こぼれ話 熱闘! 兵(つわもの)たち 後編その2 静謐な世界 神薙対石垣 桐生対神薙
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
Aグループ2回戦第2試合。
「石垣2尉頑張って!!」
「タツヤ、ファイト!!」
「石垣、加油!!」
メリッサ、側瀬、任の声援が響く中、石垣は一礼をして開始線まで進み、蹲踞の姿勢を取る。
自分の目前では、同じ姿勢で神薙が対峙している。
紺の道着と袴、黒の防具を身に付けた神薙の姿が、途轍もなく大きく見えるのは、気のせいか?
(落ち着け、俺。桐生さんに言われた事を、思い出せ!)
何度も深呼吸して、心を落ち着かせるように桐生に言われたイメージを思い浮かべるようとするが、上手くいかない。
「始め!」
審判の声が上がる。
「オォ!!」
「オォ!!」
掛け声を上げながら、石垣と神薙は、竹刀の剣先を突き合わせる。
石垣は、焦りを感じていた。
神薙には、まったく付け入る隙が無い・・・というより、付け入る隙を見つけられない。
(・・・どうする・・・どうする・・・)
気ばかり焦る石垣は、軽く打ち込んで来た神薙に誘われるように、無意識に動いてしまった。
(しまった!)
面を打ちに行った石垣の竹刀を払い、石垣を上回るスピードで、神薙は空いた石垣の脇腹に竹刀を叩き込む。
「どうっ!!!」
「胴あり!一本!!」
一本を取った神薙は、先に開始線に戻る。
(石垣2尉の技量は、幹候時代より格段に上がっている・・・)
自分が、剣道教官として指導していた頃より、石垣の技量が上がっている事に、正直驚いていた。
(石垣2尉は、山本統合作戦本部長付きとして、戦艦[大和]、指揮艦[信濃]に乗艦している。その間、桐生師範から直接、剣道の指導を受けていたと聞く。それを考えれば、技量が向上するのは、然もありなん・・・だが・・・)
技量の向上に、精神の方が付いて行っていない・・・神薙は、そう判断した。
「あちゃ~・・・逆効果に、なっちゃったかな~・・・」
石垣の試合を見ながら、桐生は、つぶやいた。
石垣に伝えたアドバイスだが・・・あれは、かなり抽象的過ぎて、ハッキリ言って石垣は、まったく理解出来なかっただろう。
わからないなら、わからないでも別に構わないのだが。
あくまでも、例という形で湖と言ったが、イメージするもの・・・それは、個人によって違っていても構わない。
砂漠でも、荒野でも、森林でも、それこそ溜池であっても、水溜まりだとしても、何でも構わないのだ。
精神を落ち着かせ、心を研ぎ澄ませるなら何だって良いのである。
が・・・
石垣は、生真面目に湖をイメージする事に、固執してしまったのだろう。
上手くイメージする事が出来ず、それが逆に焦りを生む結果になってしまった。
(う~ん・・・私の説明の仕方も悪かったかなぁ・・・)
桐生は、そこは少し反省していた。
まあ、それはそれ、これはこれである。
(・・・仕方無い・・・かな)
本来なら桐生は、試合中に声援を送る事はしない。
個人的な理由でだが、1対1で、全身全霊で、試合に集中している選手たちの、気を散らす事をしたくないからだ。
もちろん、声援を受ける事で選手のモチベーションが上がる場合もあるから、激励の声をかける人々を否定はしない。
「石垣君!」
余り大きくない声で、桐生は叫ぶ。
「石垣君!」
神薙より少し遅れて開始線に戻り、再び竹刀の剣先を突き合わせた石垣に、桐生の声が届いた気がした。
「!!?」
その声は、耳では無く心に直接響いた。
「!!!」
その瞬間、石垣の視界から観戦者や審判、神薙の姿が消え、視界一面に広がるのは空を映す鏡のような静かな湖面であった。
(・・・これは・・・?)
何故、そうなったのかは解らない。
だが、先に一本を取られた事で、騒めいていた心が急速に落ち着きを取り戻し、研ぎ澄まされていく。
ピン!
潜水艦を探知するパッシブソナーの探信音が脳裏に響き、湖面に波紋が広がる。
そこで現実に、引き戻された。
「!!!」
竹刀の剣先を高く掲げて、自分に向かってくる神薙。
考えるより身体が、先に動いた。
「小手ぇぇぇぇっ!!!」
神薙より僅かに早く、石垣の竹刀が届いた。
「小手あり!一本!!」
審判の旗が、上がる。
(やった!!!)
石垣は、心の内で快哉を叫ぶ。
「・・・あ・・・」
しまった!!
