それぞれのボスの姿
それ、は牛2頭の胴体を繋げた位の長さのぶよぶよした腹? を持ち、そこをアコーディオンの蛇腹の様に静かに動かしていた。その上には虫らしい脚が2対伸びた胸部があり、しかし虫らしいのはそこまでで、更にその上からは半裸の女性の上半身が生えていた。
不気味なまでに白い肌に青い長髪。その髪が隠す二つの乳房に乳首は――ごめん、気になって真っ先に見てしまった――ない。
目はやや黒眼が大きすぎて怖いが、鼻筋も通っていて美人だとは言える。言えると言うか、その顔立ち表情からは巨大な虫の腹部を持つ女性、という異形でありながら神々しさや母性の様なモノを感じる。
「彼女が現在のインセクターの統合女王、ボクシーなんす」
失礼なくらいその画像をジロジロみている俺にアカリさんが説明を行う。
「彼女が事実上の監督らしいんすよ。ラリー監督はお飾りとかおでかけ様で。アウェイとホームで全く動きが違うんでそこは間違いないと」
ゴルルグ族スカウトの言葉にジノリコーチもうんうんと頷く。しかし俺はまだ情報の整理がついていなかった。
「えっと……なんか凄く人間っぽいですね」
聞きたい事は山ほどあった。しかし俺は取りあえず、気になって仕方がないこの恐ろしくも美しい外見の事から処理したかった。
「そこっすね。なにげにインセクターってあたしらゴルルグ族と同じくらい秘密主義で詳細は分からないんすけど。10年以上前に、突然変異だかもっと前からいたけど姿を現す決意をしたのか知らないっすけど、ああいう上半身を持つ女王が現れてなんかあたしらっぽい言動をするようになったんっすよ」
あたしら、というアカリさんの言い方からするにゴルルグ族ですらエルフ、ドワーフ、自分たち……とインセクターをくっきり区別しているんだろう。
「それまではあんな女王は……」
「確認されていないっす」
俺の確認にアカリさんはあっさりと言い切った。そうか、では急に何かが現れて彼ら彼女らに影響を与えた可能性もあるか。
50年前にクラマさんが、昨年に俺が来た。その間に他の誰かが来て、その時はインセクターにだけ何かの変化を与えた……としても不思議ではない。
「いやいや、ちょっと飛躍し過ぎたか。それはそうと、どうやってあそこから指示を飛ばしているんです?」
「それは分からないっす」
魔法や無線でないのは確実だろう。となると伝令役を走らせているとかなんとか。しかしそれを確認しようにも、観客席をみっちりと埋めた虫さんたちの姿は全ての判別を難しくしていた。
「となるとやはり例のプランか……」
「なんじゃ、ショーキチ?」
俺のつぶやきを耳にしたジノリコーチが無邪気な顔で訊ねる。
「いや、何でもないです。それより彼女らのシステムの話を」
俺は話を逸らす為に彼女の資料を指さして言った。真面目なドワーフはその意図に気づかず、こちらが罪悪感を覚えるくらいに楽しげに話し始めた。
「インセクターは攻撃的な1433の布陣をベースにしながら極めて低い失点率を誇っておる。ワシが分析した所、この矛盾を秘訣となっておるのがじゃな……」
「あーウイングを置いてピッチを広く使うタイプの1433で、フィールドを広く使いながら保持率を高めて相手の攻撃機会を減らし、1点取った後はゲームを眠らせて終わらせる守備的ポゼッションってやつですね。で、たまに奇襲的に1325で中盤の底……」
「ごほん、ショーキチ殿!」
俺の言葉を遮り咳払いしたナリンさんの目配せでふと気づく。視線の先でジノリコーチがチワワ犬の様に涙ぐんでいることを。
「そこに……そこに愛はあるんかい? なんか難しくて分からないなあ~。天才ジノリコーチ、非才なこの身に教えて貰えますか?」
「そうか? 仕方ないのう!」
俺のへりくだった言い方でジノリコーチは瞬時に明るい顔になった。いやはやなんだかんだで俺もインセクターの試合を既に何ゲームか観ているのだ。ナリンさんが止めてくれなかったら、部下の見せ場を奪てしまう所だった。
いや、部下の見せ場と言うか成長の場だな。上の立場にいる者には、割と気が短くてなんでも先に口や手を動かしてしまうタイプもいるが、そういうタイプの下では部下の成長は止まってしまう。
少しもどかしかったり二度手間になったりするとしても、そいつにやらせないといけないケースがあるのだ。この場合はジノリコーチの解説がそれに当たる。
明日以降のトレーニングの現場で彼女は同じことを選手たちに説明しなければならない。その予行練習をここでできるか、或いは俺に言われてしまって意気消沈した状態且つぶっつけ本番でいうか、では大きな違いが出るだろう。





