こぼれ話 デイジーちゃんを見つけて!
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ハワイ・オアフ島パールハーバー・ヒッカム統合軍基地内陽炎団ハワイ派遣隊本部庁舎。
その庁舎内の予備会議室の1つを陽炎団国家治安維持局治安部が間借りして、大日本帝国内で、ハワイ会戦と同時期に起こった同時多発的クーデターの捜査に当たっている。
クーデターの裏側では、連合国アメリカが絡んでいる事が判明しているが、それの裏付け捜査が目的でもある。
「俺だ、入るぞ」
ノックと共に声をかけて、笹川こと、宮島勝義警部は休憩から戻って来た。
「笹川さん、また煙草を吸いに行っていましたね」
ノートパソコンに向かっていた花木こと、荻宮佳織巡査部長が、顔を顰めて話しかけて来る。
「・・・・・・」
その反対側のデスクで、報告書に目を通している新谷こと、森樹巡査部長は肩を竦めて、ため息を付いていた。
有能な部下ではあるが、非喫煙者である2人は筋金入りの嫌煙家であり、ヘビースモーカーである笹川に、事あるごとに禁煙を強く勧めて来る。
笹川の健康を慮って故ではあるが、正直、個人の自由という事で、放っておいて欲しいところだ。
煙草を吸わない自由があるなら、煙草を吸う自由もあるはずである。
「あぁ~ぁ・・・ちょっと、気分転換と思っていただけなのに・・・どいつも此奴も・・・」
ブツブツと文句を言いながら、笹川は片手に下げていた大きな荷物を、ドスンと自分のデスクの上に置いた。
「何です、それ?」
笹川が持って来たのは、ペットを入れるキャリーバックだ。
興味を引かれたのか、花木がキャリーバックを覗き込む。
「ニャア」
「わぁ、可愛い!」
茶トラの猫と目が合って、花木は顔を綻ばせた。
「笹川さんの猫ですか?」
「違う・・・」
笑顔で振り返る花木に、渋い表情を浮かべて、笹川が答える。
「?」
新谷は、報告書から顔を上げて笹川を見た。
見るからに強面の笹川が、相好を崩して猫をナデナデしている姿は、とてもでは無いが想像出来ないからだ。
当然ながら、その似合わない組み合わせに、興味がそそられるという訳だ。
新谷の表情から、それを読み取ってか、笹川は、「悪いか?」という表情を一瞬だけ浮かべた。
「煙草休憩中に、偶々出くわした知り合いに、少し預かっておいてくれと、頼まれただけだ」
「そうですか、ちょっと抱っこしても良いですか?」
「・・・多分、文句は言われないだろうが、逃がすなよ。後々が面倒臭いからな」
どうでもいいという感じで、笹川は答える。
「ふぅん、哲って言うんだ。可愛いねぇ、哲君」
早速、キャリーバックから出した猫を抱き上げて、首輪に付けられた迷子札を見て、花木は嬉しそうに目を細めた。
「ニャァニャァ」
抱き上げられた哲は、花木に抱かれて嬉しそうに、喉をゴロゴロと鳴らして、花木にスリスリしている。
「可愛い~」
猫に懐かれて、本当に花木は嬉しそうにしている。
「へぇ~・・・何か、狸っぽい顔だな。狸みたいな猫って、アニメの中だけじゃ無いんだ」
新谷は、1人で納得しながら、哲を撫でようと手を伸ばす。
「シャアァァァ!!!」
哲は、新谷には何故か威嚇をして、爪で引っ掻こうとした。
「何で?」
いきなりの、怒っています的な反応に、新谷は手を引っ込める。
「失礼な!狸じゃ無い!!って、怒ったんじゃない?あのアニメみたいに・・・」
「そんな、馬鹿な・・・」
小休止のような感じになってしまったが、何だかイイ感じで和気藹々としている2人の様子を余所に、笹川は迷惑極まりない知り合いから、哲を預かった経緯を思い出していた。
「いな~い!いな~い!」
人気の無い本部庁舎の裏で、人目を気にする事無く、のんびりと紫煙を燻らせていた笹川は、ウロウロと建物の隙間を覗き込んだり、茂みをかき分けたりと、不審な行動をしている婦人警察官を見つけた。
「何を、やっている?」
関わりたくないので、無視をしようとかと思ったが、余りにも気になるので仕方なく声をかけた。
「あっ、サッシー!」
「だから、ネス湖のネッシーみたいな呼び方は、やめろ!!」
何故、(勝手に付けた)愛称で呼ぶ?