桐生に言われた言葉の意味の片鱗を掴めた事、神薙から一本を取れた事で、一瞬、有頂天になってしまった。
審判の旗が、石垣の有効打を取り消すように振られる。
喜びの余り、石垣は剣道では禁止行為とされている、対戦者に対する非礼な行為をしてしまった。
小さくではあったが、ガッツポーズを、してしまったのだ。
この時点で、石垣の一本は取り消され、自動的に神薙が二本を取った事になる。
石垣の、2回戦敗退が決定した。
「石垣クン・・・残心ノ大切サハ、口ヲ酸ッパクシテ教エタヨネ・・・ソレ、一番ヤッチャイケナイヤツ・・・」
ガクッと肩を落とした桐生が、棒読み口調で、つぶやいた。
「まっ!仕方が無い、仕方が無い・・・ある意味、石垣君がドジッコなのは、いつもの事だから・・・平常運転、平常運転・・・」
落ち込んでも、立ち直りは超早い、桐生だった。
(・・・石垣君の精神面を鍛錬するための、特別メニューを考えよう~と・・・ふっふっふっ・・・)
ゴゴゴゴゴ・・・という感じの、どす黒いオーラを撒き散らしながら、笑みを浮かべる桐生の姿に、側で観戦していた者たちは、悲鳴を上げて逃げ出していた。
「ヤバい!ヤバい!ヤバい!!これって絶対、桐生さんに叱られる件だ・・・」
2回戦で敗退した事より、その原因に石垣は、頭を抱えていた。
桐生は、厳しい言葉で叱ったりはしない。
それどころか、優しい言葉で窘めてくれるのだが・・・その後の鍛錬メニューが、容赦の無い厳しいものになるのは、想像に難くない。
ズ~ン!という擬音を背負って落ち込んでいる石垣を置いてきぼりにして、試合は進んでいく。
予選トーナメントを終え、決勝トーナメントまで駒を進めた氷室だが、準決勝戦で神薙と対峙し、敗退した。
「当然と言えば、当然の結果だが、運が悪かったな。準決勝戦の相手が神薙艦長では・・・」
試合後、氷室に話し掛けてきたのは[あかぎ]副長の切山浩次2等海佐だった。
「まぁね」
氷室は、素っ気ない返事を返す。
「でも、僕としては準決勝で敗れたのは、ラッキーだと思っているよ」
「おやおや、氷室2佐が負け惜しみを言うとは・・・明日は雨かな?」
茶化すような口調の切山に、氷室は平然としている。
「はっきり言って、神ちゃんの決勝戦の相手は、神ちゃんにとっては最悪だよ」
断言する氷室に、切山はムッとした表情を浮かべる。
神薙に、密かに思いを寄せている切山からすれば、氷室の今の言葉は聞き捨てならないのだろう。
非常に、解りやすい。
「・・・確か、神薙艦長の決勝戦の相手は、東京本庄流剣術の師範だそうだが・・・神薙艦長も、本家である薩摩本庄流剣術から分派した長岡本庄流剣術を子供の時から修めている。それに、国体やインターハイ等の公式戦でも、優秀な成績を収めているんだぞ!」
まあ、それはそうなんだけどねぇ・・・
神薙大好きが拗れて、変なマウント発言をしている切山に、付き合いきれないという表情を氷室は浮かべた。
そんな氷室に対し、自分の事のように、神薙を褒めまくる発言をする切山に、氷室は辟易した。
今までの桐生の試合を見ていれば、そんな事は言わないだろうが、どうせ、大好きな神薙の試合以外は、「俺には関係ない」とばかりに別の会場での別のスポーツの試合の様子を、モニター観戦でもしていたのだろうなぁ~としか、思えない。
「まぁ、百聞は一見に如かずって言うしね。自分の目で見てみれば、僕の言う事が判るんじゃない?」
いい加減しつこい切山を、振り切るために氷室は、そう答えるに止めた。
剣道決勝トーナメント決勝戦は奇しくも同門である、東京本庄流剣術と長岡本庄流剣術の対戦となる。
剣道の試合会場は、異様な熱気に包まれていた。
神薙の応援には、第1護衛隊群や菊水総隊司令部から、大勢の海上自衛官が駆け付けている。
そして、桐生の応援には戦艦[大和]や指揮母艦[信濃]の海軍軍人、陸士出身らしい、若い陸軍士官たちが集結している。
「・・・何、この日本国自衛隊対大日本帝国軍的な構図って・・・」
それらに混じって、観戦している石垣は、この異様さに思わず、つぶやいた。
そんな中、試合場に立つ2人は、一礼をした後三歩進んで、開始線で蹲踞の姿勢を取る。
水を打ったように静まり返る観戦席からは、静かでありながら物凄い熱気が膨れ上がっている。
「始め!!」
審判が、試合開始を高らかに告げる。
2人が同時に立ち上がった瞬間、桐生が動いた。
「めえぇぇぇん!!!」
桐生の動きに神薙は、まったく反応出来なかった。
「面あり!!」
審判の旗が上がる。
「速い!!神薙艦長が、微動だに出来ないなんて・・・」
愕然とした表情を浮かべる切山の隣で、氷室は当然という表情を浮かべていた。
「本庄流剣術は、同じ薩摩藩の剣術である示現流と、真っ向から対峙して、唯一それを破れると言われているそうだからね。より疾く動き、より疾く剣を振るう。先の先を取り、対峙する者の懐深く入り込み、振り下ろされる剛の剣を、腕ごと斬り飛ばす・・・とか何とかだったかな・・・」
