サンドーできないやり方
例によって試合前の準備、審判団やマッチコミッショナーさん達との打ち合わせ、道具の設置などがてきぱきと行われ、俺はそれらをベテランに任せなるべくそれの邪魔をしないように立ち回るフェーズとなった。
正直、やる事があまり無いのでおやつとして用意して貰った干し芋を齧りながらスタジアムの様子をモニターで伺う。今はちょうどスタジアム演出部が企画したイベントで子供達がPK合戦を行い、MC――マンチェスター・シティではない。マスター・オブ・セレモニーだ――のノゾノゾさんがそれを盛り上げる。適時、子供や観客席をイジり笑いを巻き起こす腕は流石だ。もちろん、サッカードウの中身でお客様を感動させたい気持ちが一番ではあるが、スタジアムは非日常の楽しみがある「場」でもあって欲しい。その為にはこういう催しも非常に大事だ。
ノゾノゾさんはその点ではかなり大きな戦力と言えた。いや物理的に大きいだけでなく。可愛く気さくで子供受けもよく、喋りに機転も効く。また今日はホットパンツめいたズボンにヘソ出し見せブラにお化粧もバッチリで、大きなお友達も大満足だろう。これなら試合に負けてもお客様には満足して帰って貰えそうだな。
「いや負けたらダメだし!」
俺は干し芋を噛み千切りながら自分に突っ込んだ。ちょうどモニターとして設置した魔法の水晶球には負けたら困る存在がもう一名、映っていた。そろそろ試合開始1時間前かな? 俺はナリンさんを伴ってピッチコンディションを確認するべく、コンコースの方へ向かった。
『リーシャちゃん! いったいどういう事なの!?』
『チームの事情だから対戦相手のあんなには教えられませーん!』
俺とナリンさんが砂かぶり席に差し掛かった時、ペイトーン選手とリーシャさんはそんな会話をしていたらしい。
まず『砂かぶり席』とは何じゃい? という話だが、説明すると元は大相撲に存在する土俵に極めて近い席の事だ。文字通り取組の最中に飛んだ砂がかかってしまう、時には力士さんの身体まで飛んでくるくらいの良席でお値段もかなりする……らしい。
転じて、サッカーや野球でもグランドのすぐ前に特設のベンチ等を置いて『砂かぶり席』と称して販売するようになった。特に陸上競技場でスタンドとピッチに距離がある場合は、座席を陸上トラックの上に設営し易いし近さも実感できるとあってかなり人気の席種だ。
俺は常々、リーブススタジアムにもっと金の取れる座席、VIP席や接待スペースなどを常設したいと思っていたが、それには費用も建設工事も必要となる。だが砂かぶり席なら導入も容易だ。ついでに同じ席に、その日の試合には出場しない或いは出場停止処分などで出場できない選手を座らせ、『選手と一緒に観戦できる!』として売ればファンサービスと販売促進もできる。
と言う訳で今回は作戦的理由ではあるがリーシャさんが担当となり、追加料金を払って席を購入した熱心なファンと席を並べているのである。
『ショーキチ監督! リーシャちゃんがなぜ欠場してここに!?』
俺たちの到着に気づいたペイトーン選手が血相を変えて――と言ってもオーガの血をひいたオークさんなので正直あまり分からない――俺を問いただしてきた。
「なんて? まあ予想はつくけど」
「何故リーシャが欠場した上にここにいるのか? と」
例によって既に魔法無効化のフィールドがドラゴンさんによって展開されており翻訳アミュレットは機能しない。俺はナリンさんの通訳を介して会話を続ける。ちなみにペイトーン選手、エルフであるリーシャさんの兄リックさんと結婚しているだけあって、エルフ語もいけるようだ。
「理由は公表できないけどリーシャさんは欠場でして。彼女を期待して観戦に来たお客さんに悪いので、この特設席でファンサービスして貰っているんですよ」
俺はそこまで言うと、ナリンさんの通訳を待ちながら他のブロックも見る。そちらにも朝、トレーニング室で会った他のベンチ外の選手がいて、幸運な観客と談笑したりしている。
何名かは戦術的理由だし何名かは魔法でも治療し辛い小さな負傷による理由でここにいるのだが、その点だけは話さないように厳命していた。そう言った情報がどこで相手に伝わるか分からないからだ。
何せ地球の某反町元監督なんかは、相手チームの有料メールマガジン――トレーニングの様子や選手の調子をファンサービスとして発信していたらしい――に会員登録して課金して情報をゲットしていた……という伝説があるくらいだ。必要があればそこまでやるのが監督という種族だ。
「事情は分かったけど、リーシャちゃ……リーシャはそれで辛くないのでありますか? と」
ナリンさんが俺の言葉を伝え、ペイトーン選手の反応を再び通訳してくれた。
「それは俺より本エルフに聞かないと。リーシャさん、どんな感じ? 快適かい?」
俺がそう訊ねナリンさんが通訳すると、リーシャさんは周囲を見渡しながら何か言った。
「なんて?」
「とても快適で楽しいと。こいつら……このお客様たちは頼めば食べ物も飲み物も持ってきてくれる、監督も要りますか? と」
言われてよくお客様を見渡すと、このブロックはリーシャさんの個サポーターが多数おり日傘で日光を遮り大きな葉っぱで彼女へ風を送り、合図があれば飲み物を差し出している。これはもうリーシャさんがファンサービスしていると言うよりも、ファンが彼女にサービスしているようだ。
「俺は飲み物はいいや。それより砂かぶり席担当選手、当日発表なのにサポーターの皆さんよく手に入れたね?」
訳あって水分を控えている俺は飲み物を断り、周囲のお客様に訊ねた。
「発表されてから急いでトレードしたそうであります」
「うわ、行動力あるなあ!」
今回は問題なかったようだが、アローズの人気が上がっていけば、チケット問題はいずれ必ず起きる。そうなる前に公式ショップを介してお客様同士がトレードできるよう、専用の仕組みなりブースなりを設置する必要があるかもな……。
「そういう訳なのでペイトーン選手、ご心配なく。あと賭は引き続き有効なのでそちらもご心配なく」
俺がそう言うと同時にベルの音と場内アナウンスが流れた。たぶん、ピッチ内ウォーミングアップ開始の合図だな。俺は別れの挨拶まで含めてナリンさんの通訳を待ってペイトーン選手が頷くのを確認してから、その場を後にした。さあここからまず一仕事だ。