「北海道の屈斜路湖には、クッシーがいるよ。鹿児島県の池田湖には、イッシーも。日本人なら例えを出して突っ込むなら、そっちの方が良くない?そういえば・・・ご当地キャラにも、そんな感じの名前なのがいたよね?」
「・・・・・・」
いや、突っ込まれる事、前提なんかい~!!!
と、突っ込みを入れれば、相手の思うつぼだろう。
笹川は、無反応を貫いた。
「それより、チョロチョロするな!何をしている?」
笹川の質問に、陽炎団国家治安維持局防衛部外部0班班長である、通称8人目こと、桐生明美警視(因みに、階級では笹川より上だったりする)は、下げているペット用キャリーバックを示した。
「ちょっと、哲とバディを組んで、訓練をしていたコが、行方不明になっちゃって・・・探しているの」
「・・・・・・」
哲は、先日フォード島で停戦会談が行われた際に、テロリストに武器弾薬を提供していた連合国側の工作員を摘発するのに、ひと役買ってくれた猫だ。
桐生は、そういった訓練をした小動物等をリーパー(草)として使い、パールハーバー・ヒッカム統合軍基地に潜入していた連合国が送り込んできた工作員や諜報員を、片端から摘発していた(もちろんリーパーには、猫等の小動物だけでは無く、人間もいるそうだが)。
「あぁ・・・」
多分、何かの小動物を、リーパーとして育てるための、訓練をしていたのだろうと、想像は付いた。
「わかった、取り敢えず気にはかけておく」
「お願い!黒と黄色のシマシマの、手の平くらいの大きさの可愛いコなの。名前はデイジーちゃん!」
虎ジマの子猫か?と思った。
「そんなに小さいなら、庁舎内の何処かに入り込んでいるかもな・・・一応気を付けておく」
手の平サイズの大きさなら、生後1ヵ月を過ぎたくらいだろう。
訓練には少し早過ぎなのではとも思うが、桐生なら、その点はちゃんと考えているはずだろう。
「ありがとう。向こうの茂みも探してみるから、しばらく哲を預かっていて貰えないかな?」
「・・・何で?」
「だって、一緒に連れて行ってマダニとかが哲に、くっついたりしたら困るもの。後で迎えに行くからヨロシク~」
そんなこんなで、桐生に哲を預けられた訳だった(半ば強引に)。
「ホントに可愛い~・・・ウチのコにしたい~」
ちょっと複雑な気持ちの笹川の視線の先では、無邪気に哲と戯れている花木の姿がある。
新谷も、何とかして哲に触ろうと手を伸ばそうとしているが、その度にシャーシャー言われている。
「ソイツと遊ぶのは構わないが、ソイツの飼い主が、ソイツの連れを探している。黄色と黒の虎ジマの子猫だそうだ。近くでいなくなったそうだから、見つけたら保護してくれ」
「えぇ~子猫?わかりました」
哲に懐かれて、デレデレになっている花木が、嬉しそうに了解する。
面倒だったが、他部署にも一応伝えておくために、笹川は通路に出ようとドアノブに手をかけた。
ハワイ派遣団に所属している警察官の中にも、某プロ野球の球団のファンはいる。
彼らに頼めば、虎ジマの子猫なら、気合を入れて探すのに協力してくれるかもしれない。
「ちょっと、花木さん。背中に何か・・・うわっ!?」
急に大声を上げた新谷に、笹川は振り返る。
「花木さん、蜘蛛!蜘蛛!背中に大きな蜘蛛が!!」
花木の背中に、大きな蜘蛛が、しがみ付いているのが見えた。
