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プリクエル 3 石垣の回想 北海道熊害事件 1

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 カタッ!カタカタカタ・・・



 


 米英独伊4ヵ国連合軍のハワイからの撤退が完了したのは、1942年(昭和17年)の12月下旬であった。


 最後の帰還兵を乗船させた輸送船団を護衛して、4ヵ国連合軍総旗艦である[ポートランド]級重巡洋艦[インディアナポリス]が、ハワイを発つのを見送った石垣(いしがき)達也(たつや)2等海尉は、大日本帝国統合軍省統合作戦本部総旗艦[信濃]に乗艦し、一路日本への帰路に着いた。





 そして、石垣は[信濃]の自室に籠り、菊水総隊司令部への報告書の作成のため、パソコンのキーを叩いている。





「ふぅ・・・」


 かなり長い時間、パソコンに向かっていたため、肩が凝ってきた。


 それに、目も疲れる。


 軽く目頭を押さえてから、大きく伸びをした。


「・・・んんっ!」


 バサッ!バサバサバサッ!


「しまった!」


 その拍子に、デスクの横に積んであった資料が、床に崩れ落ちてしまった。


 慌てて、床に落ちた資料を拾い集める。


「フゥ・・・」


 その様子を、見ていたのだろう。


 犬用のベッドに寝そべっていたボーダーコリーの伝助(でんすけ)が、ため息を付きながら立ち上がり、床に落ちた資料の1つを口に咥えて、石垣に渡した。


「あ・・・ありがとう・・・」


 涎付きの資料を受け取り、石垣は微妙に表情を引き攣らせて礼を言った。


「フン!」


「世話が焼ける」とでも、つぶやいたのだろうか・・・伝助は、鼻を鳴らすと回れ右をしてベッドに戻り、再び寝そべる。


「・・・・・・」


 完全に子分扱いをされている・・・そんな、気がする。


 そして、手に持った資料に視線を落とす。





『ソ連軍の侵攻後における、北海道北西地域の羆による害獣被害について』





 資料の題名には、そう記されていた。





「・・・そんな事もあったな・・・」


 ソ連極東軍による、南樺太、千島列島、北海道への大々的な侵攻作戦が行われたのは、1942年(昭和17年)の3月から4月にかけてであった。


 新世界連合軍が正式に参戦した事で、戦闘そのものは短期間で終わったが、北海道民の受難は、ここから始まった。





「・・・こいつは、酷いな・・・」


 旧、関東軍防疫給水部(731部隊)、現、陸海軍防疫研究本部から派遣されて来た、陸軍少佐は、目前に広がる光景に絶句した。


 火事で焼失した家屋、もの凄い衝撃を受けて、戸や壁が破壊されたと思われる家屋。


 そして・・・


 春先の残った雪を赤黒く染め、無残に散らばる無数の人間だったモノの残骸・・・


「少佐殿!」


 すぐ近くの村(と、言っても数十キロは離れている)に駐在する巡査が、少佐に駆け寄って来た。


「この集落では、どのくらいの人間が、生活をしていたのだ?」


「七世帯、大体30人くらいです」


「・・・それが、一夜にして・・・か」


 少佐は、息を吐いた。


「一昨日の夜。唯一、電話のある、この集落の長の家から、うちの本署に電話がありました。電話を取った署員の話では、『羆が!』の声の後、プッツリと電話が切れたそうです。異変を察知して、陸軍や近くの各派出所に連絡し、救援隊を組織しましたが・・・残念です」


