そして伝説へ
舌を出して逃げるように去ったナリンさんだが、中へ入ってすぐの所でちゃんと俺を待っていてくれた。
「よろしくお願いします」
例によって魔法無効化のフィールドで翻訳アミュレットは役に立たない。ここからはナリンさんの通訳と二人三脚だ。
「はい! であります」
二人で歩調を揃えて相手チームのベンチ前へ向かう。この数十秒間は数多の種族が住まうこの異世界において、ほんの数名だけしか知らない特別で親密な時間だ。
「どうも」
「ウス」
特に翻訳の必要もないような挨拶を交わし、軽くサンダー監督と握手して踵を返す。互いに色々な心理戦を仕掛けたが、今はもう目の前に集中している。このハードボイルドな空気に若干、自己陶酔しつつ俺は自チームのベンチ前へ戻った。
『ピー! 両チーム集まって!』
コイントスが終わり試合直前の軽いボール回しを経て、ドラゴンの審判さんが高台から舞い降りセンターに着地した。これから記念撮影等の儀式だ。
『本日のキックインセレモニーはエルフ王家より……レブロン王、お願いします!』
ノゾノゾさんのアナウンスが入り、コンコースからレブロン王が歩み出て……俺のハードボイルドな空気は一気に霧散した。
「またあのオッサン……!」
レブロン王はそれはもう、ど派手な装飾いっぱいの眼鏡と冠を装着し両手に巨大な団扇を持っている。ナリンさん曰く片方には
『ダリオちゃん! こっち見てウインクして(はぁと)』
もう片方には
『エルフ命! アローズしか勝たん!』
と目にキツイ色で大きく書かれているらしい。
「ダリオさん……大丈夫かな?」
「姫はお強いので大丈夫であります」
俺がナリンさんとそう話す間にノゾノゾさんの合図でレブロン王がボールを二度三度、空振りし、ボケをやりきって満足してからボールをピッチ内へ蹴り入れた。
『レブロン王、ありがとうございましたー! 拍手!』
リザードマンの副審さんがボールを受け取り巨人娘の声でなんとか場が締まり、観客からの声援に答えつつレブロン王が戻っていく。確かそのまま貴賓席に座って応援する筈だ。
「ふう。スピーチとかの無いセレモニーにして良かった」
そう言いながら王の娘さんの方を見るとダリオさんは……見事なまでの「無」の表情でその全てを受け流していた。おいたわしや……。
「ピピーッ!」
審判さんの笛が鳴り、アローズのキックオフで試合が開始された。ドワーフ代表にやられた様にキックオフからのパターン攻撃、ゼーマンアタックをやるチャンスではあるが、徹底したマンマーク指向のオーク代表DFにそれは効き難い、と予想される。
『マーカー確認よ!』
『10オッケー!』
『18オッケー!』
『14オッケー!』
『13オッケー!』
案の定、ペイトーン選手の号令で各DFがアローズのFW及び前目のMFを捕まえ指さし呼称で確認する。DFが一人一殺で相手攻撃陣を押さえ、キャプテンが一人余ってカバーに走る。そして中盤も二次攻撃に備えてあまり前に出ない。それがオーク代表のやり方だ。
「でもそっちばかり気にしてて良ええんか?」
俺はその風景を見て思わずほくそ笑んだ。その間にアローズ攻撃陣は予定された通りの動きをみせボールはハーフライン上のポリンさんへ渡り……
『ポリンちゃんいけるっす!』
クエンさんの声を聞いてポリンさんは右足を力一杯、振った。
「行けーっ!」
ナリンさんが普段のキャラからは想像もつかない声と台詞で叫ぶ。そうだ、ポリンさんはナリンさんの従妹だった。親戚の子のプレイを見守るお姉さんモードが出たのだろう。
と、思う間にポリンさんがシュートしたボールは風に乗って――今日は野外のリーブズスタジアムであり、自然風が吹いている――オーク側ゴールへまっしぐら飛んでいた。
スイーパーであるペイトーン選手へ大声で立ち位置の指示を送り、その後、水筒から水を飲んでうがいしていてポリンさんを全く見ていなかったGKが……開けている方へ。
『ブヒヒ!?』
オークのGKは慌てて水筒を投げ捨て、上空から落ちてきたポリンさんのシュートへ手を伸ばす。
「バーン!」
という乾いた音を立て、GKの指を弾いたボールはポストをかすめてコーナーポスト付近のエンドラインを越えた。
「ああああ、惜しい!」
アローズを応援する皆が頭を抱え、オーク代表を応援する皆がほっと胸をなで下ろした。
「あーくそ、伝説達成ならずか!」
俺は思わずベンチの柱を叩く。開幕戦でルーキーが開始1分以内にハーフライン上からのシュートを決めれば間違いなく伝説に残ったろうし、チームにも勢いが出る。
ポリンさんは練習試合のデス90で似たようなゴールを決めているし、オーク代表のDF「には」キックオフの不意打ちが効かなくてもGKなら通用するのではないか? と考えて仕込んできたプレーだったが……残念だ。
「手を弾いてでも入ると思ったんだけどなあ」
「オーク代表はみな膂力がありますし、GKとなれば尚更であります! ……とニャイアーが」
俺の仕草や表情から察してかニャイアーコーチが先んじて解説をし、ナリンさんが通訳してくれた。
「なるほど」
「ワンモアタイム! ワンモアチャンス!」
コーチ陣がそんな風に和んでいる間にも、選手は気落ちする事無くお決まりになった声を掛け合いセットプレーの準備へ向かう。そうだ、まだCKがあるんだった。
「じゃあまあ、いっちょやったりますか」
俺はニャイアーコーチに合図をすると、ナリンさんを伴ってコーチングエリアぎりぎりまで歩いて行った。





