キックオフセレモニーの乱
あの晩から六日後、そして|エルドワクラシコ《エルフvsドワーフの試合》から一週間後。俺とリーシャさんはアーロンのメディア向け催しの特設会場にいた。
「キックオフセレモニー」と題しホテルをまるまる一棟借り切って行われるそのイベントにはリーグ1部2部全てのチームの監督と注目選手が集合し、それぞれ割り当てられたブースにユニフォーム姿で座っている。しかも全員、言語翻訳の魔法のアミュレット配布だ。太っ腹!
まあそれだけ広報を重視しているという事なんだろうけどな。良い事だ。更に言うと「メディア向け」と称したものの、抽選に当選した幸運な少数のファンも入場しており、彼ら彼女らはそのブースを次々と訪れては目当ての選手のサインをゲットしていた。
「え? 記念撮影も? はぁ~」
「リーシャさん笑顔笑顔!」
その『ファンの目当ての選手』には当然リーシャさんも含まれており、ドワーフ戦で活躍した彼女はまあまあの注目株でファンの列もなかなか途切れなかった。
「俺が撮りますよ! どんなポーズが良いです?」
「あ、ありがとうございます! じゃあ手はこんな感じでお願いしますワン……」
いましも二足歩行の狼種族、ガンス族の青年が肉球のある片手を器用に前に差し出し、リーシャさんの横に立つ。
「はい、了解です。ほら、リーシャさんも真似して!」
俺は愛想良く笑顔を浮かべながら応対し、リーシャさんにも指示を出す。気分は宣伝カメラマンで監督の威厳は何処へやら……と言った感じだが、正直そんなものよりチームの注目度や選手人気の高さの方が重要だ。まして貴重な他種族のファン。この機会を逃す手は無かった。
「いきまーす、3、2、1、はい」
エルフ族のものでない魔法の手鏡の操作に多少、苦労しつつもシャッターを切る。
「どうぞ、確認して下さい……あっ」
ガンス族の青年に手鏡を渡し、撮影したばかりの画像を共にチェックしようとして……俺は眼を覆った。
なんとそこには、つまらなそうな表情で親指を立てたポーズをとるリーシャさんと、彼女と協力してハートマークを作ろうとして……むなしく左半分だけを作っていた、ガンス族青年の悲しい姿があった。
「ちょっとリーシャさん! 同じポーズしないとハートにならないでしょうが! すみません、撮り直しますね……」
「いえ! むしろご褒美です! ありがとうございますワン!」
平伏しリテイクを申し出る俺に対し、しかしガンス族の青年は耳を立てしっぽをブンブンと振りながら礼を言って走り去った。
「ふう」
「ふう、じゃないですよリーシャさん」
溜息を吐きながら椅子に座るリーシャさんに少し説教を始める。
「今日は貴重なファンサービスの日なんですよ? リーグが始まったら暫くこんな機会は無いんだから。もう少し機嫌良くして下さい」
「ふん。アイツらはこういう風なのが好きなの、知ってるし。今のも喜んでいたじゃない」
「いや、まあ、そうですが……」
実際アローズ全体は兎も角、彼女個人のファンについてはその通りだった。プレーもファンサービスもドSな彼女についたファンにはMが多く、種族的にもガンス族やゴルルグ族やリザードマンの様な指揮系統がしっかりした、命令されるのが好きそうなヤツが大半だった。
「何よ?」
「別に」
見つめる俺にリーシャさんはポニーテールの髪をポン、とこちら側へ直し挑戦的な視線を送る。悔しいが力強くて綺麗だ。
「ただ、今日は美人度が高いなーって」
今日のリーシャさんは化粧や肉体のコンディションを含めてかなり「仕上がって」いた。理由は幾つかある。
一つは、シャマーさん――計画を説明した後は喜んで協力し、また行方不明の選手も簡単に呼び寄せてくれた――が己に使うつもりだった化粧品などをリーシャさんに流用して、上手くメイクしてくれたこと。化粧と言えば森に潜んで獲物を狙う時の匂い消しと迷彩しか知らなかったリーシャさんは、ありがちな表現で言えば磨けば光る珠だった。
「なっ、なに言ってんのよ!」
照れるリーシャさんに俺は追撃の一撃を送った。
「これならお兄さんもドキドキするんじゃない?」
もう一つは、オーク族の注目選手としてペイトーン選手が来て、それに旦那さんでありリーシャさんの兄でもるリックさんが来るんじゃないか?ということ。
苦々しげにリーシャさんが告げた内容によるとペイトーンさんとリックさんは非常に仲が良く、試合やイベントにもしばしば同行して来るらしい。両者の結婚以降、あまり顔を合わせていないリーシャさんは、少しでも綺麗になった自分を兄に見せたい……と思って頑張ったのだ。
くっ……。ブラコンだが泣けるじゃねえか……。
「別におにい……リックが来るから綺麗にしたんじゃないわよ。チームの代表として、恥ずかしくない程度にしなきゃって」
「おにい……リックさん来るといいね」
リーシャさんが守勢に回っているのは珍しい。俺は嬉しくなってニヤニヤと笑いながら彼女の顔をのぞき込む。
「よう、にいちゃん!」
と、その背中に重いものがのしかかり、陽気な声が聞こえた。