「・・・・・・」
氷室の解説に、切山は無言だった。
「幕末の京都でも、示現流程メジャーじゃないから、余り目立っていないけれど、新選組や京都見廻り組を相手取って、地味に大暴れしていたそうだよ」
「・・・・・・」
「同じ先の先を取る剣術。それだけに、より速い方が勝つ・・・だから、僕が言ったでしょう。神ちゃんには最悪の相手だって・・・」
「・・・・・・」
グウの音も出ない感じで、切山は押し黙っている。
(まぁ、これでも桐生さんは、大分抑えている方だけどね・・・)
桐生は、東京本庄流剣術師範と、表向きの顔の1つである肩書を、名乗った。
それは、自身が継承している桐生流剣術は使わないと、公言したのだ。
これは、東京本庄流剣術の後継者でもある、菊水総隊副司令官兼陽炎団団長である本庄慈警視監から直接聞かされた事だが・・・
本庄流剣術を生み出した人物(本庄の先祖)は、江戸時代初期の頃、仕えていた主君の命で、隠密として日本全国を探索していたそうだ。
そして、同じ頃幕府の隠密として、諸藩の情勢を探索していた桐生家の人物と出会い、その人物に師事して桐生流剣術を伝授され、それを元に興したのが本庄流剣術なのだそうだ。
長い時を経て、かつては師弟関係であった2つの流派の後継者が、平成の時代に再び出会うというのは、運命を信じる者にとっては、ロマンを感じるかもしれない。
まあ、こんな蛇足のような話は、切山にする必要は無いが。
もっとも、切山の方は神薙のピンチに、ハラハラドキドキで、それどころでは無いようだ。
再び、神薙と対峙した桐生は、今度は竹刀を正眼に構えたまま、ピクリとも動かない。
対する神薙も、同じ構えで動かない。
だが、2人の間では流れていた空気が止まり、次第に冷たく研ぎ澄まされているのが感じられる。
観戦する誰もが息を飲み、この無音の世界を凝視していた。
もちろん、空気を肉眼で見る事は出来ない。
だが、感じる・・・
2人の間で、互いの闘気が徐々に高まっているのを・・・
「・・・・・・」
メリッサ、任、側瀬と共に観戦している石垣も、この2人の対戦を、拳を握り締めて息をするのも忘れて、見詰めていた。
(2人の視界には、どんな世界が広がっているのだろう・・・?)
神薙との試合の時に、自分が一瞬だけ視る事が出来た世界。
当然、とても気になる。
この決着は、2人が静から動に動いた瞬間に勝負が決する。
瞬きをするのも忘れて、石垣はこの対決を見詰めていた。
動いたのは、神薙だった。
力強い一歩を踏み出し、神薙の竹刀の剣先が、桐生の頭上へ伸びる。
それを待っていたように、桐生は神薙の竹刀を巻き上げるように、下から自分の竹刀で斬り上げ、がら空きになった神薙の胴へ、竹刀を叩き込んだ。
「どうっ!!!」
「胴あり!!一本!!」
旗を上げた審判の声が上がる中、神薙の竹刀の物打と呼ばれる部分が、音を立てて床に落ち、転がる。
「竹刀が、折れた!!?」
石垣の側で、観戦していた側瀬が思わず声を上げ、慌てて自分の口を手で塞いだ。
「勝者、桐生!!」
再び審判の声が響き、旗が桐生に向かって振られる。
「「「はぁあぁぁぁ・・・」」」
観戦席から漏れたのは、歓声では無く、ため息だった。
観戦者のほとんどが、この試合を、固唾を飲んで見守っていたのだろう。
開始線で蹲踞をし、五歩後ろに下がった神薙と桐生が礼をする。
観戦席からは、割れんばかりの拍手が響く。
(さすがは桐生師範、私の完敗だな・・・)
神薙は、3分の1が無くなった、自分の竹刀を見る。
(・・・竹刀が折れたのでは無い、斬られたのだ・・・)
破損した竹刀は、まるで刀の斬撃を受けたように、スッパリとした断面だった。
「はぁ~・・・すごい試合だった・・・」
まるで、自分が全力で試合をしたような、もの凄い倦怠感が石垣を襲う。
「素晴らしかったわ!」
「そうだな」
メリッサと任が、感想を口にしているのが聞こえた。
石垣も、異論は無い。
最高の試合を見られて感じる倦怠感は、爽やかなものだった。
「あぁぁぁぁ!!?」
その爽やかな余韻を破るように、側瀬の声が響く。
「何だよ!人が良い気分に浸っている時に・・・」
気分を、ぶち壊された石垣が、側瀬に苦情を言う。
「石垣2尉!モニター!モニター!マラソン、終わっちゃってる~!!!」
「あぁぁぁ!!しまったぁぁぁぁ!!」
そう・・・必ず応援に行くと、伊藤と約束していたマラソン・・・
「クスン・・・石垣さん・・・」
一方、マラソンのゴール付近で、1人ポツンと立っている伊藤の姿があった。
こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は8月30日を予定しています。




