こぼれ話 熱闘! 兵(つわもの)たち 後編その1 予選開始
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
後編が、余りにも長くなりすぎたため分割する事にしました(汗)
親善スポーツ大会は、各会場で白熱する試合が続いていた。
大日本帝国統合軍省統合作戦本部指揮母艦[信濃]。
その、海軍作戦室に海軍作戦本部長である宇垣纏中将は、入室しようとした。
コン!コン!
宇垣は、ノックして入室しようとしたが、ドア越しに中から何やら、ガタゴトという音が聞こえて来た。
「・・・・・・」
宇垣は、無言で入室する。
作戦室では、彼の部下である参謀たちが、大量の報告書や資料に囲まれて、忙しくしている・・・のはずが。
慌てて隠したのだろう。
資料に埋もれるように隠しているラジオが、完全に隠しきれずに、しっかり宇垣の視界に入った。
「・・・・・・」
敢えて、その事には触れず、自分に対し、挙手の敬礼をする参謀たちの側を抜けて、宇垣は、自分の執務机に着いた。
「ハワイ防衛戦の作戦案は、纏まったかね?」
落ち着いた口調で問う宇垣に、参謀たちの表情に焦りの色が浮かぶ。
「も・・・申し訳ございません。余りにも情報が多く、整理するのに時間が・・・」
上擦った口調で言い訳する参謀の1人に、視線を送って宇垣は軽く深呼吸した。
「・・・ここは、空気が淀んでいるな。これでは、仕事の効率も悪くなるだろう」
「・・・・・・」
「少し休憩をしたまえ。外で新鮮な空気でも吸って、気分転換でもするといい」
何気ない言葉だが、宇垣が言わんとする意味。
それを理解した参謀たちの表情が、明るくなる。
「「「ありがとうございます!!」」」
「ただし、明日の夜までには必ず、作戦案を纏めて提出する事が条件だ」
「「「はい!!!」」」
参謀たちは、明るく元気な返事をして、一斉に作戦室を飛び出して行った。
女子柔道57キロ以下級決勝戦。
石垣の「負けろ、負けろ」エール空しく、側瀬は順当に勝ち進み、決勝戦まで駒を進めた。
この時点で、側瀬は『石垣との1日デート権』を、獲得した事になる。
そして、側瀬の決勝戦の相手は、菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群首席幕僚の、村主京子1等海佐だった。
「あれ?」
「始め!!」の合図と共に、素早い動きで村主の右袖と奥襟を掴む事に成功した側瀬は、一気に勝負をかけるべく、村主の右足に外側から自分の右足を掛けた。
大外刈りの技である。
だが、それを読んでいたのか、村主は右足を蹴り上げ、側瀬の技を外し、逆に側瀬の勢いを利用して、それを返した。
側瀬が、気が付いた時、側瀬の背中は畳の上だった。
「一本!!」
審判の右手が上がり、勝負は決した。
(アタシ、負けちゃった?)
