飴と鞭
『デス90』を決行する日が来た。俺は授業で参加できないレイさんポリンちゃんを除く全選手をブリーフィングルームに集め座らせる。ここで俺が諸々を説明して選手の気を引いている間に、俺以外のコーチ陣が全スタッフを練習場へ引率し、フィールドを囲んでおく……という段取りだ。
選手の気を引く、と言っても無駄話をする訳ではない。部屋の前のボードにはある基準で分けられたメンバー表が貼ってあり、その組み合わせで紅白戦を行う旨を説明する等、やる事はちゃんとあった。
「紅白戦ではあるけど実戦だと思って真剣に戦って欲しい。コーチ陣はどちらにも助言しないから、それぞれのチームの選手だけでキャプテンを中心に作戦を立ててマジで勝ちにいくこと」
俺はそう言いながら端末を操作して部屋を暗くし、前のスクリーンに日程を呼び出す。
「と、ただ言われたからって出来る事でもないよね? なのでここで発表します。俺とコーチ陣の何人かは明後日から監督カンファレンスに出発して練習も見れないので……明後日から三日間は完全オフにします!」
おおおお! と歓声が上がった。だがそれくらいで驚いて貰っちゃ困る。
「そしてその間。参加自由ですが経費は全てこちら持ちでこれを開催します!」
日程が消えたスクリーンには、代わりに
「スワッグステップと行くアホウ、エンターテイメントの旅二泊三日」
の文字が大写しになった。
「ええっ、マジ!?」
「アホウ! 一度遊びで行ってみたかったんだ!」
暗くて表情までは分からないが、選手の皆は口々に喝采を叫んでいる。参加自由ではあるが、先日懇親会で親族と会ったばかりだ。
「オフだからちょっと実家へ帰ってきます」
という選手はまずいない。ほぼ全員参加で間違いないだろう。
「ちなみにお宿はこちら」
俺は再び端末を操作し画面を切り替える。そこにはアホウの高級ホテルの様子――美しい部屋やプールやレストランなど――が動画で流れていた。
「凄い! あ、エステまである!」
「太っ腹~!」
喜んで貰えて嬉しいような、申し訳ないような……。そう思いながら、俺は次のボタンを押した。
「あ、今のは紅白戦に勝ったチームのお宿です。負けたチームはこっち」
画面が切り替わり、今度は別のホテルの静止画が流れた。無機質な内装に固そうなベッド。冷めた朝食が無造作に並べられた食堂。日本で言うビジネスホテルクラスの宿舎だ。
「なになに……『格安ツーリストに大人気! アホウでのギャンブルやライブ観戦に集中したいお客様におすすめ』だって」
俺はその宿のうたい文句が書かれた文章を読み上げた。
「うわっ……」
「アウェイの試合で泊まる所より酷くない?」
今度は選手達の声が一斉に萎む。そうだろそうだろ、逆に探すのに苦労したんだからな!
「まあまあ。勝てば良いんだから。頑張ってね! 作戦タイムは……10分ね。15分後にグランド集合」
俺は最後にもう一度端末を操作し、部屋の明るさを戻して画面にストップウォッチを呼び出した。
「なんだと!? せっかくのアホウであんな宿は嫌だ! 絶対勝つぞ!」
「青チーム集まって! 作戦決めよう!」
たちまち部屋は阿鼻叫喚の渦となる。
「(ナリンさん、えぐいこと考えるなー)」
俺はそんな事を考えながらも、混乱の中で誰がどんな行動を取っているかメモを走らせていた。
「えっ!? これなに?」
15分後。なんとか冷静さを取り戻し取り敢えずの戦い方を決め、グランドへ向かった両チームの選手たちが見たのは食堂会計警備清掃、クラブハウスのあらゆるスタッフさんたちがフィールを囲む異様な風景だった。
「はい、じゃあいったん座って聞いてー」
俺はクラブハウス二階のベランダから魔法の拡声器で叫ぶ。
「今日の紅白戦は『デス90』という形式でやります。ルールはこの通り」
俺はまた別の端末を操作して、グランド横の魔法の大鏡に文字を表示させる。
「一つ。スローイン、ゴールキック、コーナーキックは行わない。ボールがピッチの外に出たら、周囲を囲んだスタッフの誰かが直ちに任意でボールを投げ入れる。攻撃権は、そのボールを先に確保したチームにある」
俺も俺で実際に文字を読み上げて説明する。
「二つ。ファウルからのリスタートは行わない。主審を担当するザックコーチがボールを拾って、これまた任意の方向に投げる」
俺がその部分を読み上げると、ザックコーチが笑顔で手を振った。
「三つ。スタッフ、コーチが投げ入れたボールが直接ゴールインしても、得点と見做します」
それを聞いて両チームのGK、ボナザさんとユイノさんがギョッとした顔を見せた。スタッフさんはともかく、ザックコーチの豪腕から投擲される弾道は、ほぼシュートと言っても過言ではない。
「ま、他の部分は普通のサッカードウと一緒だから。それぞれの色のヘッドバンドを取ってウォーミングアップ10分してその後、試合開始ね」
不承不承、といった感じで選手が散らばっていく。線審はナリンさんとニャイアーコーチが勤めるので残ったジノリコーチだけが俺の隣に並び、黙って頷いた。さあ、見物だ。