「・・・・・・」


 その話から、考えれば・・・電話があった時点で、時すでに遅し・・・であっただろう。


「生存者は?」


 雪の上を歩きながら、少佐が問いかける。


 この絶望的な状況を見れば、この問いかけは愚問と言われるかもしれない。


 それでも、問わずにはいられないのは、人間が持っている性なのかもしれない。


「・・・・・・」


 巡査の無言の表情が、その質問に対する答を如実に語っている。


「・・・・・・」


 この集落に住んでいた、子供の持ち物だろう。


 首の取れた人形が、雪の上に転がっている。


「・・・・・・」


 少佐は、無言で人形に手を合わせる。





 北海道札幌市内某地区。


 陸海軍防疫研究本部によって、臨時本部に指定された総合病院に、石垣の姿があった。


 その病院には、新世界連合の疾病対策予防センター(CDC)から派遣されて来たらしい、職員の姿もある。


「・・・しかし、急過ぎない?」


 南太平洋パラオ諸島沖で、大日本帝国海軍聯合艦隊第一艦隊と、連合国アメリカ海軍戦艦部隊との水上戦が行われたのが、数日前。


 その直後に、菊水総隊司令部より通達されたのは、『札幌に向かえ』だった。


 南太平洋全域に戦線が拡大を続ける最中の通達は、石垣を困惑させるには十分だったが、現時点で聯合艦隊に石垣がいてもいなくても、大して影響が無いのも事実だった。


「陸海軍防疫研究本部って、元731部隊だよね。あんまり良い印象無いんだけどな・・・実際は、どんな部隊だったの?」


 同行者である(そく)()美雪(みゆき)3等海尉の言葉に、石垣はガクッと肩を落とす。


「まあ、悪い印象が定着しているが、防疫給水部が創設された背景には、第1次世界大戦や、スペイン風邪の世界的流行があるからね。俺たちの時代で言えば・・・COVIDー19の世界的流行の時の事を覚えているだろう?その時に、世界保健機構(WHO)と共に、アメリカの疾病対策センター(CDC)の事も、よくニュースで報道されていただろう。簡単に言えば、CDCみたいなものと思ってくれればいい。わかった?詳しくは、自分で調べるように」


「ん~・・・何となく・・・」


 取り敢えず、厳密に言えば違うのだが、石垣は簡単に説明をした。


 わかったような・・・わからないような・・・側瀬は、微妙な表情を浮かべている。


「イシガキ2尉。それを言うなら、アメリカ陸軍感染症医学研究所(USAMRIID)のようなものと言った方が、しっくりこない?防疫給水部は、大日本帝国陸軍に置かれていたのだから・・・」


 同じく、石垣の同行者であるメリッサ・ケッツァーヘル少尉が、石垣の説明を一部(半分以上)訂正する。


「まあ・・・それは、そうなんですが・・・側瀬に説明するには、可能な限り簡潔にしないと・・・」


 何しろ専守防衛を、ドッカン!バッカン!という擬音の説明で終わらせる側瀬である。


 防疫給水部の目的が、疾病対策を目的とした防疫活動等の医務。生物兵器に対する防護としての防疫。飲料水確保のための浄水等といったライフラインの確保が主任務等と説明すれば、それこそ、ドッカーン!の擬音付きで、頭を爆発させかねない。


 この思いを口にした訳では無かったが・・・


「・・・もしかして・・・石垣2尉は私の事、おバカなコと思っていません?」


 側瀬がジトーとした目で、石垣を睨む。


(・・・少し)


 口に出して言った訳では無い。


 しかし側瀬は何故か、こういった事には鋭い直感のようなものを持っている。


 ポカン!