試合後の礼の後、畳を下りた側瀬は、ミーミーと泣きながら、任に抱き着いた。
「・・・負けちゃった・・・勝ちたかったのに・・・」
「結果は残念だったが、凄かったぞ」
優勝を目指していただけに、とても悔しいのだろう。
グスグスと言っている側瀬の頭を任は、優しく撫でる。
「そうね。ミユキの勇姿は、とても恰好良かったわよ。ねえ、タツヤ」
「・・・あ・・・ああ」
確かに、決勝戦として見応えのある試合だったが、石垣はイマイチ煮え切らない言葉を返す。
「側瀬3尉」
優勝を決めた村主が、側瀬の側に来た。
「とても楽しい時間だったわ。ありがとう」
そう言って、村主は側瀬に右手を差し出す。
「・・・・・・」
任に抱き着いたまま、暫く村主の右手を眺めていた側瀬だが、袖でゴシゴシと涙を拭うと、村主の右手を握り返す。
「悔しいけど・・・優勝おめでとうございます。村主1佐」
握手をする2人に、任とメリッサは拍手を送る。
「正直、貴女の技の切れが鋭くて、ヒヤッとなったわ。とても良い技だったわ」
女神のような優しい微笑を浮かべる村主に、側瀬も笑みを浮かべた。
「ところで、石垣君」
「はい?」
「応援をする時は、素直な気持ちで応援しなくては、駄目よ」
笑みを浮かべたまま、石垣を振り返る村主だが、目が笑っていない。
その目は、石垣の心の内をすべて見透かしている様な強さがある。
「・・・すみません」
石垣は、条件反射で謝った。
剣道予選Aグループ1回戦終了後。
石垣が、恐れていた事・・・
2回戦での石垣の対戦相手は、神薙1等海佐である。
「・・・無理だ・・・無理・・・絶対無理・・・」
石垣の1回戦の対戦相手は、朱蒙軍陸軍の大尉だった。
手強かったが、石垣と大尉がそれぞれ一本を取り、辛うじて石垣が制限時間一杯で一本を取った事で2回戦に進んだが、次の相手は神薙である。
2回戦が始まる前から、石垣は控室で頭を抱えていた。
神薙の1回戦の相手は、大日本帝国陸軍の少佐だったが、危な気ない試合運びで、ストレートで二本を取っていた。
その試合を観戦した石垣だったが、剣道教官だった頃より熟練度が増している神薙の剣技に、まったく勝てる気がしない。
せめて、予選トーナメントは突破したかったのだが、望みは薄い。
側瀬の試合を、邪念を込めて応援した罰が、当たったのだろうか?
「い~し~が~き~く~ん」
急に背筋を指でなぞられ、石垣はゾワッと鳥肌が立つ。
「・・・!!?・・・!!?」
声にならない悲鳴を上げて、背後に振り返ると、桐生が立っていた。
「き・・・桐生さん!?ここは、男子控室ですよ!!」
「そ~だね」
「いや、そ~だねじゃ、無くて・・・勝手に入っては駄目です!」
「えっ?ちょっと、石垣君に会いたいんだけど~って言ったら、良いよ~って言われたけど?」
「・・・・・・」
まあ確かに、誰かが着替え中とかだったら問題だろうが、そんな事は無いし、許可も取っているのなら、何の問題も無いだろう。
「何です?」
桐生もDグループで、試合を行っている最中だ。
態々、自分を訪ねて来たのは何故だろう?
「石垣君の1回戦の試合、見させてもらったけれど・・・ちょっと、緊張している?無駄に力が入り過ぎている様に見えたから。相手の、朱蒙軍の選手も中々強い選手だったけれど、今の石垣君なら、あんなに苦戦はしないと思ったから、ちょっと気になっちゃって」
どうやら、自分の様子を心配して声を掛けに来てくれたのだろう。
何となく、ジーンとなってしまった。
桐生は、石垣の肩をポンポンと叩く。
「今までの鍛錬の結果は、ちゃんと身に付いているから、肩の力を抜いて、後はドーンと構えていなさい」
桐生の言葉を聞いていると、何故か心が落ち着いてくる。
「はい。ありがとうございます」
「うん。よしよし」
ニッコリと、微笑む桐生。
「・・・でも」
「?」
「次の対戦相手は、幹候時代の剣道教官だった神薙1佐です。試合を見ましたが、昔より増々強くなっていました・・・とても、今の俺では・・・」
敵わない・・・弱音とも取れる発言だが、そういったところも受け入れてくれる桐生になら、本音を語っても構わないだろう。
甘えと言われれば、それまでだが・・・
「うんうん。だげど・・・神薙さんも、同じ事を思っているかもよ。昔とは違う、石垣君を見て・・・」
「・・・・・・」
桐生が言おうとする事は、理解出来るが・・・
それでも、石垣の心に掛かる重圧は、晴れない。
「ちょっと、おまじないをしてあげる」
そう言って桐生は、石垣の眉間に人差し指の先を軽く押し付けた。
「はい、目を閉じて。私の指先に意識を集中して・・・」
石垣は、素直に桐生の言う通りにする。
「それで、イメージして・・・君は今、とても大きな湖の上に立っている・・・その湖は、とても静かで・・・風が吹かないと、湖は、まるで鏡のように空の雲を映している・・・」
「・・・・・・」
わりと簡単に、その光景はイメージ出来た。
しばらく、そのままだったが桐生が指を離したのを機に、石垣は目を開けた。
「どう?」
「・・・どう、と言われましても・・・」
まあ、何となく気分は落ち着いたように感じるが・・・それだけである。
これの何処が、おまじないなのか、わからない。
「まあ、これを心の片隅でいいから、いつもイメージしてみてね。そのうち、答えが自ずと出ると思うから」
「?」
桐生は、もうじき試合が始まると、スタッフに声を掛けられ、石垣に手を振って出て行った。
Dグループ1回戦第6試合。
(小っちゃい!細いっ!)