その蜘蛛は・・・
「タランチュラだ!!」
新谷が、裏返った声で、悲鳴を上げた。
「えぇっ!!?いやぁぁぁ~!!私、死んじゃう!?死んじゃうのぉ~!!?」
「花木さん、落ち着いて!!刺激を与えたりしなければ、大丈夫だ!!」
(・・・タランチュラは、毒性は弱い。強い毒を持っているクロドクシボグモや、シドニージョウゴグモじゃ無いから、噛まれても死ぬ事は無い・・・はずなんだが・・・)
パニックを起こして騒いでいる花木と、それを何とか落ち着かせようとしている新谷を、交互に見つつ笹川は心中で、つぶやいた。
「早く!早く!どうにかしてぇ~!!」
「・・・少し、待っていろ。5分・・・いや、10分。殺虫剤を持って来る」
ギャアギャアと喚いている花木を、このままにしておく訳にもいかない。
「・・・笹川さん。買って来る・・・では・・・?」
「そうとも言う」
「そんなに待てません!!」
タランチュラは、温厚で大人しい性格で、自分から攻撃する事は無いと言われていても、虫類が嫌いな人間にとっては、恐怖でしか無いだろう。
「花木さん、じっとしていて!今、丸めた新聞紙で叩き潰すから!」
「駄目!服が汚れちゃう!今日初めて袖を通した服なの!!」
丸めた新聞紙を手に持った新谷の提案を、花木は速攻で拒否した。
これでは、どうしたらいいのか、わからない。
「ニャー」
床に降りた哲が、鳴いた。
その鳴き声を聞いたのであろうタランチュラが、もぞもぞと動いて、床に降りた。
「「「・・・・・・」」」
「ニャー」
もぞもぞと動いて、タランチュラは哲の背中に登る。
「「「・・・・・・」」」
その時、笹川の脳裏に桐生の言葉が過る。
『・・・黄色と黒の、シマシマの可愛いコなの・・・』
「・・・もしかして」
笹川は、スマホを取り出すと、桐生に連絡を入れた。
「おい、デイジーちゃんが、見つかったぞ!」
『・・・!!・・・!!・・・!!すぐ行く!!!』
スマホの向こうで、桐生が大声で理解不能な言葉を、喚いていたが・・・最後の言葉だけは、聞き取れた。
「まったく、何が『可愛いコ』だ。蜘蛛なら蜘蛛と、先に言えっての!」
可愛いという基準は、人によって違うが・・・蜘蛛を可愛いと言う人間は、少数だろう。
「・・・蜘蛛が、ペットだなんて・・・」
大多数の思いを代表して、花木が怯えながら意見を述べている。
それでも、実際に蜘蛛をペットとして飼育している人もいるので、そういった人たちは、可愛いと主張するだろう。
「デイジーちゃん!!」
飼い主が、大声でペットの名を呼びながら、大きく開けた窓から侵入して来た。
「普通に、ドアから入って来い!!」
笹川が、怒鳴る。
「デイジーちゃん、良かったぁ~!!」
まったく、人の話を聞いていない。
桐生は、笹川たちを無視してデイジーちゃんを手の平に乗せると、優しく撫でている。
「・・・・・・」
花木に至っては、そんな桐生の姿を、ドン引きして眺めている。
「・・・ここ、2階だぞ。どうやって登って来たんだ?」
窓から下を覗いて、新谷は首を傾げた。
梯子等の道具でも使わない限り、窓から入るなど普通は無理である。
それらを使った形跡は無い。
「・・・ロッククライミングの経験者でも、ちょっと無理だろうな・・・」
(気にするのは、そこなのか!?)