「イッタァァァ~!!」


 側瀬に、拳骨を喰らって石垣は、頭を押さえて蹲る。


「はぁ~・・・」


 メリッサは、肩を竦めて、ため息を付いた。


「ゴホン!」


 傍から見れば、じゃれ合いにしか見えない石垣と側瀬のやり取りだが、咳払いの音で、3人は振り返った。


 そこには、大日本帝国陸軍の軍服姿の士官の姿があった。


 階級章から、彼の階級が少尉である事がわかる。


「菊水総隊から派遣されて来た石垣達也中尉殿で、いらっしゃいますか?」


 その少尉は、年齢的に石垣や側瀬より年下に見える。


 メリッサと同年齢くらいだろう。


 陸軍士官学校を卒業して間がないくらいに見える。


 しかし、その眼光や顔つきは、さすがは陸軍軍人と思わせる程の鋭さがある。


「北部方面軍司令部より、石垣中尉殿と、その御一行の案内役を拝命しました、新島(にいじま)(ぜん)治郎(じろう)少尉であります」


 そう言って、挙手の敬礼をする陸軍少尉に、石垣たちも答礼をする。


「よろしくお願いします」


 3人を代表して石垣は挨拶をし、右手を差し出した。


「・・・・・・」


 新島は、その右手を一瞥した後、頭を軽く下げただけだった。


 握手しようとしたのを、スルーされてしまった石垣は、バツの悪い顔で右手を引っ込める。


「軍医から、詳しい説明があります。こちらへ・・・」


 先に立って、通路を歩く少尉の後を、ゾロゾロと付いていく。


「何だか・・・あの人、感じ悪くない?」


 側瀬が、メリッサに小声で囁いている。


「・・・別に。アメリカ軍でも、よくある事よ。作戦行動中に部外者に、やって来られて引っ掻き回される事ぐらい、気分の悪い事は無いわ」


「あっ!そんな展開、アメリカの戦争映画で見た事ある」


「・・・・・・」


 小さな声で、そんな事を囁き合っている女性陣に、石垣は自分たちの前を歩く新島に、聞こえていないかと、ヒヤヒヤしていた。





 案内された部屋で、石垣たちは今回の羆の獣害に付いての説明を、陸海軍防疫研究本部に所属する軍医から受けた。


 侵攻して来たソ連軍の降伏により、一応戦闘は終息したものの、それに前後して羆による被害が増えているとの事だ。


「羆に襲われるといった事件そのものは、特に珍しい事では無い。大体の原因は、山菜を採りに山に入った。狩猟のために山に入った。そういった人間が、羆と遭遇して襲われる等といったものだ。稀に、人里まで下りて来て、人間の食料を奪う、家畜を襲うという例はあるが、余程の事が無い限り、意図的に人間を襲うという例は少ない」


 軍医は、そう前置きをした後、さらに言葉を継ぐ。


「しかし、今回は生息している山や森林地帯を出て、人里に出没する件数が異常に多い。原因として考えられているのは、先のソ連軍侵攻に伴う戦闘において、冬眠をしていたところを妨げられ、食糧を得る事が出来ずに生息地を出たという可能性だ。それと戦闘に伴う、爆撃等によって、本来は縄張りにしている生息地を追われた事で、ことさら人間を敵視したのでは・・・と、思われている」


 軍医の説明に耳を傾けながら、石垣は1915年(大正4年)に、同じ北海道で起こった日本史上最大と言われる熊害、三毛別羆事件を思い出していた。


 だが、軍医の口振りから察すると・・・今回は、それを上回る事件のようだ。


「すでに、羆の生息地に近い・・・といっても、距離にすれば数十キロ以上離れている村や集落の幾つかが羆に襲撃を受けて、死傷者を出している。先日も、一つの集落が全滅するといった、事件があったばかりだ」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 軍医の口調は、淡々としているが、羆に襲われるというのは、想像するだけでも恐ろしい。


 石垣やメリッサは、もちろん。


 こういった会議の席上で、居眠りをしている事が多い側瀬でさえ、起きている状態で息を飲んでいる。


 戦闘という、特殊な事情が重なったとはいえ・・・規模は大きいが、これまでの話を聞く限りでは、普通の羆による獣害で、陸軍の部隊を投入するのは理解出来るが、陸海軍防疫研究本部が出張る必要のある事案とは思えないのだが・・・


 石垣は、そこが引っ掛かった。


「それと、これから説明する事は、機密事項に関わる。言う必要は無いと思うが、くれぐれも、他人に漏らす事の無いように・・・」


 軍医の口調に、有無を言わさぬ厳格さが加わる。


「・・・?」


「現在この病院には、ある感染症を発症。若しくは、感染の疑いがあるソ連軍の捕虜が、十数名収容されている」


「・・・感染症?」


「狂犬病だ」


「「「!!?」」」





 狂犬病。


 2020年代でも、感染し発症すれば致死率は、ほぼ100パーセントと言われる、人畜共通感染症である。


 現代でも、世界で毎年5万人を超える死亡者が出ているそうだ。


 日本では、1957年以降の発生は報告されていないが、海外で感染した後、帰国後死亡した例はある。


 この時代であれば、日本でも狂犬病の発症例は多くあるが、未来人が来た事で適切な予防措置が取られる事となり、現在、発症率は減少している。



 


「何故、ソ連兵が狂犬病に?それと・・・今回の件に、どんな関係が?」


「ソ連兵の感染原因だが、彼らが連れて来ていた軍用犬の中に、狂犬病に感染していた犬が、混じっていたようなのだ。聞き取り調査の結果、その犬を感染源として複数の犬が感染。さらに、捕虜たちから犬に噛まれた兵士等が複数人いたという証言も得ている」