桐生の初戦の相手である、菊水総隊陸上自衛隊第7機甲師団第71戦車連隊第2中隊第1小隊所属の神薙司2等陸曹は、自分に向かってペコリと礼をした桐生を見て、心中で思った。
身長が180センチある神薙から見れば、150センチも無い桐生を、そう評するのも仕方が無い事だろう。
もちろん、声に出すような礼儀知らずではないが、男女別無しとはいえ、どう見ても大人と子供の体格差というのは、少し不公平に思える。
Cグループの2回戦に駒を進めた氷室は、この試合を観戦しようとしていたが、自分の背筋に得も言われぬ悪寒が走るのを感じた。
(・・・誰か・・・桐生さんのNGワードを言ったか、思った、命知らず(おバカさん)がいる・・・)
そう氷室は、確信した。
(・・・この試合、恐ろしい事が起こるかも・・・)
そう、神薙が心中でNGワードを思った瞬間、桐生がピクッとなったのに気付いた者はいない(1人を除いて)。
互いに礼をした後、桐生と神薙は蹲踞の姿勢を取る。
「始め!」
審判が、試合開始を告げる。
「めぇぇぇん!!!」
それを合図に立ち上がった神薙は、一気に攻めに入った。
が・・・
「!!?」
桐生の姿が、視界から消えた。
次の瞬間、強い衝撃を受けた神薙は、後方へ吹き飛ばされる。
「つ・・・突きあり!1本!!」
審判の旗が、上がった。
「・・・・・・」
桐生の剣技に場内がシンと静まり返る中、あの後、大急ぎで観戦に来た石垣の脳裏に既視感が甦る。
桐生に初めて稽古を付けてもらった時に、喰らった技である(その後の、お姫様抱っこの黒歴史も含めて)。
この話は、当時の戦艦[大和]の乗組員たちによって、石垣が5メートルや10メートル程吹っ飛ばされたという噂が、実しやかに囁かれ、話が盛に盛られまくって大日本帝国海軍内に広まっているらしい(女性に男がお姫様抱っこされた、という話と併せて・・・)。
そのため、桐生を直接知らない者たちからは、格闘漫画やアクション漫画の登場人物のような、筋骨隆々の大女というイメージが定着しているそうだ。
それはさておき・・・
桐生の突きに吹き飛ばされた神薙は、観戦者たちに抱き留められる形になり、床に叩き付けられる事は無かった。
「・・・大丈夫か?」
「・・・気絶している・・・」
ピクリとも動かない神薙に、面を外して様子を見た観戦者が、つぶやく。
「神薙、試合続行不能のため、勝者桐生!!」
主審と副審3人が、予想不能の事態を協議した上で、桐生勝利の判断を下した。
桐生は、蹲踞の姿勢を取った後立ち上がり、後ろに下がった後一礼をする。
「・・・これが、桐生さんの本気・・・」
桐生の動きは、まったく目で追えなかった。
疾き事風の如し・・・である。
石垣は、圧倒されていた。
「後の先、て・・・桐生さん、まだ全然本気出してないじゃん」
氷室はボソッと、つぶやく。
「司の奴、油断したな・・・」
「あっ!神ちゃん!?」
息子の試合を、観戦していたのであろう神薙が、いつの間にか氷室の側に来ていた。
「・・・・・・」
いつもながらの、馴れ馴れしい氷室の呼び方だが、神薙は眉を顰めるだけで、特に窘める事は無かった。