桐生は、正面玄関から入って来ていない。
思いっきり不法侵入である。
そこを指摘しない新谷に、笹川は心中で突っ込んだ。
「・・・まあ、どうでもいいが・・・」
笹川は、つぶやいて桐生に向き直る。
「それより、コイツもリーパーに育てるつもりなら、難しいんじゃないか?蜘蛛は、餌を求めて移動する習性のはずだろう?帰巣本能は無かったと、俺は記憶しているが・・・」
何となくで、あやふやな知識であるため断定はしないが、疑問には思ったからだ。
「うん。だから戻ってきたら、ご飯を貰えるって憶えさせる訓練をしているの」
「・・・気の長い訓練だ・・・」
訓練をするのは桐生だから、それは好きにすればいいとは思う。
「・・・あの・・・申し訳無いんですけど・・・虫かごか何かに、入れてもらえませんか・・・」
よっぽど怖いのだろう。
完全にビビッている花木が、新谷を盾にして、新谷の後ろから口を挟んで来る。
「ごめんねぇ~・・・飼育ケースは持って来ていないんだ~」
自分の腕を、もぞもぞと這い回っているデイジーちゃんに、愛おしそうな眼差しを送っている桐生を、宇宙人を見ているような表情で眺めている花木は、盾代わりの新谷の服を引っ張って、後退させる。
「あの・・・花木さん、俺の服を引っ張らないで・・・」
「だって・・・」
花木の気持ちも、わからなくは無い。
可能な限り距離を取りたいのだろう。
「さてと・・・お邪魔して申し訳なかったわね。サッシー、そちらのお二人さんも、ありがとう。お礼は、改めて・・・それじゃ!!」
桐生は、そう言い残すと、哲をキャリーバックに入れて、再び窓から飛び出して行った。
「だから!!普通に、ドアから出入りしろ!!!」
笹川が、怒鳴る。
「笹川さん・・・あの人は・・・?」
まるで猫の様に、軽やかに着地を決めて、颯爽と去っていく桐生を窓から眺めながら、新谷が口を開く。
「・・・・・・」
「・・・そうか、お前たちは会った事は無かったな・・・」
嵐の様にやって来て、嵐の様に去って行った婦人警察官に、2人は唖然としている。
「噂くらいは、聞いた事があるだろう。奴が、国家治安維持局防衛部の外部組織、0班の班長だ」
「・・・あの人が?」
同じ国家治安維持局に所属しているとは言え、治安部と防衛部は別組織であり、状況に応じて共同での任務に当たる事があるとはいえ、基本的に交流は無い。
ましてや、その外部組織である外部班となれば、なお更である。
蜘蛛がいなくなった事で、露骨に安堵している花木を余所に、新谷は記憶を探るような表情を浮かべていた。
「あっ!そういえば・・・」
何かを思い出したらしい。
「確か・・・俺たちの元の時代で、数年前に禁輸や飼育を禁止されている動物を密輸して販売していた悪質な販売業者が、検挙される事件がありましたよね・・・その業者は、裏で反社会的団体や、政治家と繋がっていたせいで、捜査がかなり妨害されていたとか・・・」
「そうだ。まあ、奴にとっては当時、ターゲットにしていた麻薬の密売組織を壊滅させるついでにやったに過ぎないが・・・奴が、その裏の繋がりを自分の仕事の片手間に片端から消していったせいで、捜査がやりやすくなって、めでたく御用という運びになった訳だ」
潰すでは無く、消す・・・それには、ある意味が込められている。
「まあ、悪い事をする奴は、廻りまわって因果応報を受ける。子供の道徳教育には、いい教材の1つになっただろうな」
「「・・・・・・」」
1人で、うんうんと頷いている笹川だが、笹川の言葉の裏に秘められている事を想像すれば、素直には頷けないのだが・・・
「ま・・・まあ、それはともかく・・・その時に押収というか、保護された動物たちって、どうなったんです?」
「う・・・ん。動物園等の施設に引き取られたり、絶滅危惧種に該当する動物は、それなりの手続きを踏んで、生息していた国に、返還されたりしているはずだ・・・と、思う」
笹川も、そこまでは詳しく事後に付いて知っている訳では無い。
後日。
「いな~い!いな~い!また、いなくなっちゃった~!」
同じ場所で、煙草休憩をしていた笹川は、再び同じ場所で何かを探している桐生と遭遇する。
「・・・今度は、何だ?」
「為五郎が、いなくなっちゃった!」
「・・・・・・」
前回の事があるから、探しているのが猫や犬とは限らない。
「今度は、何がいなくなった?まさか、オブトサソリとか言わないだろうな?」
冗談半分のつもりで、特定外来生物に指定され一般の飼育を禁止されている、猛毒を持つキョクトウサソリ科の蠍の名前を口にした。
もちろん、本当に冗談のつもりだった・・・
「ううん」
桐生は、深刻な表情で、首を左右に振った。
「コモドドラゴン!」
「何で、そんなのを飼っている~!!?」
突っ込んだら負けだと、わかっていても・・・突っ込まずにはいられない。
こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は10月11日を予定しています。