 同時に浮かんだ2つの疑問を、石垣は軍医にぶつけた。


 まず1つ目の疑問は、それで解けた。


 狂犬病は、発症してしまえば手の打ちようが、ほぼ無いが、潜伏期間の段階であれば、ワクチンの定期的な接種や、抗ウイルス剤の投与で助かる可能性がある。


 どんな病気でも早期発見が大事というのは、変わらない。


 だから、陸海軍防疫研究本部が中心となって、治療に当たっているのだろう。


 そして、もう1つの疑問。


「現在、陸軍が中心となって、警察、熊狩り専門の猟師を動員し、害獣駆除を行っているが、駆除した羆の中で数体、狂犬病に感染している個体が確認されている」


「「「!!?」」」


「異常な攻撃性と凶暴性で、軍人や警察官、熊狩りに馴れているはずの猟師にも犠牲者が出ている状況なのだ」


「・・・・・・」


「狂犬病は、人対人での感染は無いとされているが、野生の動物間で感染する場合がある、感染経路が特定出来ていないため、今回の件との関連性は、今のところは不明だが・・・」


「う~ん。もしかして・・・ソ連軍の中に、羆に襲われて、食い殺された人がいるっていう報告があったし・・・食い殺された人の中に狂犬病に罹っている人がいて、その人を食べてしまったために、感染してしまった・・・とか?」


 側瀬なりに、一生懸命考えたのだろう。


「いや、狂犬病は感染した生物に、咬まれたり引っ掻かれたりした傷からうつると言われている。口腔内に傷とかがあったら、そこから捕食した生物の血液を介して、ウイルスが体内に侵入するという可能性はあるかも知れないが、そう簡単に感染するかな・・・?」


 石垣は、どちらかというと、側瀬の意見に否定的な意見を出した。


「まったく、有り得ない訳では無いと思うわ。仮説ではあるけれど、ミユキの説も否定は出来ない」


「♪~」


 メリッサに肯定されて、側瀬が嬉しそうな表情を浮かべている。


「そちらの婦人と同様な意見もある。もちろん、それを裏付けるためにも、さらなる研究が必要であるため、現時点では断定を避けている。それを解明するには相当な時間を要すると、思われている」


 軍医の話は、それで終わった。





 その後、冬用の装備を整えた石垣たちは、病院の前で待機している新島の率いる分隊の所へ向かった。


 そこには、菊水総隊自衛隊第2師団から派遣されて来ている、後方支援隊のトラックも駐車している。


「・・・かなりの大所帯での移動だな」


 それらを見回して、石垣はつぶやいた。


「石垣達也2等海尉ですね」


 石垣の背後から掛けられた声に、石垣は振り返る。


「第2師団より、後方支援隊の護衛を承りました、護衛小隊小隊長の北野(きたの)忠司(ただし)3等陸尉です」


 挙手の敬礼をする3尉は、30歳を越えているように見える。


「あ・・・石垣達也2等海尉です」


 答礼をする石垣は、自分より年上の、のほほんとした雰囲気の3尉を眺めていた。


「あっ!ちょっと失礼・・・」


 そう言って北野は案内役の新島の元へ向かって行き、同じ様に挨拶をしている。


「案内、よろしくお願いします」


 そう言って石垣と同じ様に、新島に右手を差し出した北野だが、石垣と同じ様に無視されていた・・・


「何だか・・・若手の上役に、ヘコへコしている平社員みたいだなぁ・・・」


「コラッ!さすがに失礼だろ!」


 思った事をボソッと、つぶやいた側瀬を注意したものの・・・実の所、石垣も同じような事を思っていたりするのだが・・・





 そんな些事があったが、案内役である新島の分隊が乗車する、九五式小型乗用車と九四式六輪自動貨車に先導されて、後方支援隊は目的地に向かって出発する。


 石垣は、というと・・・陸上自衛隊が用意したパジェロでは無く、新島の乗車する九五式に、頼み込んで乗車させて貰っていた。


「いや、一度乗ってみたかったんです!」


 目をキラキラさせて、そんな台詞を宣う石垣を、新島は別の星の生き物を見るような目で、引き気味に眺めていた。

 プリクエル3を、お読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は11月29日を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  更新お疲れ様です。  狂犬病ウイルス遺伝子で、ある程度感染経路は追えそうですね。  しかし、厄介ですね。熊は人喰いすると人の味を覚えて人を襲うようになると言いますから、輪をかけて狂犬病とは…
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