「息子君、残念でしたね」
「・・・当然の結果だ。司は、ほんの一瞬でも相手を侮った。それが勝敗を分けた。それだけだ」
表情を変える事無く、神薙は淡々とした口調で語った。
「お母さん、キビシ~い」
「司は、一度過ちを犯した。それを、挽回するためにもハワイ防衛戦は、正念場となるだろう。自分が生き残るためにも、部下の命を守るためにも、決して浮付いた気持ちになってはならない」
おちゃらけた口調で話す氷室に、振り返りもせず神薙は、厳格な態度を崩す事は無かった。
(真面目だねぇ~・・・まあ、そこが神ちゃんの、魅力でもあるんだけどねぇ~)
「しかし、一度も会う機会が無かったが、さすがは東京本庄流剣術師範である桐生師範だ。司の浮付いた心を見抜いて、喝を入れて下さったのだろう。是非とも、私も手合わせをしたいものだ」
「えっ!!?」
どんな時にも冷静沈着と言われている神薙にしては珍しく、好戦的な笑みを浮かべて語った言葉に、氷室は驚いて目が点になった。
(いや、神ちゃん。それ多分、買い被りすぎ!桐生さん、自分が気にしている事を思われた事に、腹を立てただけだと思いますよ!)
桐生と神薙の息子の試合は、神薙の闘志に火を点けたようだが・・・そこに至る前提に、誤解が生じているという事を、言うべきか言わざるべきか、非常に頭を悩めるのだが・・・
桐生の試合を見終わって、再び控室に籠っていた石垣を訪ねて来た女性が2人。
「石垣2尉!」
任の女子バレーチームの応援に、別会場に行っていた側瀬とメリッサが戻って来たようだ。
「聞いて!聞いて!レンちゃん、大活躍だったですよ!」
興奮した様子で、側瀬は任の活躍を事細かく語ってくれた。
「もう大接戦だったんですよ!石垣2尉は行けなくて、残念でしたね!!」
「そうなんだ」
次の試合に向けて、静かな場所で精神を統一しようとしているところで騒がれると、気が散って仕方無いのだが・・・聞かないと、後が怖い。
「それで、レンちゃんも『石垣2尉との1日デート権』を獲得しましたよ!」
「何だってー!!?」
精神統一をしようとしていたのを忘れて、石垣が叫ぶ。
何で皆、そんなに気合が入っている訳!?
石垣は、心中で絶叫する。
「タツヤも頑張らないとね。レンも、タツヤの試合時間には間に合うように来るって、言っていたわ」
「・・・・・・」
2人の1日デート権を回避するには、石垣自身が予選トーナメントを勝ち上がり、決勝トーナメントに進出して、3位以内に入るしかない。
しかし、次の相手は難敵の神薙である。
絶体絶命、崖っぷちという言葉が、石垣の脳裏に浮かぶ。
「石垣2尉。Aグループ2回戦が始まります」
「はい」
自分を呼びに来たスタッフに返事を返して石垣は立ち上がって通路に出る。
「自ずとわかる」と言われた桐生のおまじないの意味は、まだ、わからない。
そして・・・そんな石垣を待ち受けるのは、桐生の試合を見て、何故か闘志に火が着いた、神薙である。
こぼれ話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は8月23日を予定しています。




