千葉県ではない
『なんだと……まだ……』
そういう目でポビッチ監督はじめドワーフ代表のコーチ陣は目の前の試合を眺めていた。そんな余裕は無いが、選手達も同じ気持ちだっただろう。
それくらいアローズは、エルフの選手は走り続けていた。本来であればスタミナや身体の強さはドワーフ代表の武器だ。テクニックやスピードや創造性では勝るエルフ代表だが真剣勝負で激しく身体をぶつけ合う間に疲れ果て、最後はドワーフの根性に負ける……。それが近年のエルドワクラシコの定番だった筈だ。
だが今日はその部分でも逆転している。理由は三つ。一つには先ほどから見てとれたコンディショニングのミス。この試合へ向けて気合いを入れる、と言えば聞こえは良いがポビッチ監督は練習の負担を上げ過ぎた。彼が指揮する選手達は試合の前から疲れていたのだ。
二つ目は前半途中でも感じたエルフ達の成長。ザックコーチによる厳しい指導、奥様のラビンさんの提供する栄養満点の食事、エルヴィレッジの素晴らしい設備で過ごす休養。これらによりエルフ達のフィジカルは短期間で飛躍的に向上した。正直、効果が出るのはシーズン後半だと思っていたのでこれはかなり意外だ。
そして三つ目、試合展開。「勝っている時は幾らでも走れる。たまに、ずっと試合が終わらなければと思う時もある」という選手もいるが、アローズはいま全てにおいてドワーフ代表を圧倒し、それでいて戦術的に無駄なスタミナを消費していない状態だ。本当に羽根が生えたような気分だろう。
それらがある以上、このまま放っておいてもあと1点くらいは穫れるかもしれない。だが俺はまだドワーフ代表を追いつめるつもりでいた。
『よーし、ゴーだよー!』
ダリオさんのミドルシュートが残念ながら真正面に飛び、GKがキャッチして時間を使いながら右SBへフィードした所でシャマーさんが号令をかけた。
「びゅーん!」
と実際に口にしながらルーナさんがその右SBへまっすぐ守備へ行く。慌てたそのSBは急いでそのボールをCBにパスし、直後に後悔と絶望に襲われる。
ドワーフ代表のCBは三枚。その三枚にアイラ、リーシャ、ダリオがピッタリ張り付き、左SBにすらもパリスさんが迫っているのだ。
「これがマエハマ……でありますか!?」
「|ディズニ○ランドがある所《舞浜》じゃありません! 前ハメです!」
俺は思わず凄い早口で突っ込んだ。
守備のマンツーマンと聞けば、一般的には「FW一人につきDFが一人、守備につく」というイメージするだろう。だが前ハメの場合は逆だ。FW達が一人づつ、DFに対して守備につく。その目的はシンプルだ。相手DFによるパス回しを窒息させ、チームを機能不全に陥れる。
こちらに来てからずっと見てきたように、この世界のサッカードウはのんびりしているというか……昔のサッカー――或いは子供のサッカーとも――だ。攻撃は騎士や武士の戦いのような一騎打ちで、攻撃が勝ったらシュート。守備が勝ったらボールを奪って、何となく前に蹴って、今度は立場を変えてまた一騎打ち。
この中の「守備が勝ったらボールを奪って、何となく前に蹴る」の部分について、疑問を抱く存在はいなかったようだ。まあそれを言ったら地球だって何人かのスター選手や監督が現れるまでそうだったが。
「正義のヒーローが変身するシーンでは悪役は攻撃してはいけない」
みたいなものと同じように考えていたのかもしれない。
だがそういうものに真っ向反抗するもの、言わばタブーに挑戦したものがゾーンプレスであり前ハメである。
アローズは相手DFの悠長なパス回しを許さない。隙あらば奪う。隙が無くても奪う。アローズを相手にした時、もはやフィールド内にはどこにも安寧の地は無い。
ここは夢と魔法の国ではない。悪夢と絶望のフィールドなのだ。
『頂きなのだ!』
アイラさんがいともあっさりと対面のDFからボールを奪った。その直前まで、自分含むDFライン全員のすぐ前にエルフの選手が揃っている事にパニックになったドワーフの右CBは、軽く右足アウトでボールを蹴りやすい位置にトラップし、前線に長いボールを送ろうとしていた。
前からマンツーマンにしていると言うことは後ろもDFとFWが同数、或いは数的不利になっている可能性がある。まして今はルーナ、パリスというSBがドワーフ陣でWBにプレスをかけている状態である。ロングボールの判断は一面では正しい。
だが選手交代で入った彼女の癖――ロングボールを蹴る前に右足アウトで少し前にトラップする――はジノリコーチからアイラさんへ伝達済みだった。ルーナさんとはまた違ったタイプのレフティはその左足でボールをかっさらうと、一気に前に加速する。
『ここ!』
そのアイラさんにボールを出す位置を指示しつつリーシャさんも走る。実は前ハメの欠点としては、ボールを奪った直後は自分達の近くにも相手選手がいるという事がある。だがリーシャさんの超加速はその欠点を軽く無きものとした。
一言で言えば置き去りにしたのである。
『あわ、ごめんなのだ!』
快速FWのスピードはアイラさんの予測をも裏切った。アイラさんはリーシャさんめがけてパスを出したが後ろにズレ、彼女が必死に残した踵に引っかかってふわりと浮かぶ。
『オーライ!』
だがその程度のイレギュラーはリーシャさんの許容範囲だったようだ。子供たちとの特訓でFWになった彼女は両手を地面について急減速すると、その手を軸にブレイクダンスのように足を振り上げ落ちてきたボールをシュートした。
「うわー。俺だったら股関節、外れてるわー」
何故だかそのゴラッソを見て最初に出てきた感想がそれだった。兎も角、リーシャさんのシュートは見事にゴールに突き刺さり追加点。後半35分、1-6。





