが俺たちは数的均衡を受け入れやり方を貫くことにした。
よく言われるようにサッカーの戦術とは短い毛布の様だ。肩を覆えば足が冷たいし足を覆えば肩が寒い。完璧というモノは無くメリットがあればデメリットもある。割り切りが肝心だ。
そしてもう一つ。インセクターのFW陣はそれほど脅威ではない。ガニアさんがいれば同数でも守り切れる。そう分析したからの起用なのだ。
「そう言って頂けるのはありがたいのですけど、ボール保持時の位置と左足でのパスがどうも不安で……」
「それだったら、『キーパーがボールをキャッチしたら2秒前へスプリント』と『悩んだら右対角へロングパス』だけ覚えておいて、ガニア」
隣で話を聞いていたナリンさんが要点をまとめて助言し、ニャイアーコーチに声をかけボールを貰い素早く実践する。
「ショーキチ殿が対面のWGだとしたら、GKがボールを持った瞬間にこう。身体を内に開いてパスを貰って。こうだと左サイドラインの向こう以外、つまりフィールドの全てに可能性が持てるから。シャマーやGKに戻しても良いし、あの辺りへ右足で……」
ナリンさんは説明しつつ俺の背中側を通り抜けて前に移動し、ニャイアーコーチからのパスをトラップすると右足を振り抜き、美しいサイドチェンジのパスを右タッチ際にいるティアさんへ送った。
「あのエリアならタッチを割っても良いし、相手に渡っても味方が多いエリアだからすぐに奪回できます。それが折り込み済みの戦術……という事ですよね、ショーキチ殿?」
「え? あ、はい!」
説明しながら実演するナリンさんの動きと口振りに惚れ惚れとして、思わず反応が遅れた。やっぱプロは違うなあ。
「ええ、そうです。インセクターは良くコントロールされた、秩序だったスローなサッカードウを好みます。我々は逆に混沌を起こしてその中でスピーディーな勝負を挑みたい。でもどこでも良いって訳ではないんです」
練習前にチームに説明した事ではあるが、俺は改めてガニアさんに言う。もし全体が混沌になれば走力や体力の勝負になり、それでは今までこの世界で主に行われてきたサッカードウと同じだ。だが俺達はもっと高度なプレイを目指しているし、第一今までと同様の戦い方ならインセクターくらい(ごめん!)ならともかく、他の相手に勝ち目はない。
俺達が混沌を起こして良いのは一つ、相手ゴール付近。二つ、こちらが人数をかけている――オーバーロードをしかけている――サイド。三つ、全員が位置と気持ちの上で準備できている場合、だ。
「今の条件がセットできているなら、本当に気にせずガンガン入れて下さい。昨シーズンからガニアさんは何気に良いロングパスを出していましたよね? 良い砲台になりますよ!」
昨シーズンのガニアさんを率直に表すなら、『残留争いのチームで何とか踏ん張っているの守備の要』だ。空に陸にひたすらボールを跳ね返し、相手FWを追い――たまに追い過ぎ――運が良ければ奪ったボールをパリスさんやカイヤさんに渡す。たが数は多くないながらもリーシャさんやダリオさんに良いロングボールを出してもいる。ひょっとしたら『ビルドアップの上手いCB』に化ける可能性もあった。